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「アンタ歌姫のナマエだろ?」
「え…なんで…」
なんでわかったのか。そう言いかけたが口を閉じる。
あっさり本人だと認めてよいのか、別人だと嘘をつくべきなのか判断に迷う。
思い切り眉をひそめている私を見てお兄さんが慌てて口を開く。
「俺に歌ってもらった後、しばらく離れたところでアンタの歌を聞いてたんだ。そしたら最後に女が騒いでただろ?そんなに歌が似てるならってナマエの歌を調べて聞いてみたンだ。んで、俺は耳が良いからわかったよ。アンタは歌姫の真似をしてるシンガーじゃなくて、歌姫ナマエ本人だって」
「………」
「あー…別にアンタがここに居ることを言いふらそうとか思ってないよ。ただ、またアンタの歌が聞きたくて。どうしたらまた歌ってもらえるか、それだけが気になって話しかけたんだ」
「………」
本当にこの人は私の歌が聞きたいだけで話しかけてきたのだろうか。
悩んでいるうちに以前歌手活動をしていた頃に私を金のなる木としてしか見ていない大人たちのことを思い出した。
白ひげのおじ様の船に乗っている時はマルコさんから皆に話を通してもらっていたこともあり、私を金の生る木として見る人は皆無だった。
まあ海賊船に乗っていると私を金の生る木として扱うのも無理があるかもしれないし、海の歌姫として人身売買されるくらいしか思いつかない。
海賊がライブなんて主催しないしね。
もう一度私の歌を聞きたいと言ってくれたのはありがたいが、本心なのかどうか判断ができない。
「…もう広場で歌うことはないと思います。歌姫ナマエの歌を聞きたいならレコードで聞いて下さい」
そう言って歩き出そうとすれば、一つだけ言いたいことがあると引き留められた。
「俺は、アンタに感謝してる。今まで腐ってプラプラしてたけど、真っ当になろうと思えたのはアンタの歌のおかげだよ。ありがとう」
「………」
私はなんと答えてよいかわからず、会釈だけしてその場を去った。
広場の喧騒の中で私たちのやり取りを気にした人はいなかったようだ。
エースくんは最初に口を出した以外は黙ってやり取りを見守っていてくれ、私が歩き出した時もそのままついて来てくれた。
広場を抜け、住宅街をあるく。
夕方になると港に向かう人はほとんどいないようで、すれ違う人は少なく、家の中から家族団らんの声が聞こえてくる。
広場から特に会話という会話をしてこなかったが、エースくんがおもむろに口を開いた。
「なあ、広場で何があったんだ?」
「んー…」
「女に騒がれたって言ってたけど、怪我とかはしてないんだよな?」
「うん、大丈夫。ちょっと…絡まれたっていうか、そんな感じ」
「………」
「………」
「でも、もう広場で歌いたくないって思ったくらい嫌な事だったんだろ」
「うーん…まあ。また同じように絡まれるのは嫌だなって」
ぽつぽつとしたやり取りを重ねる。
詳細を聞きたいということはわかっているが、気持ちも含めてなんと説明したらよいのかわからないので、深く聞かれないことをいいことに曖昧な返事を続けた。
「なんか、上手く話せないから…気持ちの整理がついてから話すのでもいいかな?」
「ああ。話す気になったら話してくれ」
その後はいつも通りなんてことない話をしながら船に向かった。
***
船に帰るとクルーたちから声をかけられた。
なんでもマルコさんやサッチさんは港の居酒屋に行ったらしい。
船に戻って来たばかりだけど、エースくんのいいなァ!という一言で私たちもその居酒屋に行くことにした。
すっかり辺りは暗くなっていて居酒屋が見つかるか不安だったけれど、にぎやかなお店を覗いてみれば見慣れた顔をすんなり見つけることができた。
「マルコさーん!サッチさーん!」
2人を見つけて同じテーブルに座らせてもらう。
メニューを見せてもらうと港にある居酒屋なだけあって、魚介類を使った料理がメインのようだ。
「ここのお店料理頼んだらそこの生簀から魚さばいてくれるんだよ」
サッチさんの声で料理台の方を見れば、なるほど、大きな生簀が鎮座している。
生簀の中には様々な種類の魚が泳いでおり、あの魚たちを料理するようだ。
あ、一匹網ですくわれていった…。
手元のメニューに視線を戻し、すでにテーブルに並んでいる料理と被らないように料理を注文した。
***
どの料理も美味しくて、バクバク食べていたらすぐにお腹がいっぱいになってしまった。
周りを見てもまだまだ皆飲み続けるだろう雰囲気である。
お酒も飲まないし、お腹もいっぱいになった私は生簀の傍に来た。
鯛、ヒラメ、エビ、タコ…あれは鰺、かな?
