どうか知らないままでいて

*現パロ。モブがめちゃくちゃ喋ります。苦手な方はご注意を。



盗み聞きはいかがなものかと思うが、この場合においては例外だろう。

「結局さぁ、あの子って誰と付き合ってんの?」

教室の中から聞こえた声に不穏な気配を察知し、扉にかけていた手を咄嗟に引っこめる。

「誰って…そりゃ幼なじみ三人の誰かでしょ。毎日一緒にいるじゃん」
「福島くんは微妙だけど、あとの二人はどこのモデル?ってレベルだもんね。お世辞にも愛想がいいとは言えないけど」
「でもあの子D組の藤堂くんも仲良いよね?この前も食堂で一緒にお昼食べてたし、ワンチャンあるんじゃない?」
「マジで?私、昨日幸村くんと一緒に帰ってるの見たけど」
「えっ、でも幸村くんってマネージャーのくのちゃんと付き合ってるんでしょ?」
「あの2人の関係も謎だよね。カップルっていうか…主従?」
「あ、じゃあ3年のお兄さんの方は?あの人ともよく一緒にいるじゃん」
「知らないの?真田先輩、少し前から弓道部の稲先輩と付き合い始めたって」
「えー!お似合いの美男美女カップルじゃん!」
「あの子稲先輩とも仲が良いみたいだしさすがに違うか〜」

ここ数日の行動を思い出した名前は頭を抱えて扉の前でしゃがみこんだ。あっぶね。間違って扉を開けようものなら社会的に抹殺されていた。

一週間前には財布を忘れた高虎にお昼を奢ったし、昨日は剣道部の活動がなかった幸村と一緒に下校した。ちなみに彼の専属護衛であるくのいちは補習があるとかで甲斐と早川ちゃんに引きずられていったのでもれなく二人きりである。そして普段から何かとお世話になっている真田兄こと信之さんはついに稲先輩と付き合い出した。恋に奥手な2人がくっついたのは名前とくのいちの(かなり強引な)尽力があってこそだ。
思い当たる節がありすぎて頭を抱えている名前に気付くことなく、女子たちのトークはさらに盛り上がりを見せる。

「隣のクラスの兼続くんは?」
「あの人は誰にでもあんな感じでしょ」
「普通にしてればイケメンなのに、あの暑苦しさで損してるんだよね。もったいない」
「このクラスだと大谷くんとよく一緒にいるの見かけるよね」
「あー確かに」
「大谷くんっていつもマスクしてるから顔ちゃんと見たことないんだけど、実は美形だって噂はほんとなのかな?」
「まあ顔はともかく、あのイケボはやばくない?」
「わかる。マジの声豚ホイホイだわ」
「それか、意外と教師とアブナイ恋愛してたりして?」
「あー…竹中先生?」
「ていうかあの人一体何歳なの?うちらの親世代って聞いたけど、絶対嘘でしょ」
「どうみたって私たちと同い年だよね?それか3〜4歳上とか」
「あっ、ねぇ小早川先生は?あの人ともずいぶん仲良くない?超羨ましい」
「アンタ隆景先生のこと好きだもんね」
「だってイケメンすぎでしょ!?活字中毒なのが玉に瑕ではあるけど」
「ていうかうちの学校イケメン多過ぎない?なに、顔採用なの?」
「女の先生も美女ばっかりだもんね。その可能性はある」

ようやく会話がひと段落したかと思えば、大きな声はヒソヒソとした声に変わった。しかし残念ながら耳の良い名前には全て筒抜けである。

「じゃあさ、やっぱりあの噂は本当なのかな」
「噂?」
「校長の娘だから周りがご機嫌取りに必死だってやつ」
「え?何それ、初めて聞いたんだけど」
「秀吉校長の遠い親戚で、小さい頃から預かってたから実質自分の子どもみたいなもんなんだって。だからあの3人とは小さい頃からの知り合いみたい」
「ああ…なるほどね」
「でも待って?となると、幼なじみのうち二人とは親戚になるってこと…?」

そこで声が途切れたかと思えば、次の瞬間不名誉な候補者の名前が聞こえた。

「いや、ナイナイナイ!一番ないでしょ!だって二人だけでいるの見たことある!?」
「ないけど、消去法で言ったら一人しかいないじゃん」
「だって女子に一切興味無さそうじゃない?恋愛とか一生無縁そう」
「それもそうだけど、女的にも一緒にいると精神ゴリゴリに削られそうだよね」
「ちょっとでも間違ったことを言うと罵倒→訂正→正論の三段攻撃がきそう」
「なにそれわかりみ深すぎ!」
「私なら”いや正論なんだけど!そうだけどそうじゃなくてさ!”って言っちゃいそー」
「アンタじゃなくても言うわ」
「余計な一言多そう」
「それもわかる〜〜!」

