02



丘を下りた後は島を一周し、どこにどんな食べ物があるかを説明した。
果物は沢山。
そして簡単なものではあるけれど、私の仕掛けた罠で魚が捕れると知ったエースくんは大喜びしていた。

洞窟の傍に戻ってきたころには太陽がオレンジ色に変わっていた。
今日の散策はこれくらいにして、夕飯の準備をしようとそれぞれが動く。
私が果物集めで、エースくんが薪と魚担当だ。
砂浜に薪を集め、棒に刺した魚と果物を大きな葉っぱのお皿に乗せる。
座り込んでせっせと果物を並べていると、後ろからエースくんに呼ばれる。

「ナマエ、いいもん見せてやるよ」
「なんですか?」

ちょいちょいと手招きをされるが、もともと距離は離れていない。
座ったままずりずりと体を反転させエースくんの横に並ぶ。
ヤンキー座りをしたエースくんがおもむろに薪に手を近づけるのを黙って見つめる。

「見てろよ」

そう言うや否や、ボっと音を立てて彼の手が炎に包まれる。
そして炎は薪へ移り、ぱちぱちと音を立てて燃え始める。

「びっくりしたか?」

目も口も開いたまま、唖然と火を見つめる私にエースくんがいたずらっ子のような顔をして笑いかける。
膝の上で腕を組み、その腕越しに笑うエースくんを至近距離で見て、昼間と同じような心臓が締め付けられる感覚に襲われる。

「びっくりです…!」

手配書を眺めていたころはこんな風にエースくんの身体が炎になるところを実際に見ることができるなんて思わなかった。

「もういっかい…」
「特別サービスだぞー」

だめもとで強請ってみたらOKしてもらえた。特別サービスだって。
あのエースくんから特別サービスを受ける私。
なんて贅沢なんだろう、なんて心の中でニヤニヤする。
エースくん棒読みだったけど。

エースくんの掌が再び炎に変わる。
ゆらゆらと揺れる炎を瞬きもせず見つめる。
火を出すのは疲れるのかな。何を燃料に燃えてるのかな。
この炎はエースくんの一部なのかな。もし一部ならエースくんが燃え続けたらどうなるのかな。エースくんが消えてなくなるのかな。
つらつらと頭の中で疑問が浮かんでは消えていく。
ちらちら動く透き通ったオレンジはなんて綺麗なんだろう。
もっとよく見たい。
もっと近くで―

「おいっあぶねえ!」
「わっ!?」

がっと頭を掴まれ火から引き離される。

「え?」
「え?じゃねえ!あほか!近すぎる!」
「あ、ごめんなさい、気が付かなくて…」
「いや、俺に謝らなくてもいい。お前は火傷してないか?」
「あっ、うん大丈夫!」

自分でも気が付かないうちに随分と近づいていたらしい。
たき火を囲うようにして棒に刺した魚を地面に刺していく。

「先にフルーツから食べ始めますか?」
「そうするか、もう待てねぇ」

ぐうううう、と壮大な音がエースくんのお腹から聞こえる。
お昼も果物ばかりで、逆によく我慢したというところか。
いそいそと果物を持ってきて、いただきます!と二人でかぶりつく。
昼間は島の説明ばかりをしていて聞けなかったが、ずっと気になっていたことがある。
がつがつと果物を口に入れていくエースくんに声をかけた。

「そういえばエースくんはなんで海に落ちたんですか?」
「むぁまみもぐぎぎむあ」
「飲み込んでからでいいですよ」

そんな口いっぱいに頬張られた状態でしゃべられても。
数秒ほどエースくんが口の中のものを飲み込むのを待つ。

「昨日嵐だったろ?普通ならあのくらいの嵐どうってことないんだが、昨日は運の悪いことに海王類の巣に入っちまってな」
「えっ」
「何匹も大型の海王類が船の周りを囲んできて、モビーもかなりの大きさだが、やつらはそれ以上にデカかった」
「大丈夫だったんですか?!…エースくんは海に、落ちたわけですが…それ以外の皆さんという意味です」

