04




朝だ。洞窟の外で鳥が鳴いている。雀のようなかわいらしい鳴き声ではなく、南国の鳥らしくよく響く声だ。

「だるい…」

昨日の朝のように筋肉痛のだるさではなく、風邪をひいたときのようなだるさ。
海の感覚と同化させる作業はかなり身体に負担がかかるらしい。
いくら海に愛され、様々な加護があろうとも、色々制約がありそうだ。

伸びをしてから立ち上がり、たき火の所へ向かえばエースくんが昨日と同じように魚と果物を採ってきてくれていた。

「おはよう」
「おう、おはよう」

ん、と差し出されたココナッツ。
昨日魚に口の中の水分を取られていたため、今日は先にココナッツをくれたようだ。

「ありがとう。夜の間はどうでした?」
「なんっも。この島は野生動物もほどんどいねえし、船も基本的に夜間は動かさないからな。眠かった」
「…それでも、夜は見張った方がいいんだよね?」
「まあ、念のためな」


私が朝食を食べ終えるのを待ち、エースくんは立ち上がった。
「んじゃ、見張りよろしくな」
「うん、おやすみなさい」
「…エアギターでもして待ってろよ」
「それはもうしない!!」

そうしてエースくんはくあ、とあくびをして洞窟へ向かって歩き始めた…かと思いきや、振り返り「あんまり遠くにいかないようにな」と釘を刺してきた。

純粋に心配な気持ちと、あとは見張りもするようにという意味だろう。
今日は潜るのに夢中になりすぎないように気をつけよう。



***



とはいえエースくんが寝てすぐに海に行くのも気が引けたため、きっちり薪集めと食料集めを行った。
あまり近場の果物ばかり採るのもよくないため、少し遠くまで集めに行った。
戻ってくればたき火の炎は燻ぶる程度にしか残っていなかったため、慌てて薪を足した。
そうして火を大きくしたら、今度は魚を捕りに再び森に向かう。
罠にかかった魚を捕まえて、また新しい罠を仕掛ける。

そんなこんなで島半分を歩き回っていれば太陽はもうほぼ真上に来ていた。
そろそろエースくんも起きてくる頃だろう。

「やっぱり船探しが後回しになっちゃうんだよなー…」

ぶすぶすと魚をたき火の周りに刺す。
毎日魚と果物だけじゃ飽きるかな。
でも無人島でこんなに楽に食料が確保できることってなかなかないと思うし、我慢してもらおう。

せっせと昼食の用意をしていれば後ろから足音がしてきた。

「おはよう、エースくん」
「おー…おはよ」

くああと大きなあくびをしながらお腹をボリボリと掻いている。
まさに寝起きという感じのいで立ちである。

「はい、どうぞ」
「さんきゅ」

自分が朝そうされたように、ココナッツを渡す。
寝起きで喉が渇いていたようで勢いよく飲んでいる。
タイミングを見て果物を渡せば、エースくんはそれをぼんやりと見つめて感慨深げにつぶやいた。

「ここは食料が手に入りやすくて良かったよな」
「そうだね、島全体の果物をまんべんなく食べてれば無くなる心配はなさそうだよね」

無言で果物を見つめるエースくんに違和感を抱く。

「どうかしたの?」
「昔…まだガキだったころ、それこそ嫌になるくらいサバイバル生活を送ってた」
「子供のころに?」

ゆっくりと、エースくんは自分の子供のころのことを話してくれた。
自分には親がいなくて、山賊と一緒に暮らしてたこと。
自分の食料は自分で調達していたこと。
血の繋がってない弟がいること。

なんとなく、大事なところは言わないように言葉を選んでいるように感じた。

「だからサバイバルには結構自信があるんだが…」
「うん…」
「ここには飲める水もあって、洞窟もあって、食料も豊富だ。おまけに敵になるような生き物もいない」
「幸運なことにね」
「こんな楽なサバイバル生活があるもんなんだと思ったら、なぜか急に昔の生活が急に頭に浮かんできた」

不満なのは肉が食えないくらいだ、とこぼすエースくんに笑いながら焼けた魚を渡す。
さっき渡した果物はあっという間にエースくんの胃袋に消えていった。

「たしかに…ここは無人島生活向きの島だよね」

無人島生活に向きも不向きもあるのかと自分で言って笑う。

「それより、エースくんには弟くんがいるんだね」

そういってサバイバル生活から話題を変える。
弟がいたんだね、なんて素知らぬ顔で聞いたけれど。
弟さんのことはよく存じております。

「ああ、これがうるせぇやつでな。しょっちゅう喧嘩もしたけど、ずっと一緒にいたなぁ」

あ、弟の名前はルフィってんだ。
そういってとめどなくルフィについて話始めるエースくん。

アラバスタでルフィと会った時もまさに「お兄ちゃん」という感じだったけれど、実際彼について話しているところをみると。


彼は中々のブラコンと言うやつではなかろうか。


彼がひとしきりルフィの事を話しきる頃にはすっかり採ってきた食料がなくなっていた。
ルフィはどうやら小さいころから私の知っている「ルフィ」だったようだ。


だけど、私が知っているルフィの幼少期はシャンクスとの出会い頃のみだ。
彼の話す幼少期のルフィは「誰の」ルフィなんだろう。


私が知らないだけで原作にルフィの幼少期が出てきていた?
それとも原作とは別に、この世界で「生きている」エースくんの中のルフィ?

