散歩


 異能力を通して、仲良く歩く男女を見た。一目見て恋人同士なのだと察した。手を繋いで、幸せそうで。羨ましいと、思った。二人で外出したことが無いわけではない。けれど、そのどれもこれもが仕事絡みだった。
「……どうしました?」
「え、な、何が?」
「落ち着きがないようですから」
 見たものを書き記した書類を渡して、確認が終わるのを待っていた。そわそわしているのを気付かれた。当然か。一つ深呼吸をして、持てる限りの勇気を振り絞る。
「あ、あの、頭目!」
「はい」
「出掛け、ない?えと、二人、で……」
 心臓がどくどくと、耳のすぐ傍で鳴っているみたいに、五月蝿い。気を抜くと止まりそうになる呼吸を、ゆっくり、静かに、繰り返す。何度か繰り返していたら、私のものでは無い、息を吐く音。ぎゅっと身を固くした。
「詩音」
「あ、と、その」
「貴女に言葉を覚えろと言った事、覚えていますか?」
「は、え……?」
 咄嗟に肯定しそうになって、思考がぴたりと止まる。今、何故、その話?
「やり直し」
「えっ」
 予想外の言葉。止まった思考を必死に回す。あー、だの、うー、だの言って、言葉を探しながら、視線をあちこちに泳がせる。この状況で最適な言葉。どんなに考えても、一つしか見つからない。
「え、えと、えっと……フェー、ジャ……?」
「正解です。続けて?」
 柔らかい声。深く息を吸い込んで、言葉を絞り出す。
「デート、し、よう……?」
 尻すぼみに、疑問符がついてしまった。言い切ってからの静寂が、重い。
「ええ、構いませんよ」
 全身から力が抜ける感覚。顔が熱い。心臓が、さっきより五月蝿い。痛いくらいだ。うっかり止まってしまわないか不安になる。
「お誘いだけで、何故疲れてるんです?」
「だ、だって!やり直しとかさせるから!」
「その状況に相応しい呼び方すら出来てないのですから、当然でしょう?」
 最初のでさえ、物凄い勇気を絞り出したのに。それをもう一度なんて、自分を褒めたい。
「さて、何処に行きたいですか?」
「……海、が見たい」
 そこまで考えてなかった、何て言えず。思いついた事を答える。
「構いませんが、何時も見ているでしょう?」
「いや、あの……ただ、仕事とか、そういうの関係無しに、フェージャと出掛けたいだけ、だから……」
 目的を持たず、ただ歩くのも悪くないなと思った。そんな意味の無い事がしてみたいと。それが出来たら、許容してもらえたら、どんなに幸せか、と。
「……成程。では、散歩でもしますか」
「良いの?」
「貴女が誘ったのでしょう?」
 行きますよ、と言われ、慌てて着いていく。午後を回って日は高い。天気も悪くない。気候も穏やか。散歩をするにはうってつけだ。玄関から外に出れば、太陽が眩しい。どちらからともなく手を繋いで、歩き出す。指を絡ませて恋人繋ぎ。何も言ってないけど、察してくれたのか。
「ねえ、フェージャ」
「何です?」
「また誘っても、良い?」
 願わくば、次が欲しい。そう思うのは我儘なんだろうか。手を引かれ、近かった距離が更に寄る。指に口付けられ、微笑まれ。口角が上がる