大丈夫かと反射で聞いたところで、目の前の人物が海に落ちているのに気づき慌てて言葉を付け足す。
すごいバカみたいな質問をするところだった。

「モビーは大丈夫だろうさ。あいつらは化け物みたいに強いやつらの集まりだからな」

モビーってのは白ひげの船の名前な、と次の果物に手を伸ばすエースくんの顔は至って普通だ。
海王類に自分の仲間たちが負けることなどみじんも考えていないようだった。

「モビーには俺のビブルカードもあるし、明日には迎えが来るんじゃないか?俺が砂浜に流れ着いたってことは、海に落ちたところからそんなに距離はないだろうしな」

そういってまたガツガツと食べることを再開したエースくん。
フルーツを口に詰め込む合間に魚の向きを変え、まんべんなく火が通るようにしている。
そんなエースくんを私は黙って見つめた。

エースくんは自分がここからそれほど離れていないところで船から落ちたと思っているが、それは違う。

たまたま私が海に落ちたエースくんを救い上げ、この島まで運んできたが、もしエースくんを見つけたのが「普通」の人であったなら、まず島まで泳いでたどり着くことはできなかっただろう。
いや、まず普通の人があそこでエースくんを見つけること自体できないのだが。
私だったからこそ彼を見つけることができ、ここまで運んでくることができたのだ。

もしも昨日、自分が彼を見つけていなかったらと想像し、背筋が冷たくなる。

そんな事を夢にも思っていないだろう彼は、火が通った魚に手を付け始めていた。

「…ビブルカードって何ですか?」

エースくんが話していた中で気になったことを聞いてみる。
この世界についてそれなりに知識を身に着けたつもりでいたが、やはり知らないことも多い。
エースくんはさっきの私の言葉を覚えてくれていたようで、今度は口の中のものを飲み込んでから話してくれた。

「ビブルカードってのは、自分の爪の切れ端を使って作るカードの事だ。水に濡らしたり火に燃やしたりしてもなんともねえが、持ち主の生命力が弱ると紙も小さくなる」
「へぇー面白いですね」
「面白いだけじゃねえさ、このカードはすげえ便利なんだ。このカードを小さくちぎって大切なやつに持たせておくと、カード同紙が引き合ってお互いの居場所を教えてくれる」
「あ…じゃあ白ひげの皆さんがビブルカードを持っているのでエースくんがここにいるってわかるんですね!?」
「そういうことだ!」

やったぁ!と手を叩きよろこぶ私を見てエースくんも笑う。
エースくんの為ならモビーを探してこの島に引き寄せるつもりでいたけど、そのビブルカードとやらがあるなら私の出番はなさそうだ。
エースくんが無事に船に戻れるのなら何よりである。
ビブルカードなんて便利道具がこの世界にあったとは。

「そのビブルカード見てみてもいいですか?」
「おう、いいぜ」

そういってエースくんは手の平を頭の上に乗せたところで動きを止めた。
エースくんの髪が指の間から覗いている。
そういえば彼の髪は見た目よりも柔らかかったなあ、と洞窟に運んだ時のことを思い出した。もう一回くらい触ってみたいな。さっき火を見せてくれた時のように強請れば触らせてくれるだろうか。
そうやって見つめている間も彼は動かない。

「エースくん?」

なんのポーズだろうか。
私はビブルカードを見せてほしいと言ったのだけれど。

「おい…」
「はい」
「俺の帽子は一緒に流れ着いてなかったか」

何を真顔で聞くかと思えば。

そういえば私が彼を見つけた時にはすでに帽子をかぶっていなかった。
テンガロンハットは彼のトレードマークのようなものなのに、どうして今まで気にしなかったんだろう。

「流れてきてないですよ…私が見つけたのはエースさんだけです」

というか今まで帽子なかったの気が付かなかったんですか?と続けて言えばエースくんはがっくりとうなだれてしまった。

「もしかして…」
「ビブルカード…帽子に縫い付けてある…」
「え、じゃあ…」
「仲間は俺のことを探せねえ…」
「えええええ」

さっきの喜びは何だったのかと思うほどどんよりした空気が周りを包む。

「えっと…」
「…」
「えっ、と…」

左手を頭の上に、右手には魚をもったままの体制で固まっている。
ひどい落ち込みようである。
まあ、明日にでも迎えに来てもらえるのでは、なんて考えていたのに実際は迎えが来ないかもしれないなんていう状況になれば当然か。

