元護衛チームとアラクネー

翌日、ジョルノにメールで呼び出されたシルビアはパッショーネ本部を訪れていた。

「Ciao,みんな久しぶり」
「シルビア!」

嬉しそうに駆け寄ってきたナランチャの頭を撫でながら右手に持っていた箱を持ち上げる。

「ケーキ買ってきたから、良かったらみんなでどうぞ」
「うおー!ありがとなシルビア!」
「まさかそれ、"4つ"じゃねぇよな?」
「ちゃんと6個入ってるから安心してミスタ」
「さすがシルビア。出来る女は違うぜ」

楽しそうにケーキの箱を開ける2人を横目に、優雅に紅茶を飲んでいたアバッキオに話しかける。

「Ciao,アバッキオ。ジョルノは執務室?」
「ああ、お前が来たら入れろと言われている」

顎で奥の部屋をしゃくったアバッキオに礼を告げて部屋に入ると、書類の山に囲まれたジョルノが顔を上げた。その姿がリゾットと重なり思わず笑ってしまう。

「急に呼び出してすみません」
「気にしないで。ジョルノに比べれば暇してる方だから」
「そう言ってもらえると助かります」

立ち上がったジョルノに促され来客用に置かれたテーブルに移動するとフーゴが紅茶を運んできた。

「ありがとうフーゴ。貴方は今日も素敵ね」
「それはこちらのセリフですよシルビア」
「みんなにケーキを持ってきたから、良ければ貴方も食べて?」
「わざわざありがとうございます」

そんなやり取りをしてフーゴが下がったところで、ジョルノがテーブルの上にホッチキスで留められた書類を置いた。

「早速ですが、これを見ていただけますか」
「報告書?」
「ええ。ここ1ヶ月分のものです」

パッショーネが取り仕切るネアポリス内部で起きた事件の報告書だったが、内容は全て麻薬取引に関するものだった。
出されたコーヒーカップに口をつけながら書類に目を通していたシルビアは、何かに気付くと眉を顰めながら顔を上げる。

「まさかこれ、全部にカルローニが絡んでるの?」
「同じ手口ですからね。その可能性は高いと思います」
「でもこんなに出回ってるなんて…」

シルビアがコーヒーカップを置きながら息を吐いたところで、ノックの音が響いて扉が開いた。

「すまない、来客中だったか?」
「大丈夫ですよ」

ジョルノの許可を得て入室したブチャラティは、シルビアに気付くと穏やかな笑みを浮かべた。

「シルビア、久しぶりだな。元気だったか?」
「ブチャラティこそ」

ブチャラティは引き続きネアポリス地区の治安維持を担当すると同時に、ジョルノの右腕としても多忙な日々を送っていた。

「ちょうど良かった。ブチャラティ」
「ああ」

そう言ってジョルノに促されたブチャラティが机の上に置いたのは一枚の写真だった。
写真を手に取ったシルビアはそこに映る男を見つめる。

「名前はブロスキ・ツェルト。表向きは大手自動車メーカーの取締役だが、裏では麻薬をさばいてるカルローニの構成員だ。一連の騒動もこいつの仕業だろう」
「ブロスキ・ツェルト、ね」
「これまでの取引で様々な偽名を使用していることがわかっています。シルビアから報告があったロナンド・ボンフェローニも恐らくこの男の偽名でしょう」
「…なるほど」

いくら探しても出てこないわけだ。
さすがにここまで巨大な権力相手だとはシルビアも予想していなかった。

「奴らの拠点はローマだが、最近の動きを見る限りでは単独のチームがネアポリスに潜んでいる可能性が高い。すまないがシルビア、後の詳しいことは暗殺チームに引き継いでもいいか?」

そう言われたシルビアは、ネアポリス全体を取りまとめるブチャラティと組織全体を統制するジョルノの忙しさを想像して苦笑を漏らした。

「私がブチャラティとジョルノの頼みを断ったことがある?」

それにさすがにここまでシマを荒らされて黙っているわけにもいかないだろう。
そう言えば2人は顔を見合わせて笑った。

「それもそうだな」
「違いありませんね」
「ジョルノ、資料だけ私のパソコンに送っておいてくれる?また何か進展があればすぐに報告するから」
「ええ、わかりました」
「いつもすまないな、シルビア」
「気にしないで。ブチャラティの方こそ忙しいんだから、くれぐれも無理はしないようにね」
「そうだな、気を付けよう」

