お釣りは迷惑メール100件で

全国の皆様おはこんばんは。土曜日にも関わらず今日も元気に仕事をして、そのうえ残業までこなした萩野翠です。さて、現在私は真っ暗なオフィスの通路のど真ん中で盛大に尻餅をついています。一体何故でしょうか?理由は簡単、人とぶつかったから。
そう、ぶつかった。確かにぶつかってしまったのだ。

『すまない、怪我はないか?』
「は、はい…」

それ以上の言葉が、続かない。だって、だって…!間抜け面を晒す私を不思議そうに見下ろす人は、我が社の名物の一人、"クールビューティー斎藤"さんではないか…!

「(うっわああどうしようどうしよう!?)」

あの斎藤さんに不注意といえども接触したなんて知られたら私はきっと明日屍となっている事だろう。

我が社には『名物5人組』と呼ばれるイケメン集団が存在する。
他人にも自分にも厳しく、妥協は決して許さない。1分でも出社が遅れたら切腹だ!などと言いだしそうな鬼の土方専務。私も過去何度かお世話になったが恐怖の対象でしかないということをもう一度言っておこうと思う。だって本当に怖いんだよあの人。でもその分仕事が出来るから尊敬するのは当然なんだけど、やっぱり怖い。ええ、どうせ私はチキンですよ。

そして私の直属の上司である沖田部長。彼は幼い頃から土方さんを知っているらしく(何故か)彼を毛嫌いしている。長年(入社2年目)の勘から恐らく近藤社長絡みだとは思うが、社長が部署に来る日はお前どこから引っ張ってきたんだよという程の猫を被る。おいあのドSはどこ行ったと心の中でツッコンだのは記憶に新しい。ちなみにこの前はついうっかりお口が滑って社長の話をしてしまい、一日中彼との思い出話を聞かされた。あの時に私はもう二度と言うもんかと固く誓ったのだ。

そして営業の原田部長は…とにかくモテる。この会社に入社した女性社員全員が一度は通る道だとは思うが、とにかくやたらめったらイケメンスキルが高い。その整った容姿に加え、面倒見の良い兄貴分。例えばエレベーターで遭遇する。女性社員が腕に抱えた大量の荷物を見て『こんな重い荷物、女に持たせるわけにはいかねぇよ』とさり気なく手伝ってくれるのは最早日常と化している。とりあえずここで挙げきれないくらいにはイケメンなのである。聞けば取引先の女性社員も『原田さんに抱かれたい』という人が多いんだとか。それにしてもこの人本当に営業向きだな。

平助は私と同じ同期だけど、所属が違うから普段あまり話す事は無い。精々社員食堂で会うくらいだ。相変わらず私は彼の魅力がイマイチわからないが、ベテランのお姉様方曰く子犬のような存在でそこが可愛いんだとか。よくわからないけど母性本能が刺激されるらしい。

で、最後にこの斎藤さんだ。寡黙で笑う姿なんて見た事は無いけど、他の社員やイケメン達からの信頼は最も高いと言える。結婚するなら絶対にこの人、だと女性社員から太鼓判を押されることの多い彼だが、ちなみに私もその意見には大いに賛成である。まあぶっちゃけるとタイプなのだ。ただ純粋に。

そして名物に加えられてはいないものの、我が社では伝説のような存在の風間会長。目が痛くなる程のキンキラコートは如何なものかと思うが、イケメンはやっぱり何をしてもイケメンだった。あの若さで弊社をここまで大きくしたのだと思うと、なんかもう尊敬以外の気持ちが生まれない。経営者の鏡だと言えるだろう。

聞くところによると彼ら5人は全員昔からの仲のようで、お昼休憩などは一緒にいるのをよく見かける。揃って歩いている時なんて「どこのホスト?」とつっこみたくなるくらいのオーラを放っている。ファンクラブなんて当たり前、取引先にも彼らに思いを寄せる女性は数多く存在するとの噂まで立つくらいだ。

そして斎藤さんはその中でもずば抜けたエリートで、鬼の土方さんに「俺の跡を継ぐのは斎藤以外考えられない」と言わしめる程の人材である。最早私にとって神様のような存在。
不意に友人が言っていた『もし名物(イケメン達)の誰かと接触した日の帰りは背後に十分気をつけなさいよ。腕利きのハンターがこの会社にはわんさかいるんだから』を思い出し全身から熱が引いていくのがわかった。本気で笑えない。「まっさかーあるわけないっしょーあはは」と、あの時忠告を笑い飛ばした自分を本気で殴りたい。ほら、気配を研ぎ澄ませば今にもハンター達の息遣いが聞こえて―――『大丈夫、か?』
間近に感じたのはハンターの息遣いではなく、ロケラン級のイケボと何処までも美しさが留まる事を知らないビューティーフェイスだった。