「エースくん」

私の呼びかけに目線だけを向けてくる。

「エースくん、大丈夫ですよ。絶対」
「わかってるよ」

そう言うエースくんの表情は硬い。
でも今言った通り絶対に大丈夫。迎えは来る。

「エースくんが落ちたところからそんなに距離はないようですし、きっと皆さんが探し回るうちにこの島にたどりつきますよ」
「…」
「この島には食料はたっぷりありますし、そんなすぐに飢え死にする心配もありません」
「…ああ」
「エースくんが海に落ちたのは嵐の日ですし、風向きがわかりやすいです。グランドラインを旅できる航海士さんなら潮の流れを予測することも容易いでしょう」
「そうだな」
「それに…モビーに置いてあるビブルカードがなんともなっていないなら、エースくんが生きていることはわかるはずです。そしたら皆エースくんを探すことを諦めたりしませんよ」

畳みかけるようにエースくんに迎えが来る根拠を伝えれば、やっと彼の顔が明るくなった。
思いつくままにしゃべったが、意外と理に適っているのではないだろうか。

「そうだよな、モビーにあるビブルカードが無事なら俺が生きてることは伝わるからな」
「そうですよ!だから大丈夫ですよ、エースくん!」
「ありがとな!」

にかっと笑った後、照れたように「正直、ちょっと焦った…」とつぶやくエースくんにちょっとテンションが上がった。
漫画でのイメージが「頼れるお兄さん」だったのでそのギャップを感じたのだ。

それにしても、そのビブルカードが使えないとなればやはり私がモビーをこの島に引き寄せる必要があるだろう。
エースくんの目を盗んで試してみよう。

「エースくん、いろいろお話しましょうよ。気がまぎれますよ」
「もう大丈夫だって」

そういって笑うエーくんにさっきのような落ち込みは見られない。
もう気分を切り替えたのだろう。

それからエースくんの白ひげ海賊団についての話を聞いた。
モビーとは正式にはモビーディックと言うらしく、大きな白い鯨を模した船だそうだ。
白ひげ海賊団の船員は約1600人で16の部隊に分かれているとのこと。
相当大きな船のようだから、探しやすいかもしれない。
エースくんの話の中で特に出てきたのが「オヤジ」こと白ひげさんと、一番隊隊長のマルコさん、四番隊隊長のサッチさん。
他にも隊長さんたちの名前は上がったが、特にオヤジさんたち3人の名前が多かった。

どれくらい長い間話していただろうか。
太陽は完全に海の向こうに沈み、空には星が輝いている。

「ナマエは?ここに来る前は何をしてたんだ?」
「私は…」
急に話を振られ言葉に詰まる。
ここに来たきっかけは船で男に襲われそのまま海に落ちたからだが、
ありのままを話したところで微妙な空気になるだろうから話すつもりはない。
なんとなくナイフで刺されたところを右手でなでる。

「私も…船で移動しているときに海に落ちたんです。それでそのままこの島に」
「へえー海に落ちたのは不運だったけど、この島に着いたのはラッキーだったな」

食べ物に困らねえし、とエースくんは笑う。
そのまま続きを促すような目で見つめられた。
ああそうだ。

「私…歌が少し得意です」
「へぇ…!」
「実は歌のお仕事をしていて、海に落ちた時も仕事のために移動していたんです」
「歌手ってことか!お前実はすげぇやつだったんだな!」
「いやいや、私はタイミングが良かっただけなので、大したものじゃないですよ」
「なあ、歌ってみてくれよ。ナマエの歌聞いてみてぇ」

まあ、歌の話をしたら当然その流れになるよね。

「何の歌がいいですか?もし知っている曲だったらそれ歌いますよ」
「んー…音楽は好きだけど何の曲って言われるとなぁ」
「海賊って歌が好きなイメージありましたけど、違うんですね」
「いや、みんな歌は好きでよく歌ってるぞ。それにウチには演奏家も揃ってるし」
「え!演奏家が船に乗ってるんですか?」
「宴の時とかよく演奏してるぞ」

船に演奏家が乗っている環境で曲名が出てこないということは、エースくんは曲というよりその場の雰囲気を楽しむ方が好きなんだろう。

「あ、ビンクスの酒は良く歌うな!」
「ビンクスの酒?」
「海賊なら誰でも知ってる曲さ」

こんな曲、といってヨホホホーと歌い始めるエースくん。
はじめて聞く曲だが、メロディは覚えやすかったので途中から一緒に歌った。
エースくんの楽しげな声が響く。
低くて、語尾が少しかすれるように聞こえる声は耳に気持ちが良い。

