20
船を降りた後どうしようかなって思ったけど、住むところと仕事が同時に見つかるなんてラッキーだ。
まさか自分が電話している間にこんなに話が進んでいるなんて思ってなかっただろうマルコさんは酷く驚いた様子だった。
「お前、そんな簡単に決めてんじゃねぇよい」
「簡単でもなんでもチャンスがあったらそれを有効活用すべきです」
「まだこの島がどんなところかわかんねぇだろうよい」
「今日一日マルコさんと歩いてた感じでは素敵なところだと思いますよ?」
せっかく仕事も住むところも見つかったのにマルコさんは喜んでくれないのかな。
しゅんとして下を向くとマルコさんがため息をついたのが聞こえた。
「とりあえず今日は船に戻るぞ。いくらなんでも今日から急にここに住むわけにいかねえだろうよい」
「あっ、うん。今日は船に帰るよ。ギブソンさん、今日はありがとうございました。また明日来ますね!」
ギブソンさんに挨拶をし、お店から出る。
船まで戻る道中マルコさんはしきりに考え直さないかと聞いてきたが、これでも私はもうすぐ20歳になる大人だ。
グランドラインでの暮らしだって全くしたことがない訳でもないのに、心配しすぎだと思う。
***
「え!!ナマエちゃんもう働く場所決めてきたの!?」
「はい、ラッキーなことに楽器屋さんで人手が足りないようだったので、そのまま働いてもいいことになったんです」
「ええ〜…?大丈夫なの…?」
船に戻り皆と夕飯を食べているときに今日の出来事を離したらサッチさんに驚かれた。
大丈夫なの〜?と言いながらなんでマルコさんを見るんだ。
エースくんに至っては驚きすぎて声も出ません、と言った様子だし、皆私の事を何だと思っているんだろうか。
「ナマエちゃん、そのお店ってちゃんとした所なの?そんなすぐに決めてこなくても良かったんじゃないかな?」
「皆さん心配しすぎですよ。私だってもう19歳なんだから1人で働けます。そして楽器屋さんなんだから怪しい所なんてありませんよ」
メインのお肉料理を頬張りながらサッチさんに答える。
このご飯が食べられなくなるのは悲しいが、船を降りる以上仕方がない。
まだ驚きで固まっているエースくんの肉を切り分け、口まで運んでいけば反射の様に食べた。
目線だけはどこか宙を見ているのに、お肉を口元に持っていけば食べるのだから面白い。
何回か繰り返したところで明日の動きを伝えておこうと思いたった。
「そういえば今日ストリートライブできるところ見つけたので明日はそこに行こうと思います」
「明日は誰と一緒に船を降りるの?」
「え…いや、1人で大丈夫だと思いますけど」
今日島を歩き回った感じでは治安も良さそうだし、何よりこれから暮らす島で1人行動が出来ないってどうなんだろうか。
「…一人はだめだ!!」
「おお!おかえり、エースくん」
「ん?どこも行ってねえぞ俺?」
「意識がどっか行ってたよ」
「そうか…ってそうじゃねェ、ナマエの1人行動は駄目だ!」
かたくなに私の1人行動に反対するエースくんは過保護か。
どうしたんだ急に。
「大丈夫だよ、噴水のある大きな広場で人通りも多いし」
「いや、なんかあったらどうするんだ!」
「これから島で暮らすのに1人行動できない方が問題でしょー?」
「…俺は船を降りるのを認めたわけじゃねェ」
え、そうなの?と思わずマルコさんとサッチさんを見ればあからさまに顔を逸らされた。
エースくんはツンと唇を尖らせて不機嫌そうにそっぽを向いている。
「え…だって、私はエースくんを助けた流れでこの船に乗ってるだけなんだから、治安の良い島についたら降りるのは当然でしょ?」
「……」
「私この船で出来ることなんてほとんどないし。ずっと乗ってるわけにはいかないよ」
「そんなことねぇ!ナマエが乗ってることで助かってることだってある!」
「例えば?」
「えーっと…」
