17

血液型がこの世界の人たちと微妙に異なるという衝撃の事実を知った。
目をつむりマルコさんへの回答を考える。
後々破綻するような嘘はつきたくない。
正直に、かつマルコさんを誤魔化せるような回答を。

「私の故郷では血液型はX…型ではなく、ABO型で分類されていました。それは私だけでなく、周りの人たち全員です。関係はありますか?」
「ああ…お前の所はABO型を使うのか。多くの地域ではXSF型を使うが、結局は呼び方の問題だな。AはX、BはF、OはSという様に言い換えられる」
「そうなんですか…」
「だがこれは言い方の違いであって、数値は一緒だ。だからお前の血液がどれにも当てはまらないのはABO型を使っていたのとは関係ないよい」
「…これは私に知識がないせいだと思いますが、種族が違っても血液型は同じですか?」

巨人族だ魚人だとか人間以外の種族が共存する世界だけど、はたしてその血液型は皆一緒なのか。
もし異なるようであれば私は自分が知らないだけで別の種族とのハーフです、とか言えそうだけど。

「…そうだねい」

マルコさんはかけていた眼鏡を外し目頭を指でもむ。

「あまり…話題になることはないが、人間、魚人、人魚、ミンク、動物と種族が違っても流れている血液は同じで輸血も可能だよい」
「そうなんですか…!」
「常識…というのは言い過ぎだが、科学的に判明している事実ではあるが、人間以外の血液を輸血したがらない奴も当然多くいるからねい…お前が知らなかったのは環境の事もあるだろうな」

おおよその常識は抑えていたつもりだったが、この事実を知らなかったのはまずかったな。
これ以上会話を続けると他の“ボロ”が出てきてしまいそうだ。

「そうですね、血液型なんてほとんど話題に上がる事はありませんでしたし、病院にかかった時じゃないと採血もしなかったので。…ちなみに小さいころから何度か採血されてますけど、血液が他の人と異なるなんて初めて言われましたよ」

しゃあしゃあと私は何も知らないです、といった顔で返事をする。
むしろそちらの検査結果の方が間違っているのでは?というくらいの勢いだ。

「そうか…なら検査結果に間違いがあるか、ナマエの場合は無人島にいたりして何か感染症の可能性も…いや、それは検査には関係ないはずだよい…」

私の返事を聞きマルコさんは血液検査の結果が書かれているだろう紙を見ながらぶつぶつと呟き始めた。

その姿をぼんやりと見つめ、何か声をかけるべきかと思うが言葉が見つからない。
これ以上この話を掘り下げたくはないし、できればこれ以降もこの話はしないで欲しい。

手持無沙汰に自分の手元を見つめていると突如鐘を連続して叩くような音が響いた。

「わっ!何の音!?」
「敵襲だよい。この鐘の音ならまだ警戒程度だ。緊急ならもっとけたたましい音を鳴らすからな」
「敵襲って…」

音を聞いてすぐに立ち上がったマルコさんの腕にすがるも、マルコさんは何でもないような事のように敵襲だと告げる。
ここは海賊船なのだし敵襲だって日常なのかもしれないが、私にとっては非日常だ。

『3時の方向に敵船。船員は持ち場に着き警戒態勢を取れ。繰り返す、3時の方向に…』

放送が流れにわかに船内がざわつき始める。

「ほらねい。俺もちょっと様子を見てくるからナマエはここでナースたちと居ろよい」
「あ…わかっ、た」
「良い子だ。ここに居れば何も危ないことはないよい」

私の頭を優しくひと撫でして医務室から出ていくマルコさんを見送ると、背後からオリビアさんが声をかけてきた。

「ナマエ、大丈夫よ。私たちはここでお茶でも飲みながら待っていればいいんだから」
「オリビアさん…」
「戦闘が始まる前にやることがあるの、手伝ってくれる?」
「…はい!」

敵襲があるとナースさんたちは基本的に医務室に集まってくるようだ。
白ひげ海賊団では女性は戦闘に参加しないという方針らしく、この時ばかりは白ひげのおじ様付きの人も医務室に戻ってくる。
医務室に戻って来ると戦闘に備えて必要な備品だけをワゴンに残し、それ以外のものは薬品棚に仕舞込んで船の揺れで倒れたりしないよう扉の固定などを速やかに行う。

「戦闘中は船が大きく揺れることがあるから、最低限の治療道具以外は棚にしまって、倒れて割れたりしないように固定するの」
「確かに…薬瓶とか割れると困るものばかりですもんね」
「そうね、その他にも…」

