水中花


「水族館に行きたい」
 詩音がこう言う時の本意は別にあると知ったのは、割とつい最近の事だ。
 嘘を吐いているわけではない。ただ少し、表現が独特なだけで。それはぼくの体調を気遣っての事であったり、単に本心に気付いていない時であったり。
「それなら、プールに行きましょうか」
 何時か水族館で、水中に居るみたいだと言っていたのを思い出す。
 提案すれば、ぱぁ、と表情を明るくする。正解だったようだ。
「水着!水着買いたい!」
「ええ、付き合いますよ」
 何時にしようかと、スマホのカレンダーを開いた。

 そして約束の日。比較的、人が少ないと思われる場所と時間を選んだ。
 詩音に連れられ共に選んだ水着は、私服のようにも見える。タンキニビキニというらしい。
「あまりはしゃぐと転びますよ」
「だーいじょうぶ!」
 早速水に入るのを、プールサイドに腰を下ろして眺める。水に足をつければ、いささか体感温度が下がったように感じる。
 ぷかぷかと浮いて、思い出したようにバタ足。水と体を馴染ませているのか、水中での動きを確認しているのか。
 一通り動き終わったあと、一旦休憩、と隣に座る。
「やっぱりプール楽しいね」
「良かったですね」
 ぱしゃぱしゃと水を蹴って遊ぶ。水の冷たさが気持ちいいのか、目を細める。
「詩音は水辺だと生き生きしますね」
「そう?」
「ええ。最近は気温も高かったですし、過ごしやすいのもあるかと思いますが」
「まあ、水は好き」
 そう言って、体をぐっと前のめりに。重力に逆らわず、水に飛び込む。
 人の間を縫って、水底をスイスイと泳ぎ回る姿は、魚のようだ。
 次は何処で顔を出すだろう。
 視線を投げた先で、浮上する姿。呼吸を整えて、また沈む。
 此方に来るだろうか。足元を見る。
「ねえ、先輩も入ろ!」
 ばしゃり。水面が跳ねる。想定通りの場所に顔を出した彼女に腕を引かれ、プールの中に。
「人魚姫は飽きました?」
「うん?あのね、水底から見る水面ってとっても綺麗なんだよ!」
「ええ、そうでしょうね」
 貴女が好んで沈むのですから。
 共に沈んだ水中は驚く程静かで。見上げた水面の揺らぎはとても美しく。水から顔を出して笑う彼女の顔は、いつも以上に幼く、可愛らしく見えた。
「……そろそろ上がりましょう。疲れました」
「あ、ごめんね、連れ込んじゃって」
「構いませんよ。良い物が見れましたから」
 写真に残せないのが残念ですが。これからも、幾らでも見れると思えば。


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