「だだだ大丈夫です!ほらこの通りピンピンしてますから!」
『…そうか、良かった』

安堵した様子のクールビューティー斎藤の威力は物凄かった。なんかもう、いろんな意味で。ご馳走様ですありがとう。
するとチラリと手首の時計に目をやった斎藤さんが少し驚いたように目を見張った。というかそれって私なんかじゃ手が出せないくらいの高級時計じゃないですか。

『萩野はこんなに遅くまで残っていたのか』
「、え?あっはい、いきなり急ぎの仕事が入って…て、あれ、私の名前…」

気のせいじゃないなら長年付き合ってきた馴染み深い名前が呼ばれた。思えばこれは初めて自分の名前が好きになった瞬間だった。

『ああ、あんたの事はよく知っている』
「一体どこで…?」

何だ、なぜ私みたいな庶民の名前が知られている?まさか私、知らない所で何かやらかした?

『土方さんや総司がよく話している』
「あら…」

斎藤さん、多分それあんまり良い内容じゃないですよね。前者に至っては迷惑かけた覚えしかないし、後者は後者で一癖も二癖もある人物だ。まともなことを話すわけがない。
最早乾いた笑いしか出ない私を、斎藤さんはじっと見つめてくる。ああ、心臓に悪いです勿論良い意味で。

「あ、の…?」
『萩野は頑張っていると思う』
「え、」
『あんたのことはあの二人も褒めていた。意欲的で優秀な部下だと。だから気に病むことは無い』
「…はい」

斎藤さん(土方専務+沖田部長)に賞賛されたなんて、もう今の私は天にも昇る気分だ。

「…ありがとう、ございます」

人に認められた。努力しているのが、認められた。それも仕事に関しては酷く厳しいと有名な彼らに、だ。じわりと涙腺が緩むのを感じながら、はた、とある事に気がついた私は思わず顔を上げた。

「そう言えば、斎藤さんもこんな時間までお仕事ですか?」
『仕事もあったが…正確には、人を待っていた』
「え」

と言う彼の隣には当然誰もいない。ああ、じゃあこれから迎えに行くってことか。一人納得した私は斎藤さんにつられるように歩き出し、自販機の淡い光と非常出口を示す緑の光だけを頼りにオフィスの中を進んだ。

「これから何処か飲みに行かれるんですか?」
『相手さえよければ、だが。普段はあまり会えないからな』
「、そうなんですね」

部署の違う彼女さん、かな。ずっと無表情だった横顔が一瞬だけ穏やかに微笑むのを見て、それだけで彼がその人に抱いている思いが伝わってくる。一瞬感じた胸の痛みは気付かないフリだ。
目の前で開いたエレベーターに乗り込んで別れを告げようとすると、当然のように斎藤さんが乗ってきた。彼の行動を理解できない私は開ボタンを押しながら固まってしまう。

「斎藤さん、人を待ってるんじゃ…?」
『?言っただろう、人を"待っていた"と』

言えば不思議そうに首を傾げられる。あ、やばい今の凄く可愛い。…なんて言ってる場合じゃない。話がかみ合わないぞ。

「…あれ」

そこで私はある事に気付く。そういえば今日、休日出勤じゃん。出勤したのなんて急に仕事貰った私くらいだし、オフィス内にも人気は無かった。数人出勤していたとしてもこの時間まで残る社員はそうそういないはず。現に私は誰とも出会わなかった。だったら、斎藤さんが待っていたというのは…。

「…もしかして、私、ですか?」

これがただの自惚れではないことを祈りながら小さく彼に問いかけた。すると斎藤さんは思いの外直ぐに肯定してくれて、ほっと胸をなでおろす。

「ていうか、何で…」
『総司が、今日は萩野に仕事を押しつけたと言っていたからな』
「…わざわざそのためだけに?」
『いや、俺もたまっていた書類を処理していた。新規のプロジェクトもあったから会社でやることはあったが…迷惑だったか?』
「っとんでもないです!むしろ私も斎藤さんに会えて嬉しいので…あれ、」

その時、不意につい先程の会話が脳裏に蘇った。

―斎藤さんは、これから何処か飲みに行かれるんですか?」
―相手さえよければ、だが。普段はあまり会えないからな』

そして斎藤さんが待っていたという人物は他でもない私で。だったら、それはつまり…その、そういうことなの、だろうか?困惑気味にちらりと彼を盗み見れば、薄らと頬を赤くした彼と目があった。

「(うそうそうそ…っ!)」

思わず目を逸らせば急に頬が熱を持ち始めた。何だ何だ、女子高生でもないのに何でこんな初心な反応してるんだ自分。改めて、ここが暗くてよかったと思う。もしこれが照明の下だったら、今の私はみっともない位に顔を真っ赤にしているのだろう。

「えと…じゃあ、行きましょっか!と言っても、この時間空いてるのなんて居酒屋くらいなんですけど、大丈夫です?」
『ああ』
「(さて、これは…)」

明日の朝に、一体何件の殺人予告が届くのだろうか。