夏の始まり



佐久間くんからの観劇のお誘いを秒で受けた友人を横目に、気になったことを聞いてみる。

「でもさ、本当に良かったの?」

「もちろんだよ!実はうち結構訳ありでさ、クラスメイトでもお客さんとして来てくれるのはすごく嬉しいんだ」

訳ありという単語に若干の疑問を抱くが、まだそこまで踏み込める関係でもないため一応流しておく。わたしが黙っていると彼は続けて、それに…と話し始めた。

「彼女が天馬くんの話をしてるのを聞いてる時、名字さんの表情が本当に優しかったから」

まさかそんなことを言われると思っておらず、ギクッと固まってしまう。そんな表情だけで、私と彼の関係…と言ってももうあまり関係はないのだが、それに気づかれるはずもないのに、内心汗が止まらなかった。

「そ、そんなことないと思うけど…それよりさ、皇天馬と佐久間くんの劇団は関係ないでしょ?」

無理矢理にでも話の流れを変えたくて、彼に質問を投げかける。

「えっと、実は天馬くんが最近入団した劇団ってうちのことなんだよね」

「えっまじか」

つい本音で驚いてしまい、佐久間くんは苦笑いを浮かべた。

あの会話から少し経った後、佐久間くんから受け取ったチケットを大切に保管して観劇の日になるのを待った。



そして観劇当日、いつもより少し意識してメイクをしたり、いつもより少し可愛めの洋服に着替えて友人との待ち合わせ場所へ向かう。
そこには、私より遥かに気合を入れて準備をしてきたであろう友人がすでに待っており、小走りで声をかける。

「ごめん、お待たせ」

「名前〜!もう楽しみすぎて昨日全然寝られなかった…皇天馬の今回の舞台ってネットで調べてみたらさ、とんでもない酷評も出てたりしてちょっと不安もあったからかも…」

「あはは、それで観劇中に寝たりしないでよ?でも酷評かぁ…今日が初日だからドキドキするけどきっと大丈夫だよ」

「それは絶対にない!あの皇天馬が主演の舞台だし、そうだよね!きっと大丈夫だ!」

くだらない話や、舞台への酷評の話をしながら、佐久間くんに教えてもらった通りに歩き続ける。
MANKAIシアターという劇場が見えてきた頃、その少し横でキョロキョロと辺りを見回している人物を見つけ、2人で声をかけに行く。

「佐久間くん」

「2人とも来てくれてありがとう!楽しんでいってね」

そこで夏組公演と描かれた、我が幼馴染とかわいい男の子が写されたフライヤーを受け取り、チケットに記された座席を探す。
いつもはかなり堂々としている友人も、今日ばかりは会場の雰囲気にそわそわとしている。

「なんだこれ、自分がステージに立つわけじゃないのにめっちゃ緊張する」

「うん、わかる。でも楽しみだね」

そして開演のブザーが鳴り響き、2人で静かにステージに目を向ける。
これから幼馴染の演技を、初めて生で見るんだと再確認し、少し汗ばんだ手を握りしめた。