05



「おれ船作ろうと思う」


今日はいい天気だな、と話す時と同じようなトーンで言われたため一瞬理解ができなかった。
ビブルカードを探し始めて数日たった朝、いつも通りエースくんの用意してくれた食料を食べている時にエースくんは言った。


「おれ、船作ろうと思う」
「…聞こえてたよ?ごめんね反応できなくて。どういうこと?」
「だから、船作って島から脱出すんだよ」

何を言ってるんだろうかこの人は。

「エースくん、ここはグランドラインだよ?天気がいきなり変わったり、何が起こるか分かんないんだよ?」
「そんなこと分かってる。…でもこのままずっとここで待ってる訳にはいかねぇだろ」
「…無謀すぎるよ」

視線を落としフルーツの皮をゆっくりとむく。
ログポースやエターナルポースといった指針もなく、海に出ることがどういうことか分かっているのだろうか。


ぱちぱちと火の弾ける音と波の音が響く。


いくら無謀とはいえ、わざわざ口に出して宣言したということは、彼の中ですでに決定事項なのだろう。
この島に船になるような材料はあっただろうか。
船を造ったとしても、その後は?
モビーディックはエースのビブルカードを求めてこの島から離れて行っているのに。
たとえ手作りであっても私が一緒に乗船していれば沈むことはないかもしれない。
一緒に海に出てモビーを探す?
私の能力を知ったらエースくんはなんて思うだろうか。
凄い?便利?羨ましい?


それとも、怖い?


「…待っていれば迎えが来るんじゃないかな」


頭の中で考えていたことはどれも声にはならず、口に出せたのはつまらない一言だった。



「待ってればって…、いつまで?」


エースくんの冷たく固い声に反応して顔を上げれば、眉間にシワを寄せてこちらを見ているエースくんと目があった。

「いつまでって…」
「待ってれば迎えは来るって言うけどな、じゃあいつ来るんだよ?」

エースくんの声が徐々に大きくなっていく。

「でも指針も持たずに海にでるのは危険すぎるよ」
「そうやってお前はただ救助されるのを待ってたんだろ?それで遭難して何日たった?」
「…3か月くらい」

私の答えを聞いてエースくんのこぶしに力が入ったのが見えた。
ああ、怒鳴られるな、と頭の中で思った瞬間エースくんの声が響く。

「おれは!」

エースくんが立ち上がり叫ぶ。

「こんな無人島なんかで死ぬわけにはいかねぇんだよ!」


エースくんの大声に体が跳ねる。


わかっている。
エースくんはこんなところで死んで良い人間じゃない。
そして私もエースくんをモビーに帰してあげたいと思っている。
だからこそ毎日、日課のたき火番や食料集めの合間をぬってエースくんのビブルカードを探しているというのに。

かと言ってなんと返事をしていいのかもわからず黙り込んでしまう。
そんな私を見てエースくんは今までの不満を吐き出し始めた。

「遭難して3か月って言ってるけどな、、、お前は俺が来るまでの間自分で助かろうと何かしてたのか?」
「何かって…」
「のろしを上げるわけでもなければ、丘の上で船を探すわけでもねぇ。毎日果物食べて海で泳いでれば助けが来るとでも思ってたのか?」

エースくんからの指摘を受けて気づく。
自分一人のときは助けに来てもらおうなどという考えが頭になく、最低限の食料が確保できればいいと思っていた。
だからのろしも上げなかったし、船を探したりもしなかった。

だがそれはあまりにも不自然だったのだ。



生きたいと思う「普通」の人間がとる行動としては。



「おれは早くモビーに帰って仲間に会いてえし、もっと航海していくつもりだ」
「うん…」
「だからどんな手を使ってだって船に帰るつもりだ。たとえそれが無謀な方法でもな」
「だからって…」

無謀すぎるよ。
そう言いたくてもエースくんの顔を見て口をつぐむ。
きっとそんな言葉は聞きたくないだろうし、エースくんの怒りを助長させそうだ。
エースくんが本気で海に出るというのなら、私はどうやって彼の力になろうか。

