08



マルコさんに連れられて船の甲板に来てみると、見上げるほどに大きな人がいた。

「お手て繋いで登場たぁ、随分と仲が良いじゃねぇか」

グラララ、と特徴的な笑い声を上げる彼から目が離せない。
海賊団の名前の由来にもなっている白い三日月型の髭。
同じ人間なのか疑いたくなるほどに大きく、酒樽をコップのように持っている。
何かご病気をされているのだろうか。
身体にはチューブが繋がっている。
体に合うサイズのグラスがないので、手に持っている酒樽にはお酒ではなく水が入っているとか。

「親父、こいつがナマエだよい」

マルコさんに背中を押され、ふらふらとした動きで前に進む。
恐怖はないが、驚きと好奇心から意識がすべて目の前の人物に行ってしまっている。

「ナマエ、挨拶くらいしろよい」

肘で小突かれ、我に返る。

「は、はじめまして!ミョウジ・ナマエです!船に乗せてくださり、ありがとうございます!」

声の音量調節機能が壊れてしまったかのような大声で自己紹介をしてしまい、自分で声の大きさに驚く。
しかし白ひげさんはぼそぼそとした話し方をする人間は嫌いそうなタイプと見たので、結果よしとする。

「グララララ!ついさっきまで無人島にいたわりにゃあ元気じゃねえか」
「あはは…ありがとうございます…」

上機嫌に笑う彼になんと返せばいいのかわからず愛想笑いをする。
マルコさんを見ても機嫌良さそうにこちらを眺めているだけで、会話に入ってくるそぶりは見せない。
こちらから何か話題を投げた方がいいのだろうか。

そう思い視線を彼らから一瞬はずせば、マルコさんが白ひげさんのところに移動し始めた。
よく見ればマルコさんだけでなく、いつの間にかエースくんも白ひげさんの近くに移動していた。

「え…」

白ひげさんを中心に、マルコさん、エースくん、その他にも多くのクルーがこちらを見ている。

私はただ一人、白ひげさんやマルコさんたちと対峙するような形で甲板に立ち尽くす。

何が始まるのだろうか。
漂う緊張感の中で疑問を口に出すこともできず唾を飲む。

「ナマエと言ったな」
「はい…」


エースを救けてくれてありがとう。


そう言って頭を下げる白ひげさんに続き、マルコさん、エースくん、他のクルーまで私に向かって頭を下げている。

この展開は予想もしていなかっため、戸惑い後ずさる。
反応に困りあちこちに目が泳ぐが、どこを見ても皆私に頭を下げている。

四皇と呼ばれ、世界で最も「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」に近いとされている人物が一時とは言え、こんな若い娘に頭を下げるなんて。

今はもう頭を上げ、私の反応を見るようにこちらを見ているだけだが、その衝撃たるや。

「そんな大したことしてないですよ…」
「何を言う。家族の命を救ってもらったんだ。これが大したことじゃねェなら一体何が大した事になるってんだ」

日本人の習性として、褒められたり感謝されるとつい謙遜してしまったが、被せるように否定されてしまった。

四皇の一角白ひげ海賊団船長、世界でもっともワンピースに近い男、世界最強の海賊。

そんな肩書を持っていても、自分の家族が救けられたのであれば私のような小娘に頭を下げることすら厭わない。

彼にとっての「家族」とはそういうものらしい。


「…エースくんを見つけられてよかったです」
「…ああ、ありがとう。さて…、ナマエ。お前も無人島にいたってェなら、どこか送りとどけて欲しい島はあるか?近いところならこのまま送っていくし、そうでなければ傘下の奴等に頼んだって良い」
「ありがとうございます!」

願ってもないことだが、とりあえずこの船に乗っているという日本人に会いたい。
かいつまんで自分の故郷を探していることと、この船に日本人かもしれない人が乗っている事を伝える。


「ニホン人…マルコ、そんな奴ウチに乗ってたか?」
「ケンのことだよい。俺もそいつがニホン人とは知らなかったが、結構前にニホンがどこにあるか聞かれたことがあるよい」

白ひげさんに話を振られて、それまで黙っていたマルコさんが答える。
例の人はケンさんと言うのか。
名前も日本人みたいだし、本当に日本人なんじゃないかと期待に胸が膨らむ。

