暴発
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足下に擦り寄ってきた白猫に気づく。体全体を撫で付け、尻尾を絡めるように動く。手を伸ばせば頭を擦り付けてくる。頭から首に手を滑らせ、顎の下を擽る。ひっくり返って腹を見せるので、撫でていると、今度は犬が入ってくる。
「今日はどういう趣好でしょうか」
練習中であろう部下の様子を確認しようと、猫を抱き上げ、廊下に出る。扉を開けた目の前を走り去る狼。廊下の奥に熊の親子が見えた。かと思えば、ペンギンが奥から歩いて来る。駆ける音に、羽ばたく音。鳴き声まで聞こえてくる。動物の知識は順調に身に付いているようだ。
「しかし、これでは動物園ですね」
相槌を打つように猫が鳴き、腕から飛び降りた。群れを成して走って行く鼠を追う姿を見送れば、代わりのように足下に群がる兎、狐、栗鼠、烏。御伽噺の姫君の様だと、息を吐いた。
どうしよう。どうしよう。座り込んだ床に両手を付いて、必死に考える。図鑑を見ながら練習をしようと思っただけなのに。止まらない。否、止められない。どうにかしなきゃと思うのに、上手く頭が回らない。真っ白になる。兎に角、一度動物達を消して、それから。それから──。
「……っんで、上手にッ使えな、いの!」
寝台に留まる鷹に向けて、図鑑を投げ付ける。簡単に避けられたそれは、壁にぶつかって、寝台に落ちる。寄って来る鼠達を払い除け、それでも膝に上ろうとするのを叩き落とす。
「いい加減にっ!」
「するのは貴女ですよ、詩音」
鼠を掴んで投げ付けようとした手を、後ろから掴まれる。耳の傍で聞こえた声。もう片方の手で両目を覆われる。
「先ずは落ち着きなさい」
「ド、スさ……?」
鼠を奪い取られ、代わりにドスさんの手が滑り込む。反射的に握り締めた。
「怯えなくて良い。怖がる必要はありません。貴女の力です。貴女に制御出来ない筈が無い」
「でもっ、止ま、んなく、て」
「驚いただけでしょう?想定より多く出てしまった、といったところでしょうか。出続けたのは、恐らく防衛本能ですね」
ゆっくり、ゆっくり、耳元で囁くように喋る声に、肩の力が抜けるのを感じる。吐くことを意識して、上がっていた呼吸を整える。目を覆っていた手が退けられ、見回せば、動物達は消えていた。漸く消せた。
「落ち着きましたか?」
「ごめん、なさい」
握っていた手を離され、髪をぐしゃぐしゃと掻き回される。正面に回り込んだドスさんは、怒った顔はしていなかった。
「初めて見る動物が居ました。一歩歩く度に撫でろと群がられるのは困りましたが、しっかり勉強出来ていますね」
「でも、ちゃんと、使えない」
「その為の練習ですよ。先程のは、少々驚いてしまっただけです。何の問題もありません」
「でも、」
「以前よりも制御は上手く出来ています。視界の混線はしなかったでしょう?」
そう言われてみれば、ずっと見えていたのは、この部屋だけ。視界が勝手に切り替わることは無かった。
「一緒にお茶でも如何です?少し休めば、気分もきっと変わりますよ」
「うん」
乱れた髪を整えて、手を借りて立ち上がる。ふと思い出して、寝台に投げた図鑑を棚に戻す。その背表紙を撫でて、部屋を出た。
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