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必死で辿り着いた部屋にいたのは、私とデイブさんを誘拐し、海へ突き落した男だった。
その姿を確認した瞬間、踵を返して廊下を走り出す。
外部との連絡手段を断ち切るために海賊がこの部屋にいることを考えていなかった。
まさかこんなに早く基地の内部にいるとは。
後ろから男が追いかけてくる気配を感じながら廊下を走り、階段を上る。
階段を上り切ったところにあった扉を無我夢中で開けると、強い風が全身に当たった。

「屋上…!?」

まさか、行き止まりだなんて。
ここまで走って来たせいで心臓があり得ないほど脈を打っているし、喉からはヒューヒューと音が鳴っている。
マルコさんに筋力のなさを指摘された日から毎日筋トレや走り込みをしていたが、元々の体力の無さも相まって船の皆のような無尽蔵の体力が手に入ることはなかった。
マルコさんは日々私に筋トレをしろ、体力をつけろと口酸っぱく言ってきたけれど、こういう緊急事態の時に困らないように言われていたんだと今更ながら実感する。
逃げ道の無い屋上から急いで引き返そうとするも、男が階段を上ってくる音が聞こえ、断念する。

物陰に隠れようとも、あいにくただ広いだけで身を隠せるような場所もなく、あっという間に屋上の端まで追い詰められてしまった。

「あの時はせっかく白ひげに対して使える奴を捕まえたと思ったのに逃げられてがっかりしたが、こうしてまた捕まえるチャンスが来るとは思わなかったぜ。」

柵に手をかけ、下を覗き込む。
朝とは違い、眼下に広がるのは青い海ではなく固い地面だ。
下が海だったならどんなに高い所からだって飛び込んでみせるのに。

「どうした。さっきみたいに飛び降りてみるか?さっきとは違って下はかたぁい地面だけどな。ほら、どうした、飛んでみろよ。」

銃を片手に男がゆっくりと近づいてくる。
このまま動かずにいたらまた捕まって、今度こそ白ひげ海賊団への人質として使われるのだろう。
見る限り逃げられる場所などないのに、少しでも男から距離を取ろうと柵を乗り越える。
足を乗せていられる箇所は幅が10�pほどしかないため、少しでも足を滑らせたらそのまま落ちていくだろう。
ガタガタと震える手はかろうじて柵を握っているが、今にも離れそうだし、足も立っているのがやっとだ。

捕まりたくない。でも飛び降りたくない。
極度の緊張で頭がどんどん白くなっていく。
男はもう間近に迫ってきている。
つ…と目から涙が伝った時、聞きなれたエースくんの声が聞こえた。

「ナマエ〜〜〜〜〜〜!!」

はっと声の方を向けば不死鳥状態のマルコさんにエースくんが乗っており、2人はまっすぐにこちらに飛んできていた。
エースくんが大きく息を吸い込んで叫んだ。

「飛べ!!」

その言葉を聞いた瞬間、私の手は柵から離れ、小鹿の様に震えていた足も力強く足場を蹴った。

一瞬の浮遊感の後、衝撃とともに体を抱きしめられた。

「ナマエ、よく飛んだな!えらいぞ!」
「エース!ナマエに無茶させんじゃねえよい!落ちたらどうするつもりだよい!」
「俺とマルコがいるのにそんなヘマするわけねえだろ。火拳打つには男が近すぎたんだよ!」

2人の会話を聞きながらほっと息を吐く。
ついさきほどまで恐怖で震えていたというのに、もう安心している。
力強く私を抱きしめているエースくんの背中に手を回すと、エースくんが私の顔をのぞき込んでニカッと笑った。
「帰ろうぜ、ナマエ。」

うん。と頷いた後、続けてお礼を言おうとして思い出した。
デイブさんと海兵さんが基地の中で戦っている事を。そして私は電伝虫で外部に連絡をとるはずだったことを。

「マルコさん!エースくん!中にデイブさんがいるの!お願い、助けてあげて欲しい。」
「デイブって誰だ?」
「昨日助けてあげた人いるでしょ?あの人。」
「あー、あのボコボコにされてた奴な。」

