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翼のないドラゴンのようだと思った。
頭の後方に向かって真っすぐに生えた2本の角。
猫の目の様に瞳孔が縦に開いた虹色の瞳。
鱗で覆われた体は一見黒く見えるが、角度によって深い藍色に光る。
海から出てきたことで落とされた飛沫が反射し、光が舞っているようだった。

「綺麗…」

なんて美しい生き物なのだと思った。
だけど私はこの子のことを知っている。

「ねぇ…君はあの時私を助けてくれた子でしょう?」

マリンフォードに向かう船の上で、ファンでありストーカーでもあった男に刺された時に私を無人島にまで運んでくれた。
無人島から出た時も心配してついて来ようとしていた。

暗闇や遠目でしか見たことがなかったけれど、

「こんなに綺麗な子だったんだね…」

知らない人がこの子と会ったら、きっと恐ろしくて逃げるのだろう。
あるいはこの美しさを前に動くことが出来なくなるかもしれない。

「もっと近くに行ってもいい?」

近づいて行けば、頭をゆっくりとおろし目線を近くしてくれようとしている。
そのまま彼が顎を地面に着けると、丁度彼の目の高さが私の顔の高さになった。

「良い子…。優しいね」

鼻先から滑らせるように頬を撫でていく。
鱗はツルツルとしており、滑らかな触り心地だ。
近くで見る鱗は遠目で見るよりもさらに美しかった。
黒をベースに、角度によって美しい青を反射させる。
細かなラメのような反射の仕方はまるで星空を切り取ったかのようだった。

大きな虹色の目をのぞき込むと彼の感情が流れ込んでくる。

「すごく喜んでる?私も君に会えて嬉しいよ」

「君はどこに居ても私の居場所が分かるんだね」

「海は私の親であり友人であり恋人だよ。そして君も海の子だよ」

私が話せば嬉しそうに目を細め喉を鳴らす。
私の事を好きだという気持ちを惜しみなく伝えようとしているのが分かる。

「君に会えて嬉しい…」

瞳のすぐ横にすり寄り、この世界に来た時からこの島に来るまでの全てを伝えるつもりで話し続けた。


***


「私はこの島で船を降りるけど、定住するかはまだ決めてないんだ」
「一応お仕事も住む場所も決めたけど、長くは居られないと思う」
「名前を変えてでも住むべきだと思う?…そうだよね、流石にそこまでしなくてもいいよね」
「無人島の生活は意外と楽しかったなぁ〜」

べらべらと話し続けていると不意に彼が何かに反応して顔を持ち上げる。
急に顔を上げた彼につられて後ろを振り向くと、拳を振りかぶったエースが見えた。

「ナマエ!!伏せろ!!」

エースくんは拳に大きな炎を纏わせ、こちらにそれを撃ってこようとしていた。
見たこともない大きな海王類の近くに私が居て、襲われていると思ったのだろう。
このままでは彼に技が当たってしまう、と思いエースくんとの間に飛び出す。

「待って!彼は友達なの!」

炎がエースくんの手を離れる寸前、軌道を変えてくれたおかげでギリギリのところを炎がそれていった。
熱波が肺に入らないように息を止める。
全身が焼かれたかと思うほどの熱に覆われたが、気になったのはあの子が無事かということだけだった。

「ナマエ!無事か!?」

駆け寄ってくるエースくんに大丈夫だと伝え、攻撃されたことで興奮している彼に話しかける。

「大丈夫だよ、驚いたね。でもエースくんは悪い人じゃないの」

すりすりと鼻面を撫で、頬を撫で、目の横に移動する。
ひたすら声をかけ撫で続けていると、依然としてエースくんを睨んでいるものの、荒かった息は落ち着いてきた。

「ソイツ…ナマエの言うことが分かってるのか」
「うん、とっても賢い子なの。仲良くしてあげて?…この人はエース。さっきは私が君に食べられると勘違いしちゃっただけで、良い人なの。許してあげてね」

エースくんに対しては不満そうな視線を送るものの、鼻息でわかったと返事をしてくれた。
可愛い子だ。

「こいつはこの島に住んでるのか?」
「ううん、私を追いかけてこの島に来たの。前の島から船の近くにはいたみたいだね」
「じゃあ前からの知り合いか。名前は?」
「名前…?」

そういえば名前ってあるんだろうか。
さっきまで話してた時はこの子とか、彼とか君とか呼んで会話が成立していたため、気にしていなかった。
そもそも野生動物なら名前はないのでは?と思い顔をのぞき込んでみれば「ない」とシンプルな返事を目で返してくれた。

「名前はないって」
「じゃあナマエがつけてやれよ。不便だろ?」
「ええ…」

いきなり名前をつけろと言われてもなあ。

「エースくんならなんて名前にする?」
「俺なら…シッポにする」
「…はい?」
「トカゲっぽいから」

なんだその連想ゲーム的な発想は。
しかし聞いておいてなんだけど、この綺麗な生き物をシッポと呼ぶのは抵抗感がかなりある。
もっとカッコいい名前が良いなぁ。あと海に関係する名前。
深海のように黒い鱗はキラキラと光り、見る角度を変えれば青く光る。

