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マルコさん曰く、筋肉が全くなく、脂肪しかついてない身体を鍛えることになってはや数日。
腹筋5回、スクワット10回でへばってた体はそれぞれ50回ずつできるようになりました。

「ああ〜嫌だぁ〜…」
「そんな事言ったってナマエは筋肉と体力つけなきゃ不味いぜ」
「エースくん達の言うことはわかるよ?わかるけど嫌なの」
「何が嫌なんだよ?身体鍛えるの楽しいぜ?」

横を歩くエースくんを見れば、まあ素晴らしい逆三角形の身体を惜しげもなく晒しているいるわけで。

「う〜ん…」
「なんだかんだ毎日ちょっとずつ腹筋の回数増やせてるじゃねえか、その調子で頑張ればいいんだよ」
「やさしいなー、エースくんはやさしいなぁ〜」
「なんだよ、褒めたって何もでねぇぜ?」
「いやいや〜ちょっと私の腕を引っ張ってる手を離してくれればいいんだよ〜」
「いやだ。俺はお前を離さねえぞ」
「あー、筋トレを嫌がる私を引っ張るエースくんていうシチュエーションじゃなければときめくのになぁ〜!」

毎日筋トレを渋る私を飽きもせず甲板に引っ張っていくエースくんは私の飼い主か何かか。
散歩を嫌がる犬と散歩に連れて行こうとする飼い主の図である。

「お!今日もトレーニングに来てえらいなあ!」
「今日は目標60回か?頑張れよ!」

甲板に着けば船員のみんなから暖かい声援が飛んでくる。
皆が武器をつかった本気の戦闘訓練をしている横で「腹筋何回できました、スクワット何回できるようになりました。」ってレベルが違いすぎて一緒にトレーニングするのが嫌なんだけど、これで本当に甲板でのトレーニングを止めたらさらに気を使わせてしまうんだろうな、というイメージから止めることが出来ないでいる。

「はぁ〜…」

誰にも聞こえないようにため息をついて柔軟を始める。
エースくんは甲板に着いた途端他の人に引っ張られて戦闘訓練に混じってしまった。

じっくりゆっくり体中の筋肉をほぐしていく。
これは初日にマルコさんから柔軟だけはきっちりやっておけと言われたので、律儀に守っている。
体が固いとそれだけで怪我に繋がるからって。
筋トレよりも柔軟の方が楽しいのでお風呂上りにも続けていたらだいぶ開脚ができるようになってきていて、毎日どれだけ体が柔らかくなっているか調べるのが密かな楽しみになっている。

しっかり柔軟をした後はやっつけ仕事のように腹筋、背筋、スクワット、腕立て各種数回やって終わりだ。
それだけでも時間をかけて、自分が「もうこれ以上できない」と思う程度にはやるのでかなり疲れる。

「あ“〜…」

高校生の時はもっと体力があったように思うけど、ここ最近著しく体力が落ちたのは確かだ。
無人島生活をしていたせいだろうか。

ぼんやりと戦闘訓練を眺めていると、体にまとわりつく空気が変わった。
湿り気を帯びてきているし、においもどんどん変わってきている。

「ナマエ!今日はもう終わりか?」
「エースくん…」

激しく動き回ったせいで噴き出る汗をそのままにエースくんが近寄ってきた。
汗だくだというのに臭くもなく、むしろ爽やかさしか感じない。
そのままスポーツドリンクのCMに出れそうな爽やかさだ。

「もうすぐ雨が降るよ」
「雨?雲一つないのにか?」

エースくんの言う様に空には雲一つなく、どこまでも青空が広がっている。
波も穏やかで、一見雨など降りそうにない天気だ。

「うーん…でも空気もにおいも変わったし、海の色も違うよ」
「海の色?」

欄干越しに見える海は微妙にだが天気のいい日とは違う。
これからもっともっと濁ってくるだろう。
私の横で海を見つめるエースくんは不思議そうに首をかしげている。

「エース!次相手変えてやるぞ!」
「っおー!今行く!…じゃあ、俺はまた訓練に戻るな。雨が降るなら船内に入ってろよ」

そう言って走って訓練にもどるエースくんを見送り、私は船内に入ろうと踵を返す。

「あ…」

白ひげのおじ様はなんだか移動に時間がかかりそうだし、伝えてあげた方がいいだろうか。
足を止めてしばし考えた後、白ひげのおじ様に会うべく方向転換をした。


***


「グラララ!珍しいな!お前から来るなんてなァ、ナマエ。筋トレは順調か?」
「えっと…はい、一応毎日続けてます」
「グラララ…毎日続けることが大事だ。それで?何か用があるんだろう?」
「はい、もうすぐ雨が降るので濡れるまに船内に入った方がいいと思うので伝えにきました。もしかしたらもう分かってるかもしれませんが」
「…こんなに晴れてるってのに雨が降るっていうのか、おめぇは」

白ひげのおじ様は私にも優しくしてくれるけれど、まだ話す時は緊張してしまう。
筋トレの事もエースくんやマルコさんから聞いているようで、初日から声をかけてもらった。
いつも白ひげのおじ様と話す時は誰かが一緒にいたけど、今回は私一人だから余計に緊張する。