お願い、となおも言い募れば、エースくんではなく下の方からマルコさんが返事をした。

「まあアイツとはお話をしたいと思ってたところだよい。エース、そいつ捕まえて船に連れてきてくれるかよい?」
「珍しいな、マルコがそんなこと言うの。まあいいけどさ。」

マルコさんが旋回して先ほどの男がいる屋上まで戻って来ると、エースくんは「じゃあ行ってくる。」と一言残してかなりの高さから飛び降りてしまった。
そのまま男を一撃で倒し、基地の中へ入っていくのを上空から眺める。
私があれだけ怯えていた男もエースくんにかかれば息をするように倒せる相手なんだなあ…。
数秒もすると爆発音やガラスの割れる音が中から聞こえてきた。

「あとはエースに任せておけば良いよい。俺たちは先に船に戻るよい。」
「他の海軍とかに連絡しなくて大丈夫かな?」
「それならもうしてるから大丈夫だよい。」

もう連絡済みってどういうことだろう?と首を捻るが、マルコさんが大丈夫というのなら大丈夫だろうし、もう何も考えたくなかった。
ふらふわのマルコさんの首に抱き着き、船へ向かった。

***

あの後エースくんは1人で海賊たちを一掃し、デイブさんを船に連れてきてくれた。
デイブさんは怪我を負ってはいたものの、軽傷だったため日常生活に支障はなさそうだった。
マルコさんとエースくんだけでなく、サッチさんも基地に来てくれていたようで、私の診察中にエースくんとデイブさんと一緒に医務室に来てくれた。

「マルコさん、サッチさん、エースくん、助けてくれてありがとうございました。」

私とデイブさんの診察が終わったところで皆にお礼を言う。

「ナマエちゃんが置手紙だけ残して居なくなった時は心配したよー。無事でよかった!マルコの慌てぶり凄かったぜ?見せてあげたかった。」
「そんなに言うほど慌ててねぇよい。」
「またまたぁ〜。迎えに行ってくるって言ってナマエちゃんが居ないのに気づいたらすぐに俺のとこに来て、ナマエが消えた!って。」

やはりマルコさんにはとても心配をかけてしまったようだ。
からかうサッチさんを締め上げるマルコさんを止めつつ謝ろうとした時、サッチさんから予想外の発言が飛び出た。

「実は俺たちこの島があんまり治安良くないこと知ってたんだよね。良くないっていうか、これから悪くなるというか。」
「えっ、どういうことですか?」

私はこの島に来てから治安の悪い所なんて見ていないし、てっきり住むのにうってつけだと思っていたけれど、彼らは違ったらしい。

「偵察班がいる事は前に説明しただろぃ?俺とナマエが楽器屋にいる時に電伝虫が鳴ったのは覚えてるかよい?」
「あーはい、確かに電伝虫が鳴ってましたね。それでマルコさんはお店の外で会話してたんですよね。」
「元々先に上陸してた奴等から海軍基地から海兵が居なくなる情報は入ってたんだが、最近やけに頻繁に出入りしてる海賊が居るって報告だったんだよい。それが今回倒した海賊たちだよい。」
「えー!!」

あの電伝虫がまさかそんな内容だったなんて。
だから皆私がこの島で降りることや一人で行動することにあんなに抵抗感を示したのか。
そりゃそうか、今回はマルコさんたちが居たから被害も最低限で済んだけど、そうでなかったら島中巻き込まれて一般人も無事では済まなかった可能性がある。

「じゃあ私が仕事決まった時に、サッチさんが大丈夫なの〜?って心配してたのは、私がちゃんと働けるか心配してたわけじゃなくて、この島に住んで大丈夫か心配してたってことですか?」
「そりゃそうだよ。ナマエちゃんならその辺はちゃんと出来ると思ってるけど、流石に治安の事はね。」
「でもそれならなんで皆教えてくれなかったんですか?」

言ってくれれば私だってそんなに急いで仕事を決めたり、降りる準備を進めたりしなかったのに。
少し不満げに伝えれば、それまで黙っていたエースくんが口を開いた。

「俺は教えといた方が良いって言ったんだが、マルコ達が島にいる間に解決できるなら知らない方が安心して下船できるだろうって。ナマエには秘密にしておくことにしたんだよ。」
「そしたらナマエちゃんが初日に仕事と住む場所決めてきちゃうから焦ったよね〜。」

