その呼び方



彼の部屋にお邪魔してから、ただただ気まずい空気が流れる。なんとかこの空気を打破したくて、ここに来た目的の内容を伝える。

「昨日はすぐに帰ってごめんね、今日はそれを言いに来たの。本当に会うの久しぶりだし、天馬くんすごいかっこよくなってたから何話していいかわかんなくなっちゃって」

「…そうか」

わたしの言葉に対して彼は短くそう答えた。沈黙を作りたくなくて、一生懸命話題を模索するがうまく言葉が出てこない。

「昨日…至さんが俺に会いたくない奴がいるって」

話す内容を考えている時に、覇気のない声で彼にそう言われてはっとする。あの時は茅ヶ崎さんの発言からすぐに、逃げるように帰ったのを思い出したのだ。

「いや、違うの!あれは茅ヶ崎さんが勝手にそう言っただけで…!」

まるで言い訳のように、必死に否定の意思を伝える。

「俺は、お前に嫌われてんのかと思った」

そう言って彼は、目をそらしながら少し唇を尖らせて首をさすった。
そんな、久しぶりに会った幼馴染にそんな事を言わせてしまったことに、すごく悔しくなる。私が今感じている、彼への小さな好意が表に出ないように、冷静にいることを意識しながら、だけど言葉につまりながらも否定をする。

「そんなわけ、ないよ…」

それでも彼は目を合わせてくれず、明らかに信じてくれていないことが伝わってきた。

「わたしは…ずっと昔みたいに天馬くんと遊んだりしたいなって思ってた」

「なあ、じゃあ昔みたいに呼んでくれよ」

彼の言葉に、つい黙ってしまう。本当に小さな頃は、何も思わずに てんてん と呼んでいたが、少し成長してからはずっと呼び捨てで呼んでいた。今の状況で、ましてやあの皇天馬を呼び捨てにして呼ぶことに若干の抵抗を感じつつも、彼の名前を呼ぼうと口を開いた。

すると、ガチャりとドアノブが捻られる音が聞こえ、

「ちょっとアンタら、いつまで人の部屋で乳繰り合ってんの?俺もう寝たいんだけど」

と、彼の部屋なのだからノックの必要もないのだが、突然扉が開いたことに2人して驚きに肩を揺らす。

「もうこんな時間…幸くんごめんね」

彼の名前を呼ぼうとしていたところから、幸くんへの謝罪に言葉を変えていそいそと帰り支度を始める。

「それじゃあ、また…おやすみなさい」

「おやすみ、帰り遅いんだからインチキエリートにでも送ってもらいなよ」

時計を見た私は、すぐに部屋を出ながら挨拶をした。帰りの際、天馬は特に何も言わずに黙っていたが大丈夫だろうか、話の途中で急いで出てきてしまったなぁと少しの不安が募る。
それでも幸くんの発言にインチキエリートとは、と考えるが、緊張が解けたことで頭がうまく働かず、とりあえず談話室の方へ向かう。

階段を降りると談話室はまだ明かりがついており、佐久間くんと茅ヶ崎さん、皆木さんがお話をしていた。

わたしの存在に最初に気がついた佐久間くんはぱっと駆け寄ってくれて

「天馬くんと話せた?」

と心配の孕んだ声音で声をかけてくれた。佐久間くんには、あまり詳細は語らずにありがとうとお礼を伝えて、遅くまでお邪魔してしまっことに対しては謝罪をした。

佐久間くんと少し言葉を交わしてから、今度こそ本当に帰ろうとすると、茅ヶ崎さんがさすがにこの時間にJK1人では返せないと、車を出すと言ってくれた。

申し訳なさでいっぱいになりはするが、茅ヶ崎さんの優しさに甘えて自宅方面まで送ってもらうことにする。


自宅に到着してからは、お風呂に入ってなだれ込むように布団に潜る。
枕を抱きしめながら、今さら彼に不器用に握られたところが熱を持ったように感じた。