06



「な…なに…?」

唐突に目の前に降り立ったその人は私のことを知っているようだった。
その人が一歩踏み出したのに対して一歩下がれば、その人は動きを止めた。

「あー…怖がらせたいわけじゃねぇよい。俺は白ひげ一番隊隊長のマルコだ」
「白ひげ…」

謎の鳥男が白ひげの人間だと分かった途端警戒を解く。
エースくんの船の人ならば無暗に襲って来たりだとか、危害を加える人ではないだろう。
よく見れば十字に三日月を重ねたようなタトゥーは白ひげのマークを簡略化したものだった。

あからさまに警戒を解いた私を不思議に思ったのか、マルコさんがいぶかしげに声をかけてくる。

「おい…普通白ひげって聞いたら警戒するだろうに。なんで警戒解いてんだよい」
「だって、エースくんの仲間ならそんな非道な人じゃないと思ったんで」
「…ずいぶんエースのことを買ってるんだねい」

そういうわけでもないんだけれど。
説明がめんどくさいので無言のまま後ろを向き座り込む。

三角座りでそのまま海を見つめる。

「…おい」
「…」
「白ひげの名前を聞いてその態度とはいい度胸だよい」

クッっと笑い声を出したマルコさんはそのまま近寄って来て、どかりと隣に座り込んだ。

目を合わせないまま「白ひげの一番隊隊長さんはどうしてこんなところに?」と聞けば、
「誰かさんが命の恩人をこんな無人島に置いておけねぇって騒ぐもんだから、迎えに来たんだよい」と返ってきた。


「…やさしいなぁ」


あんな風な別れ方をしたのに。
それなのに気にかけてくれたのか。

「せっかく来てもらったところ申し訳ありませんが、私は救助されるつもりはありませんよ」

そう伝えればマルコさんは「なんでだよい」と方眉を上げた。

「もうしばらく一人で居たいんです」
「…無人島にかよい?」
「…食料には困ってないので」
「海賊に助けられるのはそんなに嫌かよい」

平気です、と言いたかったがマルコさんの発言に固まる。
海賊に救助されるのが嫌だとか、そんなことは考えたことなかったけれど、そうとられてしまったか。


「海賊に…とかそんなんじゃないです。独りになりたいんです」
「…エースはお前に会いたがってたよい。」
「え…」
「傷つけちまったから謝りたいってよい」

どうする?と言いたげに見つめられても、こちらとしては特に怒ってなどいないし、逆に申し訳ないくらいだ。

「ひとりになりたいっていうけどよい…女としてその恰好とか気にならないのかよい」
「え」

そう言われて自分の格好をまじまじと見る。
客船の部屋着として来ていたTシャツに柔らかい生地のズボン。
元の世界で着ていたとしたら、コンビニに出かけるのに少し躊躇するくらいのラフさ。

ファンを自称する男によって刺されたお腹の部分は穴が広がり、30センチほど斜めに切れている。

しばらくお風呂にも入れていないし、この間エースくんに渡すためにナイフで切った髪の毛は不揃いだ。
おまけにつかみ切れていなかった一房だけ長い。


この格好はもう、女というか人として人前に出てはいけない恰好だ。


「…う、あ」


そして気づく。
私はこの格好で憧れのエースくんと話しをしていたのだ。
しかも割と近い距離で。


そういえばエアギターも披露していた。


「う、う」
「おい、大丈夫かよい?」


ああ、身なりを気にせず私はなんて事をしていたんだろう。


「うああああああ…!」

とうとう自己嫌悪と羞恥で頭を抱えてうずくまり、声を上げ始めた私の横で「おい!?急にどうしたんだよい!?」と引き気味にうろたえるマルコさん。

頭が悪いのかよい!?となかなか失礼なことを吐くマルコさんは良い性格をしている。
こちらは今憧れの人に人として非常にやばい部分ばかり見せていたことにショックを受けているのだから放っておいて欲しい。


「絶対モビーにはいかない…!」
「おい!?なんでそうなるんだよい!具合が悪いならさっさと行くぞ!」


立ち上がり、私の腕を掴んで歩かせようとするマルコさんに、自分の身なりが不味いことと、羞恥でおかしくなりそうな事を伝えたらオデコをつつかれた。
つつかれただけなのに結構痛い。


「そんなくだらねぇ事気にしてんじゃねぇよい!」
「く、くだらなくない…!」
「くだらねぇよい。身なり気にしてのたれ死ぬのと一時の羞恥を我慢して救助されるのとどっちが良いよい」
「………」
「そこは悩まずに救助選べよい!」

ズビシ、とまたオデコを突かれる。
この人初対面の人のオデコをつつきすぎじゃないだろうか。

「いきたくなーい…」

と駄々をこねるように呟けば、それまで立っていたマルコさんは小さくため息を吐いて私の前に胡坐をかいて座った。

「じゃあ、なんでひとりになりたいか言ってみろよい」

腕を組み、呆れた顔で私を見るマルコさん。
羞恥からのやけくそといった感じで今までの事をかいつまんで話した。

家族と離れてしまったこと。
ニホンに帰るための手段を探すため歌手になったこと。
しかし情報は集まらない上、お金目当てに人が寄ってくること。


「…そんな感じでちょっと疲れちゃったんです」


やけくそで話し始めたが、なぜだかマルコさんには今までのことをすらすら話せてしまった。
初対面の人の方が秘密を打ち明けやすいというやつだろうか。
あと初対面の人のオデコをつつくような人に気を使いたくないというのもあった。
そのせいか打ち解けるのもだいぶ早かったと思う。