「うーん…じゃあ、ブルーで」
「…お前もネームセンス人の事言えないな」

横から茶々を入れられながら虹色の目をのぞき込めば嬉しそうに細められた。

「うん、今日から君の名前はブルー!」

付けたばかりの名前を呼べば嬉しそうに体を揺すって返事をしてくれた。
ブルーを満足げに見つめた後、エースくんに向き直る。
なかなか衝撃的な合流をしたため忘れていたが、私は彼との約束をすっぽかしてここに来ていたのだった。

「ごめん、エースくん。待ち合わせの所にいなくって…」
「あーそうそう!すげえ探したんだぞ!広場どんだけ探し回ってもいねーし、人に聞いて回ったらギター背負った奴がこっちに歩いてったっていうから」
「ほんとにごめんね!ちょっと広場にいるのが疲れちゃって、静かな所に行きたくて移動してきちゃった」
「まあ無事に会えたからいいけどな。見つけた時はこいつに食われそうになってると思って焦った」
「それも驚かせてごめんね?ここに来たら偶然会って、話が盛り上がっちゃったの」

ここまで来た流れを一通り説明し、ぼちぼち広場に戻ろうかという話になった。
待ち合わせをすっぽかした事を思い出した時は内心ひやっとしたが、エースくんの様子を見る限りあまり気にとめていないようだ。
ギブソンさんのお店にもまだ寄っていないので、帰り道に顔を出すことにした。

「じゃあブルー、またね」

また来るからね、と別れを言いエースくんと二人で歩き出す。
その際サラッとベリーの入った重い袋を持ってくれるあたり優しいなあと思いながらお礼を言った。



***



ギブソンさんのお店から出るころにはもう夕方に差し掛かっていた。
ギブソンさんと今後の事を話している中で、ログが溜まるまでは白ひげの皆と過ごし、ちゃんとお別れをしてから住み込みで働き始めるのが良いんじゃないかと提案してもらった。
船から早く降りなければと大急ぎで行動していたが、正直なところ白ひげの皆とお別れするのは辛かったため、少しでも皆と一緒に居られるならとありがたくこの提案を受けることにした。

お店を出て、お昼に一緒に回れなかった広場を見てから帰ろうということになった。
ギターを演奏していた時は仮面をつけていたが、ただ歩いているだけならば歌姫ナマエとバレる心配はないだろうと、仮面は鞄にしまっている。
そもそも昨日マルコさんと一日島を顔出しで歩いていても問題なかったし。
歌で注目を集めない限り意外と平気なものだ。
そう思って歩いていた矢先、背後から声をかけられた。

「なあ、ギターの子」
「はい?」
「昼間リクエストした歌を歌ってもらったものだが覚えてるか?」
「ああ…あのお兄さん…」

振り向けば広場で最初に歌をリクエストしてくれたお兄さんが立っていた。相変わらず不健康そうなたたずまいではあるが、昼間と少し雰囲気が違うような気がした。
気のせいかもしれないが、昼間より目に生気があるように見える。
そして思わず返事をしてしまったが、なぜ彼は私が昼間のシンガーだと分かったのだろう。
服装か、ギターケースか。顔は仮面をしていたから分からないはずだし、何より背後から声をかけている時点で顔で判断はしていないように思う。
不審に思ったことがそのまま顔に出ていたのか、お兄さんが付け足すように話始めた。

「なんで昼間のシンガーだってわかったって顔してるなァ。俺、耳が良いんだよ。ほんとに。人の足音とか判別できるくらいにさァ。だから人ごみ歩いててアンタの足音とギターケースが身体にぶつかる音で分かったンだ」
「え、すごい!!」

足音を覚えるとか一歩間違えたらストーカーも真っ青な行為であるが、そもそもそんな芸当が出来ることに素直に感心した。
自分も音楽やっている身である以上、人よりも耳が良い自信はあるが、あくまでも高音低音を聞き分けたりできるとかいろんな楽器を使った演奏の中でも音を聞き漏らさないとかそういったレベルである。

「こんな人ごみの中でも聞き分けられるんですか?」
「覚えた音は雑音の中でもはっきり聞こえんだァ」

へー、すごいですね!なんて話が盛り上がりそうな雰囲気の中、黙って様子を見ていたエースくんが口を開いた。

「オニーサン良い特技を持ってるんだな。それで、用件は何なんだ?耳が良い自慢をしに来たわけじゃないだろ?」

いつもにこやかに話をしている所しか見たことがなかったため、初対面の相手にトゲトゲした雰囲気を出していることに驚く。
エースくん、と声をかけようとしたところでお兄さんの声が被さる。

「ああ、そうだよ。自慢をしに来たわけじゃない。ただ…アンタに会いたくて」

そう言って真っすぐに見つめてきたお兄さんに思わず息を飲む。



「アンタ歌姫のナマエだろ?」