ヨホホホー…と6番まで歌い切ったところでエースくんと目が合う。

「そういえばさ、もういっこ好きな曲あった」
「なんて曲ですか?」
「曲名はわかんねぇ、けど歌詞と…声がよかった」
「うーん曲名が分からないと…歌手は誰ですか?」

私も知っている歌手だろうか。
声が良かったとは…エースくんに褒められている見ず知らずの歌手がうらやましくて心がさわさわした。

「うーん…なんだったかな。俺の隊にその歌手のすげえファンがいてさ、よく話をされたんだが…思い出せねえ」
「あはは、じゃあ船に戻ったら聞いてみてくださいよ」
「そうするわ。…なんかその歌手ナマエと声似てるんだよな」
「えっ…」
「だから思い出した」

私と声が似ている歌手とは、私のことじゃないのか。
いや、名乗っているのに思い出せないということは違うのかもしれない。
期待に胸が膨らむが、これで勘違いだったら赤面ものだ。

「ちなみに、その気に入った曲の歌詞はどんな感じのものでしたか?」
「歌詞はなー、なんか落ち込んだらあ後は上がるだけ…のようなことを言ってたな」
「え!」
「ん?」

思わず大きな声が出そうになって両手で口を押える。
まさか、まさかそんな事ってあるだろうか。
エースくんが言ってる曲は私のデビュー曲の特徴と一致する。
一気に心臓が激しく動き出し、指先が冷たくなる。

「あの…」
「知ってる曲か?」
「もしかしたら、という曲はあります」
「おお!歌ってみてくれよ!」

わくわく、といった効果音が聞こえてきそうだ。
全身で楽しみを表すエースくんを見て立ち上がる。

「一応私の得意な曲の一つなので気合い入れて歌いましょうか」

アカペラなので迫力はないですけど、と付け加えれば、
よ!待ってました!と合いの手を入れてくれるエースくんに向かって笑う。


「それでは、Up!歌います」


ギターもなく、自分の声だけで歌うしかないこの場所で、気持ちだけは今まで以上に入れて歌う。
深く息を吸い、砂浜に足を踏み込み、腹筋に力を入れる。

無人島に流されたって大丈夫。
必ず迎えは来るから、ちゃんと立って、上を向いて。
そんな気持ちを込めて歌う。

普段歌っている場所と違い、声は周りに吸収されるし、ギターもない。
私の声が海の夜に溶けていくのが分かる。
それでも最後まで歌い上げて一礼をする。
歌ったあとにお辞儀をするのは人前で歌うようになってからの習慣である。

ふ、と息を吐き顔を上げると驚いたような顔をしたエースくんと目が合う。

「どうでしたか?」

私の歌を聞いた人はだいたい同じような顔をするけれど、いつだって反応をもらえるまでは不安になる。
今回はさらに特別だ。
だってあのエースくんの前で歌ったんだから。

「エースくん?」
「あ、あぁ…」
「エースくんの言ってた曲と合ってましたか?」
「合ってた…」

ぼんやりとした感じで返事を続けるエースくんに苦笑が漏れる。
とりあえずエースくんの隣に座ると、エースくんも私の動きをそのまま目で追っていたようでこっちを向いていた。

「お前…歌うまいな」
「ふ…あははっ」

しみじみとした感じで言われ思わず笑ってしまった。

「言ったじゃないですか、一応歌のお仕事をしてるって」
「そうだけど…ここまでとは思わなかった」
「褒めてるんですよね?ありがとうございます」

笑いながらお礼を言い、傍に置いてあった果物を一つ手に取る。
明日はまた違う種類の果物を取りに行こうと頭の中に島の地図を描く。

「なあ、」
「はい?」
「また歌ってくれよ」

まじめな顔をして聞いてくるエースくんに、今日何度目か分からない胸を締め付けられる感覚が襲う。
私の歌に何かを感じてくれたのだろうか。
そうだったら嬉しいな。



わたしには歌うことしかできないから。
それをエースくんが求めてくれるなら。



「エースくんの為なら何曲だって歌いますよ」



私の言葉を聞いたエースくんがまた太陽みたいに笑った。