「ケンがねェ…まあ本人に話を聞いてみるといい。それで進路が決まったらまた話に来い」
「はい!ありがとうございます!」

深々とお辞儀をし、マルコさんを見る。
さあ、早くそのケンさんのところに連れて行ってくれ。

「じゃあ俺はナマエ連れて船の案内がてらケンのところに行ってくるよい。もしケンを見かけたやつがいたら俺が探してるって伝えておいてくれよい」

そういって周りのひとに伝え、私の所に歩いてくるマルコさん。
さあ行こうか、としたところでついて来ていたエースくんに気が付く。

「エース、お前もくんのかよい?」
「俺がいちゃなんかまずいのか?」

ちょっとむっとしたように答えるエースくん。
確かに今のマルコさんの聞き方だとまるでエースくんが邪魔者のように聞こえる。

「案内にならないと思うけどよい」
「はあ?船の案内くらいできるっての!馬鹿にすんなよ!」

シンガイだ!と怒りを露わにするエースくんを尻目に「早々に離脱すると思うけどねい…」と小さく呟き、マルコさんはスタスタと歩き始めてしまった。
今のつぶやきは小さすぎてエースくんには聞こえていなかったみたいだけど、どういう意味だろうか。


***


「ケンってニホン人なのか?」
「本人に聞いてみねぇと本当のところがどうなのかはわからねぇけどよい。そういうのは同じ二番隊のお前の方が詳しいはずじゃねえのかよい、エース」
「んー…ケンとは出身の話はしたことなかったからなぁ…あいついっつもおんなじ話しかしなかったし」

先導する二人の会話に耳を傾ける。
ケンさんは2番隊の人なのか。
そういえばエースくんは2番隊の隊長になってどれくらいになるんだろう。
原作で細かい年表が出ていたわけでもないし、覚えてもいないのでいまいち原作の開始時期が分からない。

まあエースくんはまだ19だろうし、原作がスタートするのはまだ先かな。

「そういえばナマエ、うちの海賊団は全部で1600人くらいいるんだ」
「え?…ああ、そうらしいね。すごい人数だよね」

マルコさんと二人で話続けるかと思ったので反応が遅れた。
そのままエースくんが白ひげ海賊団についてと船の構造について話をしはじめてくれたので頭に叩き込んでいく。

「…人数が多いから通路は広めにとってあるんだ。それで隊長たちは個室をもらえるけど、肩書のない隊員たちは何人かで相部屋になる。
ナマエはナースたちの部屋に泊まることになるだろうから、あんまり隊員たちの部屋がある階層にはこないだろうけど、まあ念のため案内しておくな」

ずらりと並ぶ部屋は隊員たちの部屋らしく、扉には誰の部屋か分かるように名前が書かれている。
まるでホテルの廊下のようだが、まあこれだけの人数になればこの部屋の取り方が合理的なんだろう。

ひたすら続く通路をあるいていくうち、すれ違う人すれ違うひとからエースくんが声をかけらている。

「よおエース!久しぶりだな!無事でよかったぜ!」

「エース!海に落ちたって聞いたときはどうなることかろ思ったぜ!」

「エースぅ!お前心配させんじゃねーよ!どんだけ皆探したと思ってんだよ!」

などなど。
エースくんが船に戻って来てから日も経っていないため、今日初めて会う人もいるのだろう。

エースくんが声をかけられるたびに「どーもエースくんの命の恩人です」と軽い挨拶を横でしていたが、さすがに毎回同じやり取りをするのに疲れてしまった。
隊員たちの部屋が集まる場所だったので、声を聞きつけた人たちが次から次へと集まってきているのでキリがないのだ。

「こうなると思ったよい…」

ふう、とため息をついてもみくちゃにされているエースくんを見つめるマルコさん。

「エース!先にナマエ連れていくよい!」

そういって私の手を取り、エースくんを置いて歩き始めてしまった。
エースくんがこちらを見て何か言いたそうにしていたが、久々の再開を喜ぶ仲間たちを置いていくこともできずに結局彼らに向き直っていた。

