入学初日


 桜が満開になるにはまだ少し早い春。入学式。先生達を話を聞くだけの退屈な時間を乗り越えて、ざっくりとしたカリキュラム説明。ホームルームも終わり、放課後。今日から暫くは体験入部の期間だ。目当ての部活動がある友人達と裏腹に、私は特にやりたい事も無く、かといってさっさと帰る気も無く、とりあえず図書室で時間を潰そうと思ったのだが、さてここは何処だろうか。学校見学で貰ったパンフレットを眺める。この分じゃ、最終下校時刻を迷子のまま迎えてしまうかもしれない。
「いつもの事ながら、先行きが不安にしかならないんだよなあ」
「ではご案内しましょうか?」
「ひぃっ!?」
 ばっと振り向く。学校見学の時にお世話になった先輩が居た。
「お久しぶりですね、詩音」
「そうですね!?お久しぶりです!」
「また迷子ですか?」
「そうですけど!先輩は何で!いつも背後に居るんですか!」
「貴女がぼくの行く先で迷っているだけの事です」
 ばくばくと走る心臓を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。もう、本当に、心臓に悪い。じっと無表情でこちらを見ていた先輩が、不意に思い付いたように口を開く。
「詩音、暇でしょう?」
「え、何ですか、藪から棒に。暇ですけど」
「丁度良いです、付き合いなさい」
 笑顔とは裏腹な命令形。断らせないという強い意志を感じる。嫌な予感しかしないけれど、断ったところであの手この手でやり込められる気がする。
「……因みに、何をさせるつもりなんです?」
「一寸した筆記仕事です」
 そんな曖昧な説明のみで、連れてこられたのは人の居ない教室。机を挟むように配置させた椅子に座り、目の前に置かれたのは日誌。
「………………先輩、待って?」
「何をです?」
「これ部活動日誌って書いてあるよ」
 部活に所属していたのか、この先輩。表紙を開くと、部員の項目に名前が二つ。部長には日本人の名前。もう一つが先輩の名前だろうか。フョードル・ドストエフスキー。何処の国の人だろう、何時か聞いてみよう。それよりも、だ。何だこの部活動。林檎自殺倶楽部とは。
「部活動名にとても不穏な単語が含まれてる気がするんですけど」
「気のせいでしょう」
「気のせいじゃないです。え?入部勧誘ですか?」
「いいえ。言ったでしょう?筆記仕事ですよ」
 ぱらぱらとページを捲る。……成程、空白が目立つ。この先輩はまだしも、部長も書いてないのか。そんなに自由で部活が成り立つものなの。
「入部は不要。活動日にそれを書くだけです。楽な仕事でしょう?」
「それ実質入部と同義じゃないですか!」
「おや、成長しましたね」
 前はもっと素直だったというのに、なんて。先輩曰くの褒め言葉。
「どうせ暇なのでしょう?」
「私の意思は」
「関係あると思いますか?」
 にっこりと、先程と同じ良い笑顔。拒否権なんて最初から無かったんだと察した。無言のまま見つめ合い、諦めて息を吐き、筆記用具を机に出す。
「ジュースくらい奢ってくださいよ、ドス先輩」
「考えておきます」
 ボールペンの芯を出し入れする音が、暫く続いた。


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