視線を彷徨わせながらエースくんの力になれそうな方法を考える。

「なあ、ナマエ」
「なに?」
「お前本当に助かりたいって思ってるのか?」
「思ってる…よ」
「おれは、はやくモビーに帰って仲間に、、家族に会いたいと思ってる」


エースくんはしばし私の顔を無言で見つめ、口を開いた。



「お前は早く帰って会いたいやつとかいないのか?」



頭の中が真っ白になる。
周りの音も急に聞こえなくなり、体が固まったように動かない。
何か言わなきゃと思うのに、口も目も開いたまま動いてはくれない。


帰って会いたい人。


私は今まで元の世界に帰るために頑張ってきた。
大勢の前で歌うことなんて最初は考えられなかった。
それでも元の世界の曲を知っている人がいれば、有名になれば手がかりが集まるんじゃないかって。
文字通り寝る時間も惜しんで頑張ってきたのだ。


それはすべて元の世界に帰って会いたい家族がいたから。



「お、おいナマエ!」
「え?」

焦ったように話かけてくるエースくん。
急に様子が変わって、うろたえたような感じだ。

「わりぃ…!言い過ぎたな…まさか泣くとは思わなかった」

そう言われて頬を触ってみれば確かに濡れている。
しかも泣いていると気づいてからも涙は止まることなく流れ続けている。

「ああ…うん。大丈夫だよ」
「どこが大丈夫なんだよ!なあ…」
「大丈夫。大丈夫…」

うろたえるエースくんに何度も大丈夫だと伝える。
涙は次から次へと流れているのに頭の中は凪いだ海のように静かだった。

エースくんはただ不思議に思い、それを口に出しただけなんだと思う。
無人島で助けを求めるそぶりも見せず、時間があればすぐに海に潜りに行く私を。

無人島にいるのに何もしてない奴だと思われたことがショックだったのかもしれないし、
会いたくても会えない家族が恋しくて涙がでたのかもしれない。
悲しいのかも怒りたいのかもわからない。
ぼんやりとした頭でひとつ思ったのは、



当たり前のように家族を語るエースくんが羨ましいということ。



下を向いて涙が砂に滲み込んでいくのを見つめていると、エースくんが私の前にしゃがみ込み頭を撫で始めた。
あまり人の頭を撫でたことがないのだろう、ゆっくりだが力が強くて押さえつけられている感じだ。

「なあ…ナマエ…」

ごめん、と謝るエースくんは叱られた犬のような顔をしている。
かわいいな、と思うが今はエースくんと一緒にいるのが苦しい。

ふとエースくんが太ももに着けているナイフが目に入り、思いつく。

「エースくん…」

声をかければ、私が泣き止んだと思ったのかほっとした顔をみせた。
その隙にするりとエースくんのナイフを取り、立ち上がる。


「おいナマエ!?」


エースくんが焦って手を伸ばしてきたが、その前に後ろ手に髪の毛を切り落とした。



呆然とするエースくんに髪の毛の束を掴んだ左手を突き出す。



「もし、本当に船を造ってこの島から出ていくならこれを持って行ってほしい」
「…え?」
「…私の故郷では若い女の髪は航海のお守りになると言われてるの」


全くの嘘だ。
日本でそんな言い伝え聞いたことない。
だけど私がこの島に居ながらエースくんを守れる方法があるとすれば、「私の一部」を身に着けてもらい、海にエースくんの身を守ってもらうことだ。

私の髪の毛を持っていれば、海はエースくんを私だと勘違いするか、私の大切なものだと思って守ってくれるだろう。
そのためならこのくらいの嘘は可愛いじゃないか。

未だ動かないエースくんのため、さきほどまで飲んでいたココナッツで容器を作り、髪の毛を中に入れて無理やり持たせる。


「別にエースくんの事を怒っているわけじゃないけど、しばらく顔は見たくない。もし船が完成したらエースくんだけでこの島を脱出して。私はこの島で救助を待つよ」


エースくんの返事を待たずにそれじゃあ、といって歩き出す。

海に入った頃私を呼ぶような声が聞こえた気がしたけれど、振り向かずに潜っていった。



***



頭の先から指の先まで、溶けるくらい海に深く意識を集中させる。


彼のビブルカードもエースくんと同じ性質を持っているはずだから、触ればチリチリと熱いはず。

エースくんが悪魔の実の能力者でなければこんな探し方はできなかった。
悪魔の実の能力者は海に嫌われるというが、今はそのことに感謝だ。


時間の感覚も上下左右の空間もわからないほど海に溶け込んだ頃、探していた熱が身体に触れる。
初めてモビーを引っ張ろうとした時の失敗を思い出し、慎重に引き寄せる。
何度も集中が切れそうになりながら、近づく熱を離すまいと粘る。


