05



私がこの世界に来て5か月たった。



あっという間だった。



朝遅めに起きて海に行く。
海に何時間か潜ったらギターの練習か本を読む。
日が沈み始めたらお店に戻り、バーの手伝いをする。
深夜に眠り、また朝遅めの時間に起きる。

基本的にこの流れで毎日を過ごしていた。

最初の1か月はとにかく常識を身に着け、世界に馴染むことを優先した。
お金の使い方。地図の読み方。
海賊がいて、山賊もいればそれを取り締まる海軍がいる。
季節が変わりやすい島で人はどのように生活しているのか。
島と島の行き来はどのように行われているのか。
ニュースはどのようにして世界中に行き渡るのか。


子供が知っているようなことから雑学のような知識まで、ある程度成長した人間なら持っていて当然の知識をジョンさんから教えてもらい、時には本を読み知識を付けた。


海には毎日通ったし、ギターも暇があれば触っていた。
ジョンさんに筋がいいと言われ、キャシーさんに声がいいと褒められただけで毎日続けられるとは、なんて自分は簡単な人間なんだと思ったりもした。


2か月目。


人との交流を少し積極的にとるようにしてみた。
ジョンさんと本から得る知識だけでは偏りがあると考えたためである。
それまではお店に来るお客さんとは最低限の会話しかしてこなかったが、少しつっこんだ会話を行うようにした。
お客さんとの会話で困ったのは過去のニュースの話などを出された時だ。
それがたとえ有名な事件であっても、私はその事件が起きたことすら知らないのだ。
それこそ漫画で出てきたような大きなものでないと。

またこの頃はジョンさんも私が海に行くことを習慣として受け入れてくれた。
そのため多少濡れた格好で帰っても何も言われることがなくなった。
ここぞとばかりに海の深いところばかりに潜っていたが、元の世界については何の収穫もなかった。

キャシーさんは2週間に一度のペースでお店で歌っていた。
彼女は見た目も美しく、歌声も綺麗だった。彼女のように歌えたらな、とこっそり同じ曲を練習した。


3か月目。


仕事にも慣れ、お客さんもよく私に声をかけてくれるようになった。
この頃になると私の「常識のなさ」も笑える程度のものになっていた。
私の常識のなさについてはニュース関連はすべて興味がなかった、田舎出身で通している。


この頃にはだいぶギターが上手くなった。
ジョンさんも驚くほどの成長速度のようで、このころには楽譜を見れば大概のものは弾けるようになっていた。
正直、お店の手伝いをしたり海に潜る以外の時間はギターを触っているようなものなので、意外とできるもんだな、としか自分では思っていなかった。

キャシーさんは週に1度のペースでお店に来てくれるようになった。
というのも実は他で歌を披露する機会が減っているらしい。これはお客さんからこっそり教えてもらった。彼女ほど歌が上手ければ引く手数多だと思うけれど、歌手の道は厳しいらしい。


4か月目。


仕事は順調でお客さんにせがまれてギターを披露するようになった。
せがまれてというと語弊がある。
ここのバーに来る人たちは皆音楽好きの人たちばかりなので、自分で楽器をしている人も多い。
そのため楽器を始めたばかりの私をみんなでいじりたがるのだ。
褒められたり、駄目だしをもらったり、バーに来るお客さんがみんな私のギターの先生のようになっていた。


またこの頃私は海で弾き語りに挑戦するようになっていた。


そして気づいたのだ。


私の歌には不思議な力があると。



最初のきっかけは天気の歌を歌っていた時。

何日も良い天気が続き、曇り空が一番過ごしやすいんだ、いい加減雨降れなどと思いながら八つ当たりのように童謡の「あめふり」を歌っていた時だ。

突き抜けるように晴れていた空が徐々に曇り、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきたのである。

風はそよ風程度にしか吹いていなかったし、吹いていたとしても雨雲になるような雲すらない青空だったのに。


唖然としながら、じゃあ晴れの歌えば晴れるのか、と馬鹿みたいな発想にいたった。

夢が叶うという日本で絶大な人気のグループの歌にちょうど良いのがあった気がする、とうろ覚えのままサビを大声で歌ってみたところ。


晴れたのだ。


ザアザアと降っていた雨がやみ、もとの雲一つない空へ。


その後半信半疑でいろんな歌で実験してみた。
「ちょうちょう」「雪やこんこ」「さくら」など歌詞が分かりやすいものを試したところ、ほとんどがその歌詞の通りになった。

「ちょうちょう」であれば、「菜の葉にとまれ」の部分でどこからともなく蝶がひらりと飛んできて、これまたいつの間にか生えていた菜の花の葉にとまったのだ。
そのあと歌詞通り桜が自分の歌に合わせて樹から生えてきたときには驚きすぎて口を開けたまましばらく固まってしまった。


初めて私が海と遊んだ時、私は海にちなんだ歌を歌っていた気がする。
私の歌に力があるからあのようなことができたのだろうか。

それとも逆に「海に愛されている」からこそ私の歌に力が宿るのだろうか。
海に関係することならまだしも、花を咲かせたりなんかは海と関係なさそうだけれど。



自分の歌が持つ力に気づいた日、私は一睡もできなかった。
気づいた瞬間は初めて海と遊んだ時のように、嬉しさと興奮に包まれたのだが、
次第に私は恐怖に胸が押しつぶされそうになった。


この世界には「悪魔の実」がある。

悪魔の実を食べることによって初めてヒトは周りを圧倒する力を身に着けるのだ。
魚人や巨人族など、種族によってそれは素晴らしい能力を持つ者もこの世界にはいるけれど。

そして悪魔の実を食べた人間は能力を得る対価として「海に嫌われる」。



では私はどうだろうか。
何時間も海に潜れたり、海を操ったり、歌が現実になる。
そして何より「海に愛されている」。

悪魔の実を食べた人間は能力の代わりに泳げなくなるけれど、海に愛された私は何を対価にしているのだろうか。


今は気が付いていなけれど、何か壊滅的にできなくなったことがあるのだろうか。


それとも、海に愛される代わりに「ヒトに嫌われる」ということは起こるのだろうか。



仕事中もこのことばかり考えてジョンさんに心配されてしまった。
またこの頃バーに頻繁に顔を見せるようになったキャシーさんは私を元気づけるためにと、特別に歌を歌ってくれたし、お店に来ていたお客さんも理由がわからないなりに私を慰めようといろんな話をしてくれた。
ひとりぼっちだと思っていたけれど、いつの間にか私の周りにはこんなにもたくさんの優しい人がいた。
涙が出るくらい嬉しくて、彼らに嫌われないように、私の能力については絶対秘密にする。悪用しない。これだけは守ろうと心に決めた。



たくさん歌の実験をするうちに、気持ちが伴わないと歌詞が実現しないと分かり酷く安心した。



歌を歌うことはやめられそうになかったから。



生活は順調だと思っていた。
自分の持つ力に悩んだりもしたけれど、仕事はうまくやれているし、ギターもかなりうまくなった。
弾き語りだって今ではできる。
人間関係だって円滑で。



そうやって浮かれていた私はひとつ、選択を間違えたのかもしれない。
いや、今だって何が正解だったかわからないけれど。