オリビアさんとの会話の最中に再度鐘がけたたましく船内に響き渡る。
今度は先ほどよりもずっと1つ1つの音の間隔が短く、緊急性が高いと分かる。

「いよいよ戦闘が始まるわね、今の鐘が非常時の鐘よ。今回は警戒レベルから始まったけど、たまにいきなり非常ベルが鳴ることもあるの。」
「いきなり敵が現れるんですか?」
「そういうこともあるけど、ほとんどは海王類とか、急な天候悪化の時に使われるわね」
「なるほど…」

部屋の外からは砲撃の音や叫び声が聞こえてきている。
私は1人砲撃の音に一々反応したり、叫び声の中に誰かが傷ついているのではないかという想像をして怯えているのに、みんなはそうは思わないのだろうか。

「オリビアさん…」
「なあに?」

先ほどのお茶でも飲んで待ってればいいのよ、という発言の通り紅茶の準備を進めているオリビアさんに話しかける。
他のナースたちも医務室に集まってはいるが、誰一人として怯えている様子はなくおしゃべりをして普通に過ごしている。

「オリビアさんとか…他の方もですけど、怖くないんですか?」
「…最初はね、怖かったけど。でも大丈夫よ」
「…」
「戦闘のたびに誰か怪我するんじゃないか、死んじゃうんじゃないか。もしかしたら私自身が怪我したり死んでしまうかもって思ってたこともあったけど、この船に乗っている皆怪我とか死んじゃう事を全然怖がってないし、何よりまず負けたりしないの」

落としても割れないタイプのカップに注がれた紅茶を受け取り、オリビアさんを見つめる。
砲撃音が鳴りやまない中、話し続けるオリビアさんは穏やかに手元の紅茶に視線を落としている。
伏せられたまつ毛の影がきれいだ。

「怪我して医務室に来てもね、やあ、ヘマしちまったぜ!とか、今度は怪我しねぇようにもっと鍛える必要があるな!とか…こっちが心配してたのが馬鹿らしくなるくらい皆前向きだし、強いから」
「……」
「だから私たちも過剰に心配するんじゃなくて、何やられてんのよー!って笑いながら治療してあげるくらいが丁度いいのよ」
「な、なるほど…」
「…それに男なんて女の前では恰好つけたいものなの。私たちが一々涙目で治療してたら彼らが恰好つけるタイミングがなくなっちゃうじゃない?」

そう言ってにっこり紅茶のカップを片手に悪戯っぽく笑うオリビアさんは。

「かっこいい…」

美しいのにかっこいいよ。
白ひげの皆が負けるわけないって信じてるところとか、怪我した男の人が一番悔しいんだから、それを隠せるように雰囲気を整えてあげるんだ。それも本人にはバレないように。

「かっこいいよぉ〜…!!」
「え、どうしたのナマエ?」

こみ上げる気持ちを紅茶で流し込もうと一気に飲み干す。
オリビアさんに渡された紅茶は揺れる船内で火傷しないように低い温度に冷まされていた。
カップを戻そうと踏み出した所で船が大きく揺れた。

「う、わ…!」

転ばないように踏ん張ったが、さらに大きな揺れが船を襲う。
すでに後ろにバランスを崩していた身体は体勢を整えることが出来ず、たたらを踏みながら後ろに下がっていく。
床に倒れる瞬間、無意識に掴まる場所を探して振り回した手が治療道具を乗せたワゴンに当たる。

降り注ぐ治療道具が嫌にはっきりと遅く見えた。


***


「で?なんで戦闘員すら無傷なのに医務室にいたお前が怪我してるんだよい?」

ゴゴゴゴ…と音が聞こえてきそうな雰囲気のマルコさんの前で正座をする。
私の頬と左前腕にはガーゼが貼られているのだが、それが原因である。
今朝ほども怒られたばかりだというのに、また正座で怒られるハメになるなんて。

戦闘が終わった後にマルコさん、エースくん、サッチさんは3人一緒に医務室に来てくれたのだが、安全な医務室にいたはずの私が顔と腕にガーゼを貼っており酷く驚いていた。
エースくんとサッチさんは心配してくれたが、マルコさんは私に正座をさせ、先ほどのセリフを放ったわけだ。

「船の揺れで立っていられなくて…」
「は?」
「倒れるときにワゴンに手が当たって…」
「……」
「落ちてきたメスとかハサミが顔と腕に当たって怪我しました…」
「………」