この後も用事があるらしいブチャラティが退室するのを見届けると、続いてシルビアもソファから立ち上がった。

「それじゃあ、私もそろそろ帰ろうかな」
「シルビア、貴女ならいつでも大歓迎です。仕事でなくても顔を見せてください」
「そうさせてもらうね」

バーチを交わしてジョルノと共に執務室を出れば、シルビアが手土産にと持ってきたケーキを食べていたナランチャが声を上げた。

「シルビア、もう帰っちゃうのかよ〜?」
「うん、また来るね」
「フーゴ、シルビアを送ってあげてください」

フーゴに声をかけるジョルノにひらひらと手を振る。

「近いから歩いて帰れるよ?こう見えて私も熟練のヒットマンだし」
「自分で言うことか?まあ事実ではあるがよォ」
「ふふ、ありがとミスタ」
「ですがそう言ってこの前アジトを出て、ものの数分でナンパされてたのは誰ですか?」
「うわ、まさかジョルノあれ見てたの…?そうだアバッキオ、あの時はありがとね」

なかなかしつこい男に絡まれたのだが一般人相手にスタンドを使うわけにもいかずほとほと困り果てていたところ、偶然アジトに帰る途中だったらしいアバッキオが助けてくれたのだ。

「お前はただでさえ絡まれやすいんだから気を付けろよ」
「もしかして私不幸体質なのかな」
「シルビアが美人だからだろ?」

ケーキを食べながら首を傾げるナランチャに視線を移したシルビアは嬉しそうに笑った。

「ほんとにナランチャは可愛いね。どうする?うち来る?」
「えっまじで!?いいの!?」
「暗殺を生業とする同居人が9人ほどいるけど」
「やっぱ俺やめとくよ…」
「賢明な判断だな」

ナランチャが肩を落とすとミスタが慰めるように彼の背中を叩いた。残念だが仕方ない。

「とにかく、シルビアに何かあったら僕が彼らに殺されてしまいますからね」

ジョルノに念を押されたシルビアは観念したように肩を竦めた。

「それじゃあお言葉に甘えて。みんな、また来るね」
「またなシルビア!」
「たまには遊びに来いよ」
「くれぐれも変な奴に絡まれるんじゃねェぞ」

それぞれナランチャ、ミスタ、アバッキオに声を掛けられたシルビアは笑顔を浮かべて手を振った。
本部の前につけられていた車に乗り込んでシートベルトを着用すると、運転席に座るフーゴに顔を向ける。

「わざわざありがとう」
「ボスの命令ですからね。それに僕としてもシルビアに何かあっては困りますから」
「フーゴといいナランチャといい、ほんとにここの子たちは可愛いね」
「ガキ扱いしないでください」
「ごめんごめん」

ムッと眉を顰めるフーゴに謝るが、不満そうな顔ですら可愛いのだから卑怯である。
シルビアは暗殺チーム内では年下に分類されるためか、本部に来るとついお姉さん風を吹かせてしまうのだ。
まるで弟のような扱いに嫌がる素振りを見せる彼らを見てシルビアも反省はするものの改める気は無いようで、フーゴにはこうして溜息をつかれることが多かった。

それからしばらく会話らしい会話はなかったが、窓の外で流れる景色をぼーっと見つめていたシルビアはふと思い立ったようにフーゴに尋ねた。

「フーゴはさ、前のボスを裏切ったこと後悔してる?」
「…また突然ですね」
「最後まで反対してたからね。少し気になって」

両チームでボスに離反するという話が進む中、最後まで反対していたのがこの男だった。

「今は後悔も何もありませんよ。確かに最初話を聞いたときは驚いたし、随分反対もしましたが…あの時の自分の選択は間違っていなかったと、今ではそう思っています」
「そっか」
「もしあの時貴女がいなかったら、きっと今のパッショーネはないでしょうね」

穏やかなフーゴの声を聞いたシルビアが窓にこつんと頭を付ければ、美しいネアポリスの街並みが憂い顔を照らした。

「私はね、全部自己満足だったの」
「自己満足?」
「そう。あの人たちをこのまま死なせたくない。…ただそれだけ」

信号が赤に変わりゆっくり停車すると、シルビアに顔を向けたフーゴがガラス越しに見えた。

「組織の利益や麻薬の取り締まりよりも、ただ純粋にそう思ったから私は動いたの。正直、みんなが言う報酬なんて二の次だった。…言ってしまえば、私は貴方達を利用したに過ぎない」
「…」
「フーゴは賢いから、とっくに気付いてたでしょ?」

シルビアの問いかけにフーゴは答えないまま、再び車が走り出した。

「ですが結果として、貴女の自己満足に僕たちは救われたんです。自己満足でもエゴでも、今の僕たちがあるのは貴女のおかげなんですから、それで構わないと思いますけど」

フーゴの言葉を聞いたシルビアは、窓の外にやっていた視線を運転席に向けた。

「そんなに前向きに捉えられると胸が痛いんだけど…」
「はは、気にしないでください。最終的に貴女の提案に乗ったのは俺たちなんですから」
「…ありがとう、フーゴ」
「それはこっちのセリフですよ。ありがとう、シルビア」

2人はそれきり口を開くことも無く、車内は穏やかな空気のまま暗殺チームのアジトへ向かっていった。