「えっと…空気がさっきより湿って来てますし、においも変わりました。…あと海の色も」

私の発言の真偽を確かめるようにしばらく見つめた後、おじ様は近くの男の人に声をかけた。
確かあの人はこの船の航海士のはずだ。

「おい…もうすぐ雨が降るらしいが、お前はどう思う?」
「雨ですか…?うーん、この天気なら降らないと思いますが、グランドラインですからね」

そう言って航海士さんが懐から何やら懐中時計のようなものを取り出して中を確認する。

「……!確かに気圧が一気に下がってきてます…!」
「なるほどな…おいナマエ、なんで雨が降るってわかった?」

バタバタと走りさる航海士さんをよそに私に話しかけてくるおじ様の眉間にはしわが寄っている。
雨が降ると聞いてからおじ様付きのナースさんたちもいそいそと点滴を移動させる準備を始めている。

「なんでって…空気も、においも変わったので。ほら、雨が降る前ってなんとなく土のにおいがしたりしませんか?あれと同じです」
「…ここは海の上だ。それも気候を読むのが最も難しいグランドラインのな。今俺の横に居た航海士だって腕は一流だが、常に気圧計は身に着けてる。いつでも確認できるようにだ。それは匂いだとか、空気なんぞで天気の変化が察知するのが難しいからさ」
「…じゃあ、私鼻が良いんですね!」

皆当たり前に空気の濡れた匂いとかわかると思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。
単なる特技として流したけれど、海と仲が良い事が関係しているならあまり話題に上げない方が良さそうだ。
こっちの世界に来てからなんとなく天気の変化には敏感になっているけれど、これからは人より少し敏感、ということにして自分からはあまり言わない方が良いな。

「……!グララララ!面白い!良い特技だなァ、また天気が変わりそうな時は伝えに来い、ナマエ。濡れないうちにお前も中に入れよ」
「はい、ではお先に失礼します」

ペコリとお辞儀をして今度こそ船内に向かう。
この後はしばらく雨が降るから音楽室に籠もろうかな。


***


「こんにちは!誰かいますか!」
「おお〜ナマエちゃんいらっしゃい!」

音楽室に行けばアダムさんが出迎えてくれた。部屋の奥にはルイさんもいて、こっちにゆるく手を振ってくれている。

「今日の筋トレ終わったんできましたー」
「いいねぇ!毎日続けててえらい!」
「えへへ、もう毎日お腹筋肉痛ですよー」
「まあ歌うなら腹筋あるに越したことはないからね。むしろ六つに割っちゃえば?」
「確かに歌には腹筋必要ですよね。よし、頑張ろ」

嫌な筋トレも歌のためだと思えば頑張れる気がする。
いつも使っているいるギターを手に持ちぶらぶら部屋の中を歩く。
何を歌うか決まらずに意味もなく音を出しながら歩き回る。

この船に乗ってから海に触ることが出来ず、眺めるだけ。
毎日サッチさんの美味しいご飯を食べて、日中はエースくんとマルコさんに構ってもらって、夜はナースさん達と楽しく話す。
音楽だって好き放題、一流のバンドマンが私の好きな曲を弾いてくれる。
こんな贅沢な生活をしながらも、海に触れないストレスがじわじわと私を苦しめる。

「そういえばさ、もう少ししたら次の島に着くらしいね」

無暗に動かしていた手足を止めてアダムさんの方を向く。
アダムさんも楽器を磨いていた手を止めてこちらを見ている。

「次の島…着くんですか?」
「同じ部屋の奴が話してたんだ、航海士から聞いたみたい」

ポロン、ポロンと弦をはじきながらまたゆっくり歩き始める。
次の島についたら私はこの船から降りるんだ。
ここでの生活に慣れてきた所だったから、また環境が変わると思うと不安が心の中に広がっていく。

「船にこのまま残ったらどうだ」

いつも寡黙なルイさんが珍しく口を開く。
甘い誘惑を孕んだその言葉に心臓が音を立てる。

「この船に…残る?私が?」
「そうだ。皆お前の事を気に入っている。」
「私戦えませんよ?」
「ナースたちだって戦わない」
「…ナースさんたちは皆の治療ができます」
「お前は歌が歌えるだろう」

本当に私がこの船に残るという選択肢はあるのだろうか。


***


ルイさんから船に残らないか、という提案を受けてから3日。
あれから特にその話題が上がることはなかった。

不思議な事にマルコさんやエースくん、サッチさんから船がもうすぐ島に着くことについて話されることもなかった。
彼らだけでなく、ナースさんたちからもその話題について触れられる事もないため、逆に私から次の島について聞くことも躊躇してしまっている。

モヤモヤした気持ちを抱えながら、日課になっているストレッチをしていると鐘の音が船に響き渡った。

「12時の方向に島を発見。各自上陸の準備をすすめてください。繰り返します、12時の横行に〜…」


島の発見を告げる放送を聞きながら仰向けの状態で片膝を胸に引き寄せ、太もも裏の筋肉を伸ばすポーズをとる。

船に乗せてもらった時からいつかこの時が来ると分かっていたはずなのに、いざ島に着くとなると寂しい気持ちが胸に広がっていく。


私がこの船に乗り続ける理由は何度考えても見つからなかった。