下校時間


「先輩、ごめんなさい。やり残した事があるの」
 生徒のほとんどが下校を済ませた校内。紅い光が差し込む空き教室で、本を読む先輩と向かい合って座る。挟んだ机に筆記具を広げると、先輩は本から視線を動かさずに言った。
「活動日誌でしょう?さっさとやってしまいなさい」
「今日もこの時間が来てしまった……!」
 林檎自殺倶楽部等という物騒極まりない名前の部活動。その日誌を書く。毎回毎回書く内容に困る活動しかしていないから──否、たまにまともに書ける事があったりする。ここ最近は部長がよく他校に行くので、比較的考えずに済むから楽ではある。しかし何が問題か。私が部員ではない事だ。
「ねえ、ドス先輩。私、林檎自殺倶楽部の部員じゃないんだよ、知ってた?」
「ええ。ですが、ぼくの恋人兼後輩ですから」
「それで納得するとでも?」
「納得されても困ります。何の面白みも無い」
「遊んでる?私のリアクションで。遊んでるでしょ、ねえ?」
 日誌の未記入の頁を開き、ボールペンの芯を繰り返し出し入れ。白い頁と睨めっこしていても口はよく回る。
「大体さぁ、部員が書くんじゃないの?」
「澁澤くんが書くとでも?」
「そうだけどそうじゃなくて……良いや、もう」
 部員と言ったのに部長の名前が出てきた辺り、先輩も書く気が無い。何度遠回しに書きたくないと言っても意味は無い。結局のところ、私以外に書く人が居ない。さしあたって日付と記入者を書く。さて、後はどうしよう。
「書く事も殆ど無いのに、これ付ける意味ってあるの?」
「これでも一応部活動ですから。体裁を整えておくに越したことはありません」
 このやり取りも何度目か。お決まりになりつつある。
「口より手を動かしなさい。早くしないと先に帰りますよ」
 ボールペンをノックする手が止まる。
「え、やだ、待ってて!置いてかないで!」
「なら、早く書いてしまいなさい」
 以前の内容を見返し、当たり障りのない事を書く。筆記具を片付け終えるのと、先輩が本を閉じるのはほぼ同時。
「では帰りますか」
「待って、提出して来なきゃ」
「玄関に向かってます」
「先に帰らないでよ、待っててね」
 早歩きの範囲内で教務室に。顧問の机に日誌を置いて、玄関まで急ぐ。先輩が靴を履き替えていた。
「流石に早いですね」
「急いだからね!」
 ドス先輩が玄関から出ようとしている。慌てて靴を履いて追い掛け、空いてる方の手を握る。
「ねえ!置いて行かないでって言ったじゃん!」
「貴女が遅れただけでしょう?」
 最終下校時刻のチャイムが、校門まで響いた。


←前 戻る 次→

TOP
HOME