「…ぷはっ!」


だいぶ近くまで引き寄せた感覚がしたので、一度海面に顔を出す。
空は暗く、星がきらめいていた。


時間を気にせず海に潜っていたが、エースくんと別れてからどれだけの経ったのだろうか。
海に「私」を感じられないので、まだエースくんは島にいるのだろう。
髪の毛を置いていったのなら話は別だが。


「あれだぁ…」


黒い海に浮かぶ小さな点。
海を掴み手繰り寄せればどんどんこちらに近づいてくる。


「だいぶ探したよ…」

手元に流れてきたテンガロンハットには、何日も海を漂っていたにも関わらずしっかりと笑顔マークと悲しみマークのアクセサリーが付いていた。

さすがに汚れたりほつれたりはしていたので、それは歌で新品のように綺麗にした。
後はエースくんの手元に戻れば完璧だ。

「それじゃ、エースくんの元に帰るんだよ」

そう言って手を離せば、帽子は自然にエースくんがいるであろう浜の方に流れていく。
進んでいく帽子を見送り、再び海に潜る。


これでモビーディックが来て、エースは家族のもとに帰れる。
ビブルカードを探し出した達成感、エースくんが帰れるという喜び、そして彼と離れる寂しさ。
様々な感情があふれてくる。

エースくんと離れるのは寂しいが、元々会えるとは思っていなかった人物だ。
出会えたこと自体が奇跡のようなものなんだから、これ以上望むのは良くない。
文字通り、元々住む世界が違うのだ。
元のエースくんがいない日々に戻るだけ。


そう自分に言い聞かせる。


眠ろうと思って再び海に潜ったのに、エースくんのことを考えると眠気が遠くにいってしまう。

何時間かたった頃、遠くで大きな塊、モビーディックが進路をこちらに変えたことを感じたところでやっと眠りについた。



***



「久々の陸地しんどい…」


あれからモビーは無事にこの島に着き、一晩停泊したあと去っていった。
私はあんな別れ方をした手前、顔を合わせずらいという理由でエースくんを見送りもしなかった。


人としてまずいことをしたとは自覚している。


ため息をつきながら島の中心にある丘に向かって歩く。

「数日海にいただけでこれかぁ…」

足場が悪いとは言え、前はもう少しスムーズに歩けていたし、こんなに息切れもしなかった気がする。

よっこいしょ、と最後の段差を登れば視界一面に青い空と海が広がる。

「もうだいぶモビーは離れたんだなぁ…」

見回しても肉眼で船を見つけることはできなかった。
すぐに引き返す気も起きず、その場に座り込み海を眺める。

海は広大だ。
嫌な事を忘れるとか、自分がちっぽけな存在に思えるとか、昔から言われ続けているが、まさにその通りだと思う。

波の動きや、空に浮かぶ雲と眺めていれば飽きも来ない。

ぼーっと海を眺めていると空に何かが浮かんでいることに気が付く。

「んー?」

目を凝らせばそれがただ浮かんでいるのではなく、こちらに向かってきているのが分かった。

「鳥…?大きいな」

みるみるうちに近づいてくる鳥は普段見るカモメなどとは比べるまでもなく大きい。
思わず立ち上がる。

まっすぐこちらに向かってくるのが分かり、身構える。
あれだけ大きな鳥であれば人間も食べたりするのだろうか。
グランドラインの鳥ならばその可能性はある。

そうこう考えているうちに鳥はすぐ傍まで来ていた。
まずい、そう思った時には鳥が着地しようとして起こした風圧に思わず両手を顔の前でクロスさせ目を閉じる。


一瞬見えた鳥の姿は青く輝いていた。


バサバサと羽の音をさせ着地したのを感じ、目を開けるとそこには鳥ではなく、一人の男性が立っていた。


金の髪はサイドがきれいに刈り取られており、房のような形をしている。
失礼だが、バナナのような、パイナップルのような…といった印象を受けた。
こちらを見る目は眠たげで、特徴的な厚い唇は薄く弧を描いている。

身体は非常に引き締まっており、胸元に十字と三日月を重ねたようなタトゥーが施されている。


鳥が着地したと思ったら人間だったとか、その人間も特徴の塊というか特徴しかないような見た目をしていたことにも衝撃を受け言葉がでない。


驚いている私をみてその人はにやりと笑った。



「あんたがナマエかよい?」