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「その人はナマエとはどういう関係なの?…前もその人の手配書熱心に見てたよね」
「…私が一方的に知っているだけです。向こうは私の存在すら知らないし、私も実際に会ったことはありません」


背後からかけられた声にぼんやりとしたまま応える。


ジョンさんが起きてきたことに全く気付かなかった。
それほどこの手配書に集中していたのだろう。
また心配させるようなことをしてしまったかな。


「今、朝食用意しますね」


こちらを心配するように見てくるジョンさんに気付かないふりをしてキッチンに向かう。

そう、エースは私の存在を知らないし、これからも知ることはないだろう。
彼が今どこにいるか知らないが、私はわざわざこの広い海で彼を探すような真似はしない。


彼の存在は私にとって救いになったけれど、彼を探すくらいなら元の世界に戻る方法を探したい。



今日は1日お店を開けるまでジョンさんにギターを見てもらっていた。

筋は悪くないらしく、毎日練習すればすぐに曲弾けるようになるとのことだった。
浮かれながら接客をしているとお店のドアが開き、お客さんがざわついた。

何事かと皆の視線の先を見ると、お店の入り口に女性が立っていた。
皆は彼女に反応したのだ。


女性はたっぷりとしたダークブラウンの髪を緩く巻き、暗めの赤いドレスを身につけていた。
荷物は右手に持っている小さな黒いクラッチバッグのみ。
迫力のある美人と言えばいいだろうか、きりりとした眉に、太めのアイラインが彼女の猫目をさらに際立たせている。
スタイルはワンピースの世界でよく見た大きな胸に細いウエスト、女性らしいヒップそのままと言った感じだ。


ちょっと感動。


「もしかして…」
彼女が今日来ると言っていた歌手ではないだろうか。


「こんばんは、ジョンさん久しぶりね」
彼女は歓声に軽く手を振ることで応え、ジョンさんのいるカウンターに向かった。
「やあ、久しぶりだね。君が来るのを皆待っていたよ。前に来た時と随分間があいたけど、最近は忙しいのかい?」
「そうね、私も色々活動するようになってきたから。ここのバーで歌うのは好きだから本当はもっと来たいんだけど」
「そう言ってもらえると嬉しいね。君が来る日を知らせておくと客の入りが全然違うんだ、みんな楽しみにしてる。そうそう、うちに新しい子が入ったんだ。紹介するよ、ナマエ」
ジョンさんに手招きされ、早足で二人のところへ向かう。


「この子はナマエ。今うちに住み込みで働いてくれてるんだ」
「ナマエです。はじめまして、よろしくお願いします」
「はじめまして、私はキャサリン。一応プロの歌手なの。この島ではそこそこ有名ってところね。キャシーって読んでちょうだい」

美人を目の前にし、緊張で最低限の挨拶だけしかしない私にもキャシーさんは笑顔で対応してくれた。
美人で優しくて、近くにくるといい香りがする。
しかも歌手といった特性まである。
キャシーさんのキラキラオーラに照れ照れしながら自分との違いに少し凹む。


自分は化粧っ気もなく、髪も仕事の邪魔にならないように一つにまとめている。
服もジョンさんに用意してもらったジーンズにパーカーなので、端から見ればとても地味に見えるだろう。
服は買ってもらっただけ大変ありがたいので、文句なんか口が裂けても言いたくないけれど。


「それじゃ早速歌いましょうか」そう言ってキャシーさんは奥にあるピアノの方へ向かう。

キャシーさんがピアノの前に座り、マイクを準備すればお客さんの歓声が大きくなる。
キャシーさんはピアノを弾き始め、口を開いた―



プロの生歌とはこんなにすごいものなのか。
彼女の声が全身に染み渡ってくる。
彼女の出す音のひとつひとつがお腹にずんと響く。



こんなに風に歌えたらどんなに気持ちが良いだろうか。



身体が勝手にリズムを取り始める。
メロディを頭の中で復唱し、自分のものになるように叩き込んでいく。
指がギターを弾いた時の動きをしはじめる。



ああ、私もはやく―



「すいません、注文お願いしてもいいかな」


男性の声で我に返る。


キャシーさんの歌に聞きほれていたけど、今は就業中であった。慌てて男性のもとへ向かう。



閉店時間になり、キャシーさんはカウンターでジョンさんと話しながらカクテルを飲んでいる。
二人の会話をBGMにいつものモップがけやらの片づけを黙々と進めていると、不意に声をかけられた。
「ナマエ、あなたは歌わないの?」
「えっ…」
「ギターは弾くのでしょう?今ジョンさんに聞いたわよ。弾き語りとか興味ない?」
「や…ひとりの時は歌いますけど、人様に聞かせられるようなレベルじゃないんで…恥ずかしいし」
「まあ…あなた声きれいだし、いつか機会があったら聞かせて頂戴?きっと素敵な歌だわ」


顔に熱が集まる。この綺麗な人は内面まで綺麗なのだろうか。
彼女の一言で浮かれて、もっとギターと歌の練習を頑張ろうと決めるあたり私はなんてちょろいやつなんだろう。


もしも声を褒めてくれたのがナミさんとかだったら。
サンジさんの反応を馬鹿にはできないだろうな。
きっと自分も目をハートにして「はいナミすぁん!!」なんて返事をしたりして。


到底叶うことない「もしも」を考えてしまった。
いくら同じ世界にいるとしたって、彼らに会う確率はそれこそ宝くじに当たるよりも低いだろうに。


私は彼らを探さない。
だけど、もし私が歌手になって私の歌が彼らに届くことがあったら―。



彼らは想像を絶するような辛い人生を送ってきた。
いや、ナミさんやロビンさんは今まさに辛い思いをしているのではないだろうか。
そんな彼らが聞いて少しでも勇気が出るような、元気が出るような歌が歌えたらいいのに。



モップの柄をぎゅっと握りしめて、床を見つめる。



頭の中に浮かんでいた空想を頭を振ることで追い出す。



そんな都合のいいように人生すすむもんか。
生きて元の世界に帰ることだけを考えるんだ。



はあ、と息を吐いて掃除を再開した。