19
島が見えたという放送を聞き、医務室に向かう。
すれ違う他のクルーたちは楽しそうに次の島での過ごし方や買い出しについての話に花を咲かしている。
「お嬢」
喧騒の中何も考えずに歩いていると後ろからイゾウさんの声が聞こえた。
名前を呼ばれたわけではないけれど、絶対に自分の事を呼んだという確信と共に振り返る。
イゾウさんに「お嬢」と呼ばれているのは私しかいないからだ。
「イゾウさん…」
「島についたな」
「ええ…無事についてよかったです」
「………」
静かに私を見つめるイゾウさんは何を考えているのだろうか。
別れを惜しみに来たわけでもないだろうに。
「お前さんは何か隠してる。…それがなんだか分からなかったから俺も警戒してたワケだが…」
「……」
「本当にウチに何もする気はなかったんだなァ、お嬢?」
「理解していいただけたようで何よりです」
「お前さんが何か怪しい動きをしたら海に放り込む気マンマンだったんだがなァ」
「そんな事言う人の前で何かする訳ないじゃないですか」
「じゃあ俺が居なかったら何かしてたわけだな?」
「…意地悪ですね、イゾウさん」
楽しそうに意地の悪い笑みを浮かべるイゾウさんにこっちも含みのある笑みを返す。
きっとイゾウさんとは時間があればもっと仲良くなれたんだろうな。
まあ、もうそんな機会はないだろうけど。
「では、私はマルコさんたちを探しているので失礼します」
「ああ、船に乗ってる内にお前さんが何者か知りたかったよ」
「それについては私も知りたいのでお答えできませんね」
私の返答に虚を突かれたような顔をするイゾウさんを見てニタリと笑い、一礼をしてその場を離れる。
なかなかどうして一番私の事を理解していそうなのは意外にもイゾウさんなのかもしれない。
***
「マルコさーん、いますかー?」
ノックして返事を待たずに医務室に入る。
そこには想像通りナースさんたち数名とマルコさんが居た。
「おお、丁度呼びに行こうとしてたところだよい」
「ではタイミングよかったですね。二人で探しまわると会えなくなっちゃいます」
「もうすぐ島に着くから今その話をしてたんだけどよい。俺とオリビア、どっちと島に降りたいよい?」
「どっちと…?」
なんで二択なんだ。
というかそもそも私はこの島で船を降りるから誰と一緒に降りるとかはないのではなかろうか。
「ええと…私、1人で船を降りようかと思ってたんですけど…」
「何言ってるのナマエ!迷子になったらどうするの?」
「そうだよい、それに治安が良いかも分からないのに一人で降りるなんて危ないだろうよい」
「ええ…?」
2人は私の事を子供か何かだと思っているのだろうか。
これでも2年くらいはグランドラインで暮らしていたのに。
「というかなんでマルコさんとオリビアさんの2択なんですか?いや、不満とかじゃないんですけど!ただ気になったというか…」
それこそエースくんとかサッチさんが行きたがりそうだし、買い物だけなら他のナースさんでも良いのに。
何故マルコさんとオリビアさんの二択なんだろうか。
「それはだなァ、今日一緒に行動できるのがマルコとオリビアだけなんだよ」
「エースくん!」
ひょっこりとマルコさんの後ろから顔を出したのはエースくんだ。
扉の前に立つ私ではなく、マルコさんの後ろから出てきたということは、最初からこの部屋に居たということになる。
「よ!」と軽く手を上げたエースくんにこちらも手を上げて挨拶を返す。
「本当は俺が一緒に降りたかったんだが、今回は2番隊が買い出し担当なんだ」
「買い出し担当…?」
「毎回持ち回りで隊に役割が与えられるんだ。偵察、買い出し、船番とかな。島が近くなるとスピードの出る小型船で偵察隊が先に島に上陸する。それで島に上陸しても問題がないか、どこに船をつけるかの情報をモビーに連絡するんだ。買い出し班は日用品とかの買い足しだな。量も多ければ種類も多いから数日かかる場合もある」
「なるほど、それで今回エースくんは買い出し担当なんだね」
「そういうことだ。だから今回はそっちの役割があるからナマエについて行けねぇんだ」
つまらなそうに告げるエースくんに納得する。