他にも名前の分からない魚が何種類かいる。さっき食べた料理はどれも美味しかったなぁ〜。
ぼや―っと生簀をのぞき込んでいると一人の若い料理人さんから声をかけられた。
「お姉さん何か食べたいやつでもいた?」
「あっ…いえ!海の…海の生き物とか好きなので覗いてたんです。すいません!」
「あっそうなの。じゃああっちの水槽はもう見た?」
「あっちの水槽?」
ちょいちょい、と手招きをされて生簀を回り込むと、いわゆる家庭用サイズの水槽があった。
海水と魚たちしか入っていない生簀と違い、アクアリウムの様に砂が敷かれ、水草や隠れ家になる石も置かれている。
「何か飼われてるですか?」
「うん…うーん今どこにいるかな。あ、この石の裏にいるよ」
石の裏が見えるように回り込むと、紫がかったピンクの塊が見えた。
「ん?魚…じゃないですね?」
「そう、この子はシンデレラウミウシ!ピンクの身体に黄色の触覚がかわいいでしょ?ジェニファーちゃんていうんだよ」
「ウミウシ…」
「はい、カイメン。運が良かったら食べてくれる」
「あっ、ど、どうも…」
そう言って渡されたのは黄色いスポンジのような物体。
ウミウシってこんなのを食べるんだね…。
カイメンを握ったまま水槽の中にゆっくりと手を入れ、ジェニファーちゃんに近づける。
するとのそのそと岩陰からジェニファーちゃんが出てきてカイメンに近づいてきた。
「えっすごく反応がいい!すごいね!」
料理人さんがはしゃいだような声を上げたので返事をしようと顔を上げたところ、視界がぼやけ始める。
「ん?」
目にゴミが入ったかのようなかすみ具合に何度も目を閉じたり開けたりするも、ぼやけは改善されず、だんだんと視界が暗くなってきた。
急にどうしたんだ、と1人焦っていると暗くなった視界に先ほどまで見ていた光景と違う景色が見えてきた。
目の前にあったのはウミウシのいる水槽とカウンター越しの若い料理人さん。
脳内に先ほどまでの光景を思い描くも、実際に見えているのは夜の海の波打ち際だ。
思わず息をのみ、きょろきょろと視線をうごかす。
足元は砂浜ではなく、ゴロゴロとした岩がころがっている。
月明りで波の白い泡が反射しているのが見える。
民家から遠い場所ではないようで、遠くに人工的な明かりが並んでいる。
ただ、自分の目線がだいぶ低い所にあるようで、まるで海面すれすれから目だけを出した時のような視界だ。
民家のあかりが実際にどれほど離れているのか距離感がつかめない。
視界は夜の海だというのに、耳からは変わらず居酒屋店内の雑多な音が聞こえてくる。
料理人さんが「ジェニファーちゃんカイメン食べてる〜あっ俺呼ばれたからいくね!ジェニファーちゃんと遊んでていいから!」とこちらに話しかけている内容もすべて聞こえている。
「なに…なんで?」
自身に起きていることが理解できず戸惑っていると、海に誰かがやって来た。
1人ではなく、複数人いるようだ。
全員男性で、何を話しているかは分からないがあまりいい雰囲気ではない。
1人が頭を下げ、謝っているのか、何かをお願いしているのが見える。
あまりにも必死な様子に自分が異常事態に置かれている事も忘れて見入ってしまう。
内容は分からないが、こんなに必死になっているのだから許してあげるなり何かしてあげればいいのに…と他人ごとの感想を持ったその時。
何度か頭を下げていた男性が急に殴られ、地面に倒れた。
その後は寄ってたかって倒れた男性に殴る蹴るなどの暴行を加えられ、その光景に思わず短く声をあげて後ずさった。
同時に水槽に入れていた手が水から離れると、視界が夜の海からもとの居酒屋店内に戻った。
目の前には水槽が置かれ、ジェニファーちゃんがもそもそとカイメンの上を這っている。
「…今のは、現実?」