練習


「異能力の制御から始めてみましょう」
 ドスさんに、異能力を発動するように言われた。発動、と言われても、今まで意識して動物を出していた事がない。
「無意識で行えていたのであれば、何時でも出来るという事です」
「そう、なんですかね?」
「例えば呼吸、瞬き。これらは意識せずとも常に繰り返されているものです。ですが鼓動や血流と違い、意識して制御する事も可能です」
「成程」
 理屈は分かった。けれど、出来るかどうか。暫く首を傾げて悩んで、悩んで、掌を天井に向ける。淡い青い光の中に、佇む小さな鼠。その姿を視界に納め、ほう、と息を吐く。
「一匹で良いの?」
「先ずは一匹からが良いでしょうね」
 掌に乗るそれを、ドスさんはつまみ上げ、箱の中に入れて蓋をしてしまった。箱を持ち、少し離れた場所に座る。
「さて、この箱の中身は何でしょうか」
「えっ」
「貴女の異能力は、動物を出すだけの力ではありませんよ」
 見たくないものも見たでしょう?その言葉に、唇を噛んだ。見たくないものしかなかった。上手に使えていれば、見なくて済んだもの。目を閉じて、力を抜く。薄暗い、狭い箱の中で、動く視線。そこにある物。
「……チョコレート?」
「正解です。よく出来ました」
 手を出すように促され、言われるがままに差し出す。掌に、箱から出した異能鼠と、個包装のチョコレートが乗せられる。
「御褒美です」
 くしゃりと頭を撫でられる。ついでにと、鼠も撫でた。
「暫くはこの形式で制御の練習をしましょう。慣れてきたら、箱を増やして、視点を切り替える練習です。ですが、あまり時間は掛からないかもしれませんね」
「どうして?」
「ぼくの鼠さんは、随分と優秀なようですから」
 掌の鼠を、チョコレートと共に、両手でそっと握り込んだ。蠢く感触が、少しだけくすぐったかった。


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