名前への誹謗中傷はいつの間にやら標的を変えている。名前が知る限り、その特徴に近い人物は一人しかいない。まさか本人も何の接点も無いクラスの女子にあるあるのネタにされているとは思っていないだろう。だがしかし彼女たちの言っていることは9割当たっているので、申し訳ないとは思いながら名前も彼女たちに同意してしまう。

「(罵倒→訂正→正論の三段攻撃はその通りすぎるんだよね…)」

身をもって体感しているのだから間違いない。
するとあるある大会も終息したのか、中からガタガタと立ち上がる気配がした。踊り場に身を隠せば、教室から出てきた女子たちの話題は駅前に新しくオープンしたパンケーキ屋へと移っていた。しばらく息を殺していると廊下を歩く音が遠ざかっていく。
教室の前扉からそろりと顔を出し、中に誰もいないのを確認すると胸をなで下ろした。女子って怖い。名前は自分の机にたどり着くと本来の目的であったノートを抜き取り、早々に教室をあとにした。


***


「遅い」
「ごめんって」

一言目がこれってどうよ?反射的に謝ってしまったが今回に関していえば名前に非はない。視線も寄越さずに黙々と生徒会の仕事を進める幼なじみに溜息をつく。

「思わぬ伏兵が居たんだって。モテ男たちと仲良くするのってほんとに大変」
「何か言われたのか」
「あることないこと色々ね」
「言いたいやつには言わせておけ」
「はいはい」

なんだかなぁと消化しきれない気持ちを抱えたまま音を立ててソファに座れば「静かに座れ。埃が飛ぶ」と鋭い指摘が飛んでくるが、さっき聞いた言葉に意識が持っていかれる。

「一個だけ聞いてもいい?」
「何だ」
「私が秀吉様の娘だから、みんな仲良くしてくれるのかな」

何を言っても動じなかった手が、ぴたりと止まった。

「ほら、私って顔が可愛いわけでも性格が良いわけでもないでしょ?根暗な陰キャだし捻くれてるしこれといった取柄とかないのに、何でみんな仲良くしてくれるんだろってずっと思ってて。でも確かにそう考えれば、みんなが仲良くしてくれる理由にも説明がつくなと思ったんだけど…、…あの、石田くん?」

静かなのをいいことにべらべらと喋り続けていれば、幼なじみが腕を組んで目の前に立っていた。その圧に口を閉ざした名前を見下ろすと、大きな溜息をつく。

「ネガティブもここまでくるといっそ清々しいな。聞くに堪えん」
「あ、りがとう」
「これが褒め言葉に聞こえたか?」
「…呆れてるってことは分かるかな」
「自己評価がド底辺なのは今に始まった事ではないが、それは下心なくお前と仲良くしている周りの人間を侮辱していることになると分からんのか。言いたいやつには言わせておけ。くだらんことをいちいち真に受けるな」

正論すぎてぐうの音も出ない。
何も言い返せずに黙っていれば、彼が膝を付いた。同じ高さになった視線が交わる。

「お前のそのどうしようもなく悲観的な性格は欠点だ。人の話を聞かずに極論を突っ走るところも、自己解釈して傷つくところも、優柔不断ですぐに決断ができないところも、面倒で扱い辛い」
「正論の殺傷力やば…」
「だが、損得勘定抜きで人に優しくできる。困っている人間には必ず声を掛ける。感情表現が豊かで愛想がある。人に言われたことは良いことでも悪いことでも素直に受け止める。始めたことを途中で投げ出したりしない。誰よりも努力ができる。それはお前の良いところで、誰にでもできることじゃない。お前の周りの人間は、みなそれを知っている」

その真っ直ぐな言葉にゆらりと視界が揺れる。この人はそういう人だ。私自身が卑下した私を、この人は評価してくれる。いつも正しいことを言ってくれる。嘘偽りなく、真っ直ぐと。
だからこの人の言葉は信じられる。

「好きが大渋滞を起こしてる…」
「訳の分からんことを」

そういいながらも縋るように手を伸ばせばしっかりと抱き留めてくれるのだから罪な男である。

「お願いだから、恋愛とは無縁で無愛想な石田くんのままでいてね。間違っても、他の女の子にそういうこと言わないで」
「こんなに面倒な女はお前一人で十分だ」

温かな熱同士が重なりながら、名前の体がソファに沈む。

頬を撫でる優しい手も、熱を帯びた瞳も、私の名前を呼ぶ低い声も、淡白な彼が内に秘める激しい熱情を彼女たちは何も知らない。
それは自分だけが知っていればいい。あるあるのネタになんて、させてたまるか。