「鍾会殿って絶対私の事好きですよね」
思えば二人分の息遣い以外に音という音は無かったように感じるが、不意にその言葉を漏らした瞬間、まるで深海を彷徨うような静けさが部屋に満ちた。
「…あれ、まさか図星ですか?」
言いながら視線を彼に定めると、彼は乱雑に筆を置くや否やつかつかと此方へ歩み寄ってきた。心なしかその顔には赤みが差している。
「だっ、誰がお前みたいな平凡な女を好きになるかっ!身分違いもいいところだ。いいか、私は幼い頃から英才教育を受けた選ばれし」
「あーはいはいわかってます。庶民如きの私が英才教育を受けた貴方に釣り合うとは思ってませんのでご安心ください」
「っ…」
そう告げれば逆に何か言いたげに口を動かす。
が、やはりそれはまともな音になることは無かった。
「(それにしても、こんな軽い冗談を真に受けるなんて)」
顔を上げた私は思わず目を瞬かせた。
「ふふ…っ」
「な、何がおかしい!」
「だ、だって…、」
「っ言いたい事があるならはっきり言え!
「鍾会殿、お顔が真っ赤です」
「!」
驚いたように目を見開く彼に再び笑いが込み上げる。
「おい、何を笑っている!…っい、言っておくが決してお前の言葉が原因ではないからな!つい先程までトウ乂殿と鍛錬をしていたからだ!」
「それを言い訳にするには少々無理があるかと」
怒りながらも耳まで真っ赤に染めて必死に弁解する彼が何故だか愛しく思えて。
お世辞にも人柄が良いとは言えないけれど、こんな小娘一人の戯言で真っ赤になるなんてとても可愛い人だと思った。
けれどそう言えば彼はまた怒ってしまうだろうから。
「鍾会殿、先程の無礼深くお詫び申し上げます。ですが、庶民の私如きではこれらの書簡を全て処理する事は難しいので、鍾会殿のお力をお貸し願えますか?」
「ふん、流石庶民の娘だな。…まあ、手伝ってやらない事もないけど」