だって、原作に描かれていないキャラクターの生活なんてわかるはずないのに。



そもそもなんで、漫画のキャラクターがここに。



なんで私はここにいるの。



私って、何。



「ナマエ?」


肩を揺すられ、思考の海から覚める。
掴まれた右肩の方を向けばエースくんがこちらを心配そうに見ている。

目線を自分の肩に向ける。
恐る恐る肩を掴む手に自分の左手を重ねてみると、温かいというよりも熱いくらいの熱が伝わってくる。


「おまえっ…なんて冷たい手ぇしてんだ…!」


そういって両手で私の左手を握ってくるエースくんの手に右手を重ねる。
ゴツゴツした、だけど優しい手にしっかりと触れる。

「エースくん…」
「ナマエ?」
「エースくんは、生きてるよね…」
「…当たり前だろ。ナマエにはおれが幽霊に見えてんのか?」


暑さで頭がおかしくなったのかと心配してくるエースくんに思わず笑う。
生きてるんだ。エースくんは。


「そうじゃなくって…」
「大丈夫か?」

私の手を握るエースくんの手も。
心配そうに私を見つめる少し垂れた目も。
低くて心地よい声も。
全部生きている本物のエースくん。



「生きててくれてありがとね、エースくん」
「は…?」



ぽかんとしたエースくんを置いて立ち上がり、「暑さで頭がやられちゃったようだから海で冷やしてくるね」といって自分だけさっさと海に向かう。



また落ちていくところだった。



生きているのだ。


エースくんも。私も。


「原作」とかそうじゃないとか、気にしたって仕方のないことだった。



ざぶざぶと海に入り、昨日モビーが居たあたりに意識を向ける。
ある程度の場所が分かっているため、胸のあたりまで浸かっただけでもすぐに居場所を掴むことができた。

慎重に、モビーの下の海を掴み、引き寄せる。
強く引きすぎれば海だけが動き、引く力が弱ければ船は動かない。

ゆっくりと少しずつ手繰り寄せるように。
集中し、呼吸をするのも忘れる。

眉間がじりじりしてきているが、もう少しだけ―


「おーい!」


声をかけられた瞬間集中が途切れる。
後ろを向くとエースくんが波打ち際に立ち、手を振っている。
何かあったのだろうか。

すぐにエースくんの近くまで行き、声をかける。

「どうしたの?何かあった?」
「いや、ナマエがずーっと同じ体制で動かねえから逆になんかあったのかと思って声かけたんだよ」
「あ、そうなの?」
「そうなの?って…海に入って30分くらい同じカッコで動いてなかったぞ」

30分も経ってたのか。あの作業はほんとに一瞬集中したつもりでも時間が経つんだなあ。

「とにかく、あんま長い時間海に浸かってると体冷えるぞ。いったん上がって来いよ」
「わかった、そうする」

エースくんの後を追い、砂浜を歩く。

たき火に手をかざし、体を温めるふりをする。
実際海の中に何時間いたところで私の身体は冷えることはないから。
しかし…30分も海にいると心配されるのか。
だとするとますます作業がしにくいなあ。


「ナマエ、おれはまた丘に行ってくるから、たき火よろしくな」
「うん、いってらっしゃい。気を付けてね」

そう言ってエースくんを見送った後、午後いっぱいモビー探しとたき火番に費やした。

そして夜は昨日と同じように倒れこむようにして眠った。



***



モビーを引き寄せ始めてから1週間。
エースくんがこの島に来てから9日。

少しずつ、でも確実にモビーをこの島に引き寄せてきており、あと少しで島からモビーの姿が確認できるようになった頃。


エースくんに焦りが出始めてきた。


「おはよう、エースくん」
「…おう、はよ」

朝の挨拶だって元気がない。
食事をしている時もぼーっとしているし、丘から戻ってきたときは目に見えて不機嫌になっている。

私もそんなエースくんに声をかけづらく、海で過ごすことが多くなった。
もちろんたき火番や食料集めはしているけれど。


「そろそろ見え始めても良いころなんだよねー…」


いつものようにモビーを島に引き寄せようと集中したところで違和感に気づく。



モビーが昨日より島から遠ざかっている。



「うそ…」

慌てて、でも慎重にモビーを海ごと引き寄せる。
あれだけ毎日引き寄せていたのに、なぜ今更遠ざかるんだろう。


胸騒ぎを覚えながら、食料集めを含めた毎日のルーティンをこなした。



相変わらず夜は倒れこむようにして眠っている。



***



「なんで…?」

昨日引き寄せたはずのモビーはさらに遠くに行っていた。
そしてもう一つ分かったのは、私が一日に引き寄せる距離よりも、モビーが一日に移動できる距離の方が上回っているということ。

