01


ざぶり、と水面から顔を出す。
「島だ…」


海が伝えてくれる感覚から島がある方向へひたすらに泳いでみたけれど。


「まさか本当に島があるとは…」


頭の中で閃いたような、誰かに引っ張られたような、そんな感覚があった。
言葉やビジョンで伝わってくるわけではなく、ぼんやりとした感じ。
それでもその感覚にしたがって泳いでみれば実際に島があったのだ。
なかなか海が伝えてくれる感覚は当てになるらしい。


水の中でも呼吸はできるし、少し身体を動かすだけで面白いように水の中を進む。
海の中に居ればなんだってできる気がした。



ざぶざぶと海をすすみ、やがて砂浜に足がつく。



眼前にはクリーム色の砂浜が広がり、その向こうには林がある。さらにその奥に町がある。
島の中心部が高くなっており、その斜面に建物があるため遠くからでも町が見えるのだ。


「さて、どうしよう…」
太ももまで足を水につけたまま一人ごちる。


別の世界に来たことはわかっている。しかしそれが分かったところでなんの解決にもならない。
身一つで海に沈んでいたので、お金も持っていなければ身分証明書もないのだ。


「こんなにびしょびしょだと目立つよね…」


島にたどり着いたものの途方に暮れる。もしかしたら海の中にいたほうがいいんじゃないだろうか。
かなりの長距離を泳いだにもかかわらず疲労感もなければ空腹感もない。
何より海の中にいると安心感がある。
海の中に居れば元の世界に戻れるかもしれない。
うーんとうなりながらくるりと島に背をむけて再び海につかる姿勢をとった。

「おい!おい君!そんなとこでなにしてるんだ!」
「えっ」

突然の大声に振り向けば一人の中年男性がこちらに必死の形相で向かってきていた。

「君!何考えてるんだ!」
「えっ!」

がっと腕をつかまれそのまま浜辺に連れていかれる。
海に浸かることはそんなに罪なことだっただろうか。プライベートビーチなのかもしれない。

「すいません!あのっ…わたしっ」

海に浸かってはいけないなんて知らなかったんです。
そんなことを言おうとしたが、先に男性が言葉をかぶせてきた。

「君ね!何があったか知らないけど…命を粗末にしちゃいけないよ!」
「えっ!」

命を粗末にしてはいけない。その通りだ。
しかし私は命を粗末にするどころか、別世界にきてしまって、これからどうやって生きていくか考えていたのだ。
海に入ろうとしていたのだって海の中でなら私は生きられると思ったからで。

「あっ」

わかった。男性には私が入水自殺を図ったように見えたのだ。

「いえっわたしはっ!大丈夫です!大丈夫です!ちょっとこれからどうやって生きてこうか考えようとしてたんです!海の中で!」

慌てて自殺するつもりなどないことを説明した。

「全然大丈夫じゃないじゃないか!君ねぇ!なんか悩みがあるなら聞いたげるから…もっと自分を大切にしなさい…」

逆効果だった。男性は本気で私を心配しているように見える。
さっきから私の腕をこれでもかと強くつかんでいる。後で痣になりそうだ。
勘違いをさせて大変申し訳なく思うと同時にラッキーだとも思った。
見た限りでは身なりもきちんとしているし、見知らぬ相手を本気で心配するような人格者でもある。
この人にこの世界について聞いてみればいいんじゃないか。

「私…」

なんて言おう。別世界から来たことは伏せておいたほうがいい。
男性からは自殺を図ったように見えているため、別世界からきたなどと言っては速攻病院に連れていかれて入院待ったなしだ。
ああ、中途半端に口を開いたから男性はこちらをじっと見つめている。

「私、困ってるんです…」


まるで小学生のような言葉しか出てこなかった。



***



男性はジョンと名乗った。このバーを一人で経営しているらしい。
ジョンさんはびしょ濡れの白いワンピースのみを身に着ける私に気を使い、着ていた上着を貸してくれた。
とりあえずウチにおいで、と誘われるがままについていくとこじゃれたバーについた。
入り口から見て右側にカウンターがあり、左側はテーブル席が並んでいる。
店の奥にはグランドピアノが設置されていた。
今は開店前ということもあって全体的に薄暗い。

「それで…何があったの?」
カウンター席を案内され、暖かいミルクを差し出されるとともに聞かれた。

「えっと…」
実際、自分の身には何が起きたのだろうか。

「私、海沿いを歩いていました」
海の中で目が覚める前、私は下校途中であった。

少し回り道をして、海を見ながら帰ろうと思っていた。
のんびりと港を歩いているとやたらとキラキラしている水面の反射が目に入った。
誘われるようにして海をのぞき込みー

「海に落ちた…」

あの時自分は海に落ち、制服やカバンが重しとなり水の中に沈んでいった。
ごぼごぼともがき、目の前は自分が作り出した泡でいっぱいになった。
息を吐くたびに水が体の中にはいってきた。
目の前がだんだん暗くなって、それで。

「それで気が付いたらあそこにいました」

ジョンさんが唖然とこちらを見ているのに気まずさを感じうつむく。
どうしよう。何を言えばいいんだろう。もっとほかのことを言えばよかっただろうか。
実は記憶喪失なんです、とか。

「大変な目にあったね…でも無事でよかった。生きてるからね。家の場所もわかるなら送っていこう」
さあ、あったかいミルクを飲んで。とジェスチャーですすめられる。
穏やかにそんな風に言われても。ここには帰る場所なんてないのに。

「あの…」
「なんだい?」

ジョンさんの目を見つめる。
大丈夫、この人は悪い人ではない。
これからいう私のお願いも聞いてくれるかもしれない。

「ここで働かせてください。できれば…住み込みで」



しぶるジョンさんにしつこく食い下がり、住み込みで働くことを許可してもらった。
これで当分の衣食住には困らない。

「私、頑張ります!これからよろしくお願いします!」
「見ての通り大きな店じゃないから給料はそんなに出せないけどね。これからよろしくね」

ちょっと困ったような顔をしているジョンさん。すいません、でもこっちも必死なんです。
頑張って働くので許していただきたい。そんな意味を込めてにっこりと笑う。

「じゃあ何から説明しようかな」
そういってジョンさんをテーブルにあった新聞をばさりと横に移動させた。
その際にひらりと一枚紙が落ちる。

「あ、チラシ落ちましたよ」
そういって私が拾った紙には、テンガロンハットを被ったそばかすの男の写真。
そしてデッドオアアライブの文字の下には



ポートガス・D・エース



新しい手配書だね。なんてジョンさんの言葉がすり抜けていく。
目は手配書にくぎ付けになりジョンさんの声も遠くに聞こえる。
一つ、頭の中でぐるぐると回っている。



ああ、私。
ワンピースの世界に来たんだ。