私の知らないところで皆がそんなに動いてくれていたとは。
この島に着くまでの皆の態度と、島に着いてからの皆の言動すべてが私の為だったんだと思うと嬉しさで胸が苦しくなる。
ますます皆が大好きになってしまった。
私が感動で打ち震えていると、会話を傍観していたデイブさんが申し訳なさそうに頭を下げてきた。

「申し訳ありません。今回ナマエが巻き込まれたのは俺のせいなんです。」
「デイブさん…。」

深々と頭を下げるデイブさんにマルコさんが訳を聞くと、彼は正直に今回騒動を起こした海賊たちと繋がっていた事、止めようとしたけれどできなかった事を告げた。

「なるほどねぃ。お前があいつ等を呼び込んだのか。どおりでな。お前と関わってから急に事が動き始めたから変だと思ってたんだよい。」
「はい…。」
「今回は俺たちが居たから一般人への被害はほとんど出てないが、本当ならどうなってたか分かってんのかよい?」
「すいません…。」
「まあ、今回の件はもう終わったことだし、これ以上俺から何か言うことはないよい。」

もっと私にするようにお説教タイムに突入するかと思っていたのに、意外にもあっさりと終わってしまった。
サッチさんやエースくんも少し驚いたようにマルコさんを見ている。
それを見てマルコさんは小さくため息をついて付け加えた。

「ナマエはもうこの島には降りないんだから、必要以上に説教するつもりはないよい。」
「え?なんでですか?」

もう海賊は追っ払ったし、海軍も通報したことできちんと海兵が常駐するようになるだろう。
それなら私がこの島に住むのになんら問題はないはずだけど。

「今回の海賊たちは一掃したが、その海賊たちが他に情報を流してるかもしれない。そうなれば別の海賊たちが攻めてくる可能性があるよい。」
「もう海軍は常駐するんですから大丈夫ですよ。」
「海軍と海賊両方の強さがどれだけのもんか分からないんだから安全とは言い切れないだろうよい。海賊の方が強ければこの島は侵略される。そんなことも分からねえのかよい?」
「でもギブソンさんに住み込みで働く許可までもらってるのに、今更やめるなんて言えないですよ。」

はあ〜とマルコさんが大きくため息をつくのを聞きながらうつむく。
悔しいがマルコさんの言う通りだ。
私はこの島の状況を甘く見すぎていたらしい。
まあ私も治安の悪いと分かっている島に住みたくはないのだが、ギブソンさんが気になってこの島を素直に離れる気にならないのだ。
ギブソンさんはお店を継ぐ人が居ないため、私が住み込みで働くと言ったらそれはもう喜んでくれたのだ。
せめて代わりに働いてくれる人が居れば心置きなくこの島を離れられるのに。
そう考えたところで1人条件がピッタリな人に思い当たった。

「デイブさん!」
「ん?どうした?」
「楽器屋さんで働いてみませんか?!」

デイブさんは耳が良い。たぶん絶対音感的なものも持ってるだろうし、楽器の不具合があった場合もすぐに気が付くだろう。
本人のやる気次第では調律師の仕事だってできるんじゃないだろうか。
おまけにデイブさんは若い男性だ。私よりもお店を継ぐのに向いている。
良い事を思いついたぞ!と鼻息荒くデイブさんに迫ると苦笑しながらたしなめられた。

「俺としては働き口を紹介してもらえるのは願ってもないことだが、まずはその店の人に会ってみないと。そもそも採用されるかわからないし。」
「じゃあ明日!明日ギブソンさんに紹介します!デイブさんなら絶対気に入ってもらえます!」

無理やりにデイブさんをギブソンさんに紹介することを約束したところで、デイブさんは家に帰っていった。

「前も思ったけどナマエちゃん行動早いね〜。アイツ採用されるといいな。」
「アイツが採用されてナマエの心残りがなくなるならぜひ採用されて欲しいもんだよい。」
「あんな騒ぎに巻き込まれたのに、まだこの島に住もうとしてるのは意外だったな。」

意気込む私の後ろで3人がそれぞれ何か言っていたが、私は明日に完全に意識を向けていた。
明日、楽しみだな。