今までのやり方ではいつまで経ってもモビーを島に来させることはできない。
どうやって海に潜る時間を増やそうか。
というかなぜ今になって全別の方向に進んでいくのか。


ばちゃり、と海に倒れこみあお向けで浮かぶ。


一週間、頑張ったのに。
行き場のない怒りのような、悲しみのような感情がぐるぐると回る。

「もおおっ…!」

ばちゃん、ばちゃんと手や足を水面にたたきつける。
こんな事をしたって何が起こるわけでもないけど、イライラをぶつけたくて水面に浮かんだまま手足を動かす。

そうしていると急にちりっとした熱が体を襲う。
これは、エースくんと初めて会った時の感覚だ。

「エースくん!?」

慌てて体を起こし熱源の方を見れば、エースくんの頭頂部が見えた。
彼がいるとこは胸までの深さしかないはずだが、能力者故立てなくなったのだろう。
悪魔の実の能力者は膝の深さまでの海であったとしても溺れることがある。

慌ててエースくんを掴み浜辺へ上がる。

「エースくん!エースくん!?」
「げほげほっ…!かはっ…!」

すぐに海から引き揚げたため、そんなに水も飲んでいないようだ。
だとしても。

「エースくんっなんで海に入ったりしたの!?」

震える手で仰向けのエースくんを揺すれば、彼はこちらを向きかすれた声で応えた。

「ナマエが…溺れてると…思って…」
「……!」

水面でばしゃばしゃ暴れていた様がエースくんからは溺れているように見えたのだろう。

見える範囲に居ろという彼の言いつけを守り、毎回たき火から見える場所でモビー探しをしていた。
私はてっきり私がたき火番を忘れないように、という意味で言われたのだと思っていたけれど。
何かが起きないように、彼はちゃんと私を見ていてくれたのだ。


「エースくん…」

申し訳なさとともにじわじわと嬉しさが胸に広がる。

「エースくん、ありがとう…」
「ん…」

溺れてなくて良かった、笑う彼に目元が熱くなる。

「エースくん、ありがとう。…だけど、今度こういうことがあっても、私のことは助けようとしないでね」
「…なんでだ?」

呼吸も落ち着いたエースくんが上体を起こし、見つめてくる。


エースくんが私のために危ない目にあったり、ましてや死ぬようなことがあってはならない。


「私、絶対に溺れたりしないから」
「…そんなの分かんねえだろ」

唇をツンと尖らせ不満を顔で訴えてくる。
子供っぽい仕草に笑いそうになるが、まじめに答える。

「私泳ぎがすっごく得意なの。だから大丈夫。あとね、私のせいでエースくんが危ない目に合うのは絶対に嫌だ」
「おれは気にしねぇ」
「嫌だ」

じっと真顔で見つめるとエースくんは諦めたようにため息をついた。

「わかった。」
「よかった!」
「お前が溺れないってことはな。だけどもし、お前が危ない目に合うことがあったらおれは絶対助けにいく」

分かってないじゃないか。
頑固だなあ、と小さく笑いエースくんを立ち上がらせる。
エースくんはすっかり回復し、自分でたき火の方に歩いていく。
この日は久々に夕飯まで二人で一緒に行動した。



そして夜、洞窟で眠ろうと横になった私の頭の中に昼間のエースくんのセリフがふと浮かんだ。



絶対に助けに行く。



昼間は流してしまったけれど、いつの間にか自分がエースくんの庇護対象になっていたことに驚きと嬉しさを感じる。

まるで少女漫画のヒロインのようじゃないか。
ニマニマと笑ってしまうのを許してほしい。
何度も寝返りを打ちながら高ぶった気持ちを落ち着かせようとする。


エースくんだけはモビーに帰してあげたい。
モビーディックが今になって急に動き出した理由はわからないけれど、きっとモビーの行く先にはエースくんのビブルカードがある。

ビブルカードは小さすぎて最初から探すのを諦めていたけれど、これ以上モビーが島から離れていくようなら仕方がない。
明日からビブルカードを探せるか試してみよう。


明日からの途方もない作業を想像しただけで疲れが襲ってくるようだった。
そしてそのまま落ちるように意識を手放した。