もごもごと口元を動かしたまま言葉が出てこない時点で具体例がないってことなんだよエースくん。
ジト目でエースくんを見ていれば横からサッチさんがエースくんの肩をたたく。
「エース、悔しいがナマエちゃんの言ってることは間違ってないよ」
「それじゃあサッチはナマエが船を降りても良いってのかよ?」
「俺だってナマエちゃんが降りたら寂しいに決まってるでしょ?けどさぁーこればっかりは俺たちが強制するもんでもないでしょ」
そう言って私を見て微笑むサッチさんに思わず飛びつく。
「サッチさぁん!私も寂しい!!」
「おお!ナマエちゃん!じゃあ降りるのやめる?」
「それとこれとは別〜」
「そっか…」
ぎゅうっとサッチさんに抱き着きうりうりと頭を擦り付ける。
いつも美味しいご飯作ってくれてありがとう。
マルコさんやエースくんがデリカシーない中でいつも私の事気にしてくれてありがとう。
マルコさんとエースくん以外で一番最初に私に優しくしてくれた人。
マルコさんに叱られた時は一番にかばってくれた。
船に乗ってからの感謝をそのまま伝えればサッチさんも力強く抱きしめ返してくれた。
「ナマエちゃん〜!やっぱりこのまま船に乗ってようぜぇ〜!?」
「おい!サッチ!セクハラだぞ!」
エースくんが止めるのもお構いなしにぎゅうぎゅうと抱き合う。
こうしていざ別れ挨拶のようなことをしてしまうと、どんどん胸のなかに寂しさが広がっていく。
思った以上に私はこの船での生活に馴染んでいたようだ。
***
さて、島について2日目。
今日は噴水広場でストリートライブをするぞ。
昨日エースくんは1人行動はだめだと言っていたけれど、結局私と行動できる人がおらず、昼すぎにエースくん自ら噴水広場に来ることになった。
フリーだったはずのマルコさんは昨日の子電電虫にかかって来た電話の件で今日は付き添いは不可。
サッチさんも食料の買い出し担当で私には着いてこない。
さっさと噴水広場でストリートライブの準備をする。
準備といってもギターケースを広げ、さくらのお金を何枚か散らしておくだけだ。
なんとなく、死んだはずの歌姫がそのままストリートライブをしたらパニックになるかと思い、急きょ露店で売っていた仮面を買った。
顔半分だけを隠すようなカーニバルのお面だ。
「さてと…何を歌おうかな」
ポロンポロンとアコギの音を出しながら曲を考える。
きっとノリのいい曲の方が皆聞いてくれるよね。
アコギで出せるノリのいい曲…。
「よぉ〜今から歌うのか?」
軽薄そうな声だ。
声の主を見れば少し自分より年上くらいのお兄さんが煙草を吸いながらこちらを見ている。
「はい、もし時間があれば聞いていってください」
「俺さァ、いっつもここでライブしてる人の歌聞いてンだ。俺耳が良くてサ、いろんな音の聞き分けもできるから結構耳肥えてると思うんだよね」
「なるほどー、お兄さんに気に入ってもらえたら嬉しいですね」
いきなり妙な人に絡まれてしまった。
痩せ型で目が常にきょろきょろと動いている。
流石に薬とかではないと思うけど、なんだか自分に自信がない人の様に見える。
いつもここでライブを見てるらしいけど、仕事とか何してんのかな。
「聞きたい曲とかありますか?」
「リクエストできんの?」
「私が知ってる曲なら。それか私がお兄さんに合ってると思う曲を歌います」
「へえ!じゃあ俺をイメージした曲歌ってくれよ」
ギターケース越しに私の正面に座り込むお兄さん。
妙な人ではあるが、私を傷つけようとする敵意は感じられない。
よくある「暇だから目の前の人に話しかけてみた」とかそんな所だろう。
「じゃあお兄さん。夢はありますか?」
「夢かぁー、昔はあったかもな。」
「今は?やりたいことはありませんか?」
「ないなァー。あったらこんなとこで毎日プラプラしてないよなぁ、あはは」
「じゃあ、迷子ですね」