「案内にならないってこういうことだったんですね」
「一応全隊員にエースが帰って来たことは伝えてあったんだがよい、個別では会ってなかったみたいだからねい」
「1600人ともなれば一日では難しいですよね…」
「それにナマエが来るまで宴はしない!とかいって駄々をこねるもんだからよい、まだエースが帰って来てから正式な宴はしてないんだよい」
「それは申し訳ないことをしましたね…」

そういえばマルコさんが私を無人島に迎えに来たのはエースくんが騒ぐからだったもんね。それかぁ。

隊員たちの部屋の並びが終わり、通路を曲がりかけたところでマルコさんが急に立ち止まり、背中に突っ込んでしまった。

「いっ…!マルコさん?」

何を急に立ち止まったのかと、背中から顔をだせば、派手な着物が目に入る。

「えっ!?」

思わず声を上げ、その着物の人の顔を見上げる。

着物を着る女性が多くしていた結った髪型に、唇には紅を指しているが、着物から覗く固そうな胸板から男性だと分かる。
男性に向かってこんな表現をしていいのかわからないけれど、とても綺麗な人だと思った。

「よう、マルコじゃねぇか。…後ろの子は新しい子かい?随分趣味をかえたねェ」
「馬鹿。こいつはエースの恩人だよい。ナマエ、こいつはイゾウ。16番隊の隊長だよい。イゾウ、ナマエだ。おい、あんま色気出したまま近づくなよい。ナマエの教育に悪い」
「はは、それは褒めてるのかい?あふれ出る色気ってのはどうしようもないもんさね…お嬢ちゃん、エースを救けてくれてありがとうな」

私の顔をのぞき込むように顔を近づけ、くしゃりと私の頭を撫でる。
マルコさんと軽口を叩きあっている彼からは確かに、色気がすごい。
胸元が大きく広げられているため、目のやり場に困るが、彼の容姿を見てみると。

黒髪。
黒目。
着物。
だけど。

「イゾウさん?」
「なんだい?」

手を繋いだままのマルコさんを見るが、なんだよ?という顔をされただけでそれ以上イゾウさんについて説明するつもりはないようだ。
ならば自分で聞くしかない。

まだ私の目線に合わせかがんでくれているイゾウさんを見て口を開く。

「…イゾウさんとは苗字ですか?あなたがケンさんではないのですか?」
「…ん?」

私の質問に対し、不思議そうな顔をする二人。
意図が伝わらなかっただろうかと再度口を開く。

「イゾウさんは黒髪、黒目で、着物を着ています。髪型も…女性のではありますが、日本で昔されていた髪型です。なので私はてっきりイゾウさんがケンさんだと思ったんです。イゾウさんも日本出身ではないのですか?」

マルコさんとイゾウさんが顔を見合わせるが、なぜそんなリアクションを取られるのか理解ができず混乱する。

だって、着物は日本の伝統衣装だもの。

「俺はワノクニ出身さ。ニホンじゃないねぇ。聞いたこともないよ、悪いね」
「和の国!…和の国出身なのに日本の出身じゃない?」

ますます混乱する。
日本は和の国だ。だけどイゾウさんは和の国出身であってニホンを聞いたことがないという。
噛み合わない会話に一人焦る。
黒髪、黒目、女形のいで立ち。なんなら腰に刀でも下げていそうな雰囲気なのに。

「刀…」

そうだ、ゾロは刀を持っていた。
ならばワンピースには日本に似た島があり、それが和の国というのか。

「ああ、刀も着物もワノクニ発祥のものさ」
「ニホンはワノクニに似た文化なのかよい?」

まるで子供を心配するかのような態度の二人に苦笑する。

「すいません。ワノクニと日本はおそらく文化が似ているんだと思います。そのせいで混乱しました。よく考えたら私の世代では男性はほどんど日常生活で着物を着ていませんし」
「ワノクニから伝わった着物や刀が全く同じように馴染むかは別の話だからな」
「…ええ、そうですね」

疑問が解消されたところで少し談笑し、イゾウさんと別れた。
短い会話ではあったが、彼が大変なモテ男であることが判明した。

イゾウさんも含め、今まであった人は皆日本について知らなかったが、逆に日本について知っているケンさんは本当に日本人かもしれない。

早く会いたい。


私も早く家族に会いたい。