私の下船について島の探索を一番にしたかったのだろうが、隊での役割があるならそっちを優先すべきだ。
「今回俺たち1番隊がフリーなんだよい。医療道具は俺かオリビアのどちらかが居れば足りるから、どっちかがナマエについて行くことになったんだよい」
「そういう事だったんですね…ではマルコさん一緒に降りてもらってもいいですか?」
そう言ってマルコさんを一緒に降りるペアに指名すれば「やっぱりパパにはかなわないかぁ〜」との声が聞こえた。
ナースさんたちの中ではマルコさんは私のパパという認識になっているのか。
***
「じゃあ、子電電虫は持っていくから、もし何かあったら連絡しろよい」
そういってナースさんたちに声をかけるマルコさんについて船を降りる。
港から少しあるけば、露店が並ぶ活気の溢れた港町がすぐに現れた。
新鮮な海産物が並んでいるのを眺めながらマルコさんとはぐれないように早足で歩く。
「マルコさん…」
「どうしたよい?」
「私…この島で降りるんですよね?マルコさんに買い物に付き合ってもらう必要あるんでしょうか」
ずっと気になっていた事を口にする。
露店の呼び込みや観光客の声で自分の声がかき消されそうだ。
マルコさんは最初の私の声掛けにはすぐに反応してくれたのに、この質問にはなかなか応えてくれない。
遠くを見つめるマルコさんの横顔を見上げながら、マルコさんの手を握る。
ハッとしたように私を見るマルコさんに視線だけで何か応えて、と訴える。
そうするとマルコさんは困ったような顔をして空いているもう片方の手で私の頭を撫でてきた。
「ナマエはそんなに船から降りたいのか?船での生活は嫌だったかよい?」
「そんなわけない!…すごく楽しかったです。でもいつまでもお世話になるわけにいかないでしょう」
「じゃあいいじゃねぇかよい。親父だって、治安の良い島まで送っていくって言ってただろい?この島がお前にとって降りるのに都合の良い島なのかまだ分からないんだから、急いで降りる必要はないよい」
「そういうものですかね…」
「そういうもんだよい」
なんだかはぐらかされたような気がするけれど、要はこの島が治安の良い島なら降りればいいし、そうでなければ次の島で降りればいいということだ。
今まで話題に出されなかったのはすぐに結論を出す必要がないって事だからだろうか。
見る限りでは治安も良さそうなんだけどなぁ。
「そういえば、私お金持ってないんですけど…」
「親父からもらってきてるから心配しなくていいよい」
「…!何からなにまですいません」
「親父がくれるって言ってるんだから貰っとけばいいんだよい。まず最初に何が欲しい?」
「…じゃあ、ギター」
「そこは服とかだろうよい…」
***
服や日用品の買い物はあっという間に終わった。
服の好みをマルコさんに伝えるとそれに近いものでいくつか持ってきてくれ、迷えばその理由を聞いて理論的にどちらにするか決めてくれた。
女の人の買い物は長いって言うけど、マルコさんと買い物をすれば皆一瞬で終わるんじゃないかな。
「意外とすぐに買い物終わっちゃいましたね」
「そうだねい、女の買い物は長いっていうから覚悟してたんだが、良い誤算だったよい」
露店で買ったクレープを食べながら町をふらふらと歩く。
私はチョコチップスプレーでマルコさんはポテトサラダ。
ピンク色の包み紙のクレープをマルコさんが持ってるのはなんだかおもしろい。
歩いているうちに噴水のある広場に出た。
見渡せばストリートミュージシャンや似顔絵商が自分のスペースを設けている。
ここでも露店が並び、全体的に活気のある島だという印象を受ける。
「あ、楽器屋見たい」
「あー…まあ、買い物も終わったし寄るか」
広場を通り抜け見つけた楽器屋を指さし、まっすぐに向かう。
楽器屋を見つけたからには寄らねばなるまい。と謎の義務感に駆られながら店内に入る。
もちろんクレープは食べきってからだ。
「こんにちはー」
ドアを開ければカランカランとベルが鳴り、奥から店主と思われるおじいさんが出てきた。
「いらっしゃい、何かお探しですかい?」
「ギターを見せてください」
「こちらにありますよ」