「迷子って…アハ。人生の迷子ってやつ?そうかもなぁ…なァ、そんな事より曲決まった?」
「はい。決まりました」
迷子のおにいさん。
ストリートライブで初めてのお客さんになってくれ。
「Wake Me Up 歌います」
「暗闇の中手探りで進んでいる」
「心に導かれるまま生きてきた」
「この旅がどこまで続くかはわからない、でもどこから始まるのかは知っている」
アコギの軽快なリズムで始まるこの曲のイメージは、少し人生に迷ってしまった若者の心の内だ。
小さいころにははっきりしていた夢の形も、周りの雑音や自分が大人になるにつれてぼやけていく。
「彼らは俺に言うんだ 「理解するには早すぎる」って
夢に囚われていると言う
目を閉じると人生は過ぎ去っていく ならそれで構わない
だからすべてが終わったら起こしてくれ
俺が賢くなって大人になったころにさ
ずっと自分を探していた
迷子になっているなんて気づかなかった」
いつまでも若く、幼く、夢を持ったままでいられたらよかったのにね。
ほんの少し話しただけだけど、昔はやりたいことがあったけど今は特に…というところでこの曲を選んだ。
きっと他にも同じように無理やり大人になって自分の夢が何だったのか分からなくなってる人はいると思う。
この曲は解釈も色々できるしもしかしたらお兄さんとは合わないかもしれないけど、まあイメージだから。
歌い終わればいつの間にか出来ていた人垣から一斉に拍手をもらう。
会釈をして控えめにギターケースをアピールすれば、自分でいれたさくらのお金があっという間に見えなくなるくらいベリーを入れてもらえた。
「どうでしたか?お兄さんのイメージに合っていたでしょうか」
「…」
「お兄さん?」
「ああ…!アンタ歌うまいな、驚いたよ。…マジで。んじゃ俺行くわ」
「え?お兄さん?」
コメントもそこそこにお兄さんは立ち上がり、人垣をかき分けて行ってしまった。
引き留める間もなく消えたお兄さんの方向を呆然と見つめる。
自分で言うのもなんだが、今まで私の歌を聞いてここまで反応が薄い人は見たことがなくて少しショックを受けた。
「アンタすごい上手いな!もう一曲歌ってくれよ!」
「ねぇ!さっきの人みたいにリクエストすればイメージソングを歌ってくれるってこと?」
「プロ並みだね〜、もしかしてもうどこかの事務所に所属してる?」
喧騒の中で聞こえてきた私を評価する感想に安堵する。
よかった。別に私の歌に問題があったわけじゃない。
その後はエースくんが来るまでリクエストに応えようと思っていたが、何人目かの女性に歌を歌ったあと私はひどく、疲れてしまった。
太陽も真上に上っているのにエースくんはまだ広場には来ない。
エースくんが来ていないのに移動するのは気が引けたが、これ以上広場に居るのも苦痛だったため、仕方なくギターを仕舞って噴水広場を後にした。
***
布製の袋に入れ替えたベリーの塊を片手に、ひたすら海に向かってあるく。
ギターケースに予想以上に多く投げ込まれたベリーは嬉しいはずなのに今は歩く邪魔でしかなかった。
「疲れた…なんでこんな所歩いてるんだ…。いや、海に行きたいんだ私は」
ぶつぶつと独り言を言いながら歩く姿を船の人に見られたらさぞ心配されるだろう。
だが今は周りに人っこ1人おらず、多少口が悪くなったところで誰も気にする人はいない。
町を通り過ぎ、坂を下った先にある林を抜けたところでやっと海沿いに出た。
「海だぁ〜…」
町から坂を下って来たが、まだ海との高低差はあるようだ。
開けた場所で10メートルほどの高さの崖から海を見下ろす。
岩肌に波が打ち寄せ、跳ね返される所を見ていれば心が落ち着く。
しばらくそうしてぼんやりと海を見つめていると波が不自然に動き始めた。
「なに…?」
不自然な波は徐々に広がっていき、黒い影が見えたかと思った瞬間。
目の前に大型の海王類が現れた。