日課


 放課後、日課になってしまった日誌を書く為に、何時ものように、何時もの空き教室へ。部室の方へ顔を出しても良いけど、部長さんと二人きりだった場合、大変気不味い。それにどうせ此処に来るのだし、と、時間を潰す。宿題をして、本でも読んでいれば、時間なんてあっという間に過ぎる。プリントと教科書を机に広げると、扉の方から音がする。
「……あれ?先輩、部活は?」
「澁澤君には休むと連絡しました」
 二人しか居ない部活動。一人休んだら、成り立たないのでは。向かいに座り、頬杖をつく。目の前にいるのに、何処か別の所を見ているような顔をしている。
「……ぼくの顔に何か?」
「ん?ううん。疲れてるのかな、って」
「人の事を気にする前に、手元に注意を向けるべきですね。そこの公式間違ってますよ」
「え、嘘!」
 指で示された箇所を見直す。確かに、途中から計算が違う。消して、ゆっくりやり直す。
「これで合ってる?」
「ええ」
 良かった。その後も時々指摘されながら、宿題を終わらせる。見落としが無いか確認していると、先輩の手が教科書を捲る。
「先輩」
「何です?」
「何で部活お休みしたの?」
 ぱたり。教科書が閉じられた。
「呼び出しを受けたので」
「生活指導?」
「いいえ、告白の類の」
「へえ」
 プリントと教科書を鞄に仕舞う。まあ、先輩、美人さんだし。寧ろ今まで無かったんだろうか。入学してから、というか、連行されてから、先輩は部活動皆勤だった気がするけど。
「ドス先輩、そういうの多そう」
「最近は減っていたのですけどね」
 やっぱり。減っていた、と言うのだから、呼び出しは昼休みか。人も多そうなのに勇気がある。けれどこの美人と付き合うってなったら、注目の的になるだろうし。人目があるとか気にしていられないのかもしれない。
 筆記用具を片付けて、本を出す。まだ帰る気にはなれない。それにドス先輩も帰る気配がない。栞の場所で開く。目と口が違う動きをする。
「彼女作らないの?」
「考えてないです」
「どうして?モテるのに」
 前髪に触れる気配。顔を上げると、先輩と目が合う。凄く静かな、感情の凪いだ表情。
「詩音は?恋人の予定は無いのですか?」
「あったら毎日此処に来たりしないよ」
「では、ぼくはどうですか?」
 する、と指の背が頬を撫でる。……今何を言われた?瞬くと、堪えきれなくなったように、先輩がくつくつと笑い出す。
「何で笑う?!」
「だって、凄い顔してますよ、貴女」
「酷い!」
 ひとしきり肩を震わせて、はぁ、と息を吐く。それから、とびきり優しい目をして、微笑む。
「心地良いんですよ。貴女とこうしている時間が」
 蕩けそうな程に、柔らかく歪む紫。頬に触れる、荒れた指先の感触。
「考えてないんじゃなかったの?」
「貴女を他人に奪われると思うと苛々するんです」
 サイドの髪を耳に掛けられる。少しだけ開けた視界。何となく、心臓が早い気がする。
「……ドス先輩はさぁ、そういうとこあるよね」
「おや、嫌でしたか?」
「嫌じゃない。ていうか、私も嫌だ」
 ひんやりとした手を掴む。顔が熱いのはきっと、この手のせい。
「先輩とこうしてる時間が無くなるのは、嫌だ」
「……そうですか」
 夕日の赤が窓から差し込む。窓の外から、運動部の声が聞こえる。教室には二人きり。掴んだ手を、指を絡めるようにして、握りこんだ。


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