医務室に流れる沈黙。

「今日の戦闘はそんなに激しくなかったから船もそんな立ってられないほど揺れてないはずだよい…」

呆然としたままマルコさんが告げる。
マルコさんたちは動き回ってたからあの揺れを感じなかったのでは?と思いつつオリビアさんに助けを求めるように視線を向けたが、なんだか困った顔をしている。

「まあ…ナマエは船に慣れてないのかもしれないわね」

オリビアさんがぽつりと呟く。
確かに私以外のナースさんたちはあの揺れの中でもビクともしていなかったような気がする。
というかマルコさんだけでなく、エースくんやサッチさんも微妙に驚いたような顔をしているのが気になる。

「ナマエ、ちょっと立ってみろよい」
「はい…」

正座から立ち上がりマルコさんを見上げると、おもむろにマルコさんが私の身体に手を伸ばし、腕、腰、太ももをガッと触って来た。

「え!?何!?」
「マルコ!?」

エースくんとサッチさんの驚いた声を尻目にマルコさんは私の両ももを握ったまま足元に跪いている。
むにむにと揉まれる感触がくすぐったいので早く手を放してほしいのだが、一体なんなんだろうか。

「お前…筋肉がまったくねえよい。脂肪しかついてな…」

ガッ!と鈍い音がしたと思ったらマルコさんが床に吹っ飛んでいた。
横を見れば握りこぶしを作ったオリビアさんが。

「マルコ隊長?女の子の体に許可なく触るなんてどういうつもりですか?しかも酷いセクハラ発言まで」
「オリビアさん…」

マルコさんを見つめるオリビアさんの目は冷え切っている。
美人の怒った顔は迫力がある。

「オリビア…お前、力強すぎだよい…」
「セクハラ野郎に手加減なんてしませんよ」
「ったく…ナマエが今日の揺れ程度で立ってられなかったのは筋力不足によるものだ。今までどうやって生きてきたのか不思議なくらい筋力がねえ」
「それはわかりますが、無断で触っていい理由にはなりませんよ?」
「あー…悪かったな、いきなり触って」

そう言ってバツが悪そうに謝るマルコさんに「いいえ、」と一言だけ返す。
いきなり触られたのはびっくりしたけど、特に不快に思ったわけではなかったので私からは特に言うことはない。
それよりもそんなに言われるほど筋力がなかったのか私は。

「とにかく、ナマエはこれから体を鍛えた方がいい」
「えっ」
「えっ、てなんだよい。ちょっとした揺れで転んでたらこれからいくつ命があっても足りねぇだろうよい」
「ええ〜…」

確かにもっと筋力があったらしっかり踏ん張っていられたのかもしれないが、体を鍛えるのは面倒くさいな。
今まで体育の授業でしか運動なんてしたことないのに。

「まあ、確かにナマエは体力ないかもな〜」
「エースくんまで…」
「この船移動しただけで息切れしてただろ?」
「だってこの船広いんだもん。しょうがないよ」

この船一回りするだけでどれだけかかると思ってるんだ。
息切れだってするよ。

「それは流石に体鍛えた方がいいわ」
「この船内移動しただけで息切れはまずいよナマエちゃん」
「よし、まずは走り込みと筋トレからだよい」

エースくんの発言により三人から一斉に体を鍛えろと言われてしまった。
そこまで言われたら鍛えるしかないじゃないか、嫌だなあ。

「今の体も柔らかくって気持ちいけどな、怪我するのはまずいからなぁ〜」

のんびりとしたエースくんの発言によって空気が一変した。
部屋に流れる沈黙。

「え、エース?何今の?なんでナマエちゃんの体が柔らかいって知って…あ、あ〜もしかして今日の…」
「今日一緒に寝てた時に柔らかくってひんやりしたのがあるなーって触ってた。そん時は眠かったし何かわかってなかったけど、今思うとナマエだったんだな!」

ニカッと太陽のような笑みで何を言っているのか。
私エースくんに体触られてたの?どこを触られたのか全く記憶にないよ?むしろ記憶にない方が良いのか?
リアクションが取れないまま頭の中でぐるぐると考えるが、何よりエースくんも自分が何を言ったのかわかってないのではなかろうか。
マルコさんは青筋浮かべてるし、オリビアさんは表情が抜け落ちて「無」の顔でエースくんを見ている。
その二人を見たサッチさんは、可愛そうに自分は悪くないのに青ざめてしまっている。


「マルコ隊長とエース隊長は一度女性に対する接し方について教育を受けた方が良いようですね」


オリビアさんの低い声が医務室に響いた。