「なるほどねい…。だけどいつまでもこのままって訳にはいかねぇだろうよい」
「それは…わかってますけど…」

はぁ、と煮え切らない私にため息をつくマルコさん。

「俺としてはお前の都合がどうであれ、こんな無人島に放っておくのは気が引けるよい」

エースの恩人でもあるしな、と首元を触りながら話す。
そういえばであった時からエースくんもマルコさんも私の事を恩人だと言うけれど。

「逆ですよ」
「何?」

マルコさんの顔を見た後、海の方を向いてもう一度同じことを言う。

「私の事を恩人だと言ってますが、実は逆なんです」
「逆?」
「エースくんが私の恩人なんです」
「前に会ったことがあるのかよい?」
「いいえ、私が一方的に知ってるだけです。」


柔らかい風が吹き、髪の毛が顔にかかる。
それを除けながらこの世界に来た時の事を思い出す。

今日も海はいつもと変わらず広い。

右も左もわからず、たった独りでこの世界を生きなければならないという絶望の中で、エースくんの存在は暗い海に差し込む光のように感じたのだ。


「海の底から私を引き上げてくれたんです」


マルコさんは意味がわからないという顔をしているが、これ以上説明するつもりはない。
意味深な事だけを話し、自己満足した私は、雑に切れた髪の毛を2本の指でいじる。
マルコさんは納得いかないような顔をしていたが、私がそれ以上話すつもりがないことを察し、追及してこなかった。


「そういえばさっきお前が言ってたニホン…どっかで聞いたことあるよい」


ぼんやりと毛先をいじっていたせいで、理解するのに一呼吸かかった。
ワンテンポ遅れてその言葉を理解した瞬間体が一気に反応する。

「え!?どっどこで聞いたんですか?!教えてください」

さっきまでのローテンションは吹き飛び、掴みかかる勢いでマルコさんに詰め寄る。
いざ情報が手に入る時はこんなに急なものなんだろうか。
しかも私が情報を集めるために取ってきた行動とは何の関係もないところから。

「確かクルーが話してた気がするよい。…そうだ、ニホンはどこにあるんだって聞いてきたやつがいたな」
「その人はどんな方ですか!?」
「どんなって…普通だよい。身長はエースより少し小さいくらいか、まあすごく強いわけでもねぇし、すごく弱いわけでもないよい」
「見た目とかはどうですか?黒髪黒目とか…」
「ああ、髪の毛は黒いよい」

黒髪…もしかして本当に日本人が乗っているのだろうか。
いや、そんなこと言ったらエースくんやルフィだって黒髪なわけだし、日本人とは限らない。
だけど「ニホン」を知っている黒髪の人間なら日本人の可能性が高いのではないだろうか。


「モビーに来る気になったかよい?」

気づけば私はマルコさんの胸倉を掴み、ほぼ馬乗りになっていた。
至近距離でマルコさんがにやりと笑うのが見える。

思わず身を引く。

「あ…私…」

日本人がいるなら会いたい。
だか自分の格好も気になる。
いや、でもそれこそ今までの事を考えれば恰好なんて気にしていられない。

一瞬頭の中で葛藤したが、羞恥よりも日本に反応する気持ちが勝つ。
モビーに連れて行ってほしい、と口を開きかけたところで急に視界が回る。

「うわっ!?」

馬乗りの体制から振り落とされ、ぐしゃりと地面に落ちる。
何なんだと文句を言おうとすれば腹部に衝撃が走る。

「あーもうお前めんどくせぇよい!」
「はぁ!?なっ…!」

そして襲う浮遊感に何が起きたのか理解する。
一瞬答えに詰まった私にイラついたマルコさんは私を馬乗りの状態から振り落とし、半獣化した足の爪で私のお腹を掴み空に飛んだのだ。

「ちょっと!?落ちたらどうするんですか!?」
「お前が暴れなけりゃ落とさねぇよい」
「他に運び方ないんですか!?」
「両手は羽にしてるだろうよい」

仮にも恩人とやらなのに扱いが雑すぎる!と文句を言えば、いつまでもウジウジしてるのを聞いてたらいくら時間があっても足りねえよい、と切って捨てられた。

みるみるうちに高度を上げられ、恐怖と浮遊感で背筋に寒気が走る。

こんな強硬手段を取られたのであれば、抵抗するだけ無駄だなと体の力を抜く。
四肢をだらりとさせ、眼下で海が横に流れていくのを見つめる。

「マルコさーん」
「…なんだよい」

力を抜いたまま声をかければ、私が文句を言うのだと思ったのだろう、めんどくさそうに返事をされる。
まあさっきまでのやり取りを考えれば仕方のないことだけど。

「私まだ大勢の人怖いんで近くに居てくださいねー」
「…しょうがねぇからそのくらいのワガママは聞いてやるよい、お姫様」

お姫様というならこんな運び方するなよ、内心で突っ込む。
すると海面に見覚えのある海王類を見つける。

「あ…」

私を無人島に連れてきた海王類が泳いでいる。
気のせいだろうか、こちらを気にしているように見える。

違うだろうな、と思いつつも大丈夫の意味を込めてひらひらと手を振ると、タイミングを合わせたように首を振り海に潜っていった。

「どうかしたかよい?」
「海王類がいたので手を振ってましたー」
「…変な奴だよい」

ちらりとこちらを見て呆れたように言うマルコさんが、あ、と声を上げる。

「あれがモビーだよい」



遠くに白い塊が見えてきた。