おじいさんの後についてギターが並べられているコーナーに向かう。
新品、中古、数万円程度の物から何十万のものまで品ぞろえが充実している。
「試し弾きもできますンで、気になったギターがあったらお声がけくださいね」
そう言っておじいさんはまた店奥に戻っていった。
「こりゃまた凄い量のギターがあるねい…」
「どれにするか迷っちゃいますね」
「船にあるやつじゃダメなのかよい?」
「あれは他の人のギターなので、やっぱ自分のが欲しいんですよ」
マルコさんと会話しながらも次々とギターを物色していく。
高ければよいというものでもないし、それなりの音がすれば私としては十分だ。
ふいにプルルルルという音が響く。
マルコさんの持つ子電電虫だ。
「チッ…!ナマエ、ちょっと話してくるが、勝手にどこか行くんじゃないよい。お金渡すから気に入ったギターあれば買っといていいよい」
「はーい」
財布を預かり、すぐさまギター選別作業を再開する。
楽器屋は何時間でもいられるよねー、と奥に進めば特集を組まれているコーナーがあった。
『海の歌姫<ナマエ>追悼記念 公式コラボギター』
「なんだコレ…」
でかでかと人の写真を使い、売り出しているギターがあった。
追悼記念て、言葉の使い方はこれで合っているのか。公式コラボなのか。
すごいポップがべたべた貼られてるけど、ほんとにあのおじいちゃんがこのコーナー作ったのか。
次々と沸いて出る疑問を胸にそのギターコーナーを凝視する。
もう色んな衝撃で言葉が出てこない。
「(生前、歌姫自らプロデュースしていたアコースティックギターがあった。発売直前にあの悲劇が起きたため販売が延期されていたが、本人の意思を組むためにも事務所が発売を決定。数量限定。)」
つらつらと続く商品紹介の記事に所属していた事務所のチラシが並んでいる。
自分で言うのもなんだが、死んだ人(実際には生きているが)をこうした商売に使うって不謹慎なんじゃないか?
「自らプロデュース?そんなのしてたかな…」
並べられているギターの実物を見れば、ピックガードの部分がミントグリーンをベースに螺鈿をあしらったデザインにされており、どんぴしゃりで自分好みだ。
手に取って音をだせばこれまたまぁまぁいい音を出してくれる。
そういえばどんなギターがあったら嬉しいか聞かれた覚えがあるけど、それか。
適当に質問に答えただけでもプロデュース商品になるのか…業界の裏側って感じ。
「しかしこれいいな…」
「お客さん、それにするんですかい?」
「あ!すいません、勝手に音を出してしまって…」
「いいんですよ。そのギターウチでは1台しか入荷してないんです。買うなら早いもん勝ちですよ」
「あ、そうですか…」
財布の中身と相談しても買える値段だ。
ええい、私が考えたギターだ、これ以上私好みのギターはないはず!
「これください!」
即決で買ったギターの支払いをしながらおじいさんと談笑する。
このお店はおじいさんが1人で切り盛りしていて、最近店番がしんどくなってきているとのこと。
これだけの品揃えにするまでだいぶ苦労したはずだからお店をたたんでしまうのはもったいないなあ。
マルコさんもなかなか戻って来ないので、思いついた事をやってしまおう。
「おじいさん電電虫貸してもらえますか?」
***
「悪いナマエ、ずいぶん待たせちまったよい」
「おかえりなさい、マルコさん」
ようやくマルコさんが戻ってきた頃には私とおじいさんはだいぶ仲良くなっていた。
「紹介するね、おじいちゃん。私がお世話なった船のマルコさん。マルコさん、こっちは楽器屋さんを1人で切り盛りしてるおじいちゃん、ギブソンさん」
「あ?ああ…よろしく」
とまどいながらもおじいさんと握手するマルコさんに笑いがこみ上げる。
あの白ひげ海賊団のマルコさんが、一般のおじいちゃんと握手してるよ。
「あのね、マルコさん。ギブソンさんが住み込みで私の事雇っても良いって言ってくれたんです」
「は?」
「治安の良い島まで乗せてってくれるって言ったけど、この島も治安的に問題はなさそうだし、仕事も見つけられたから問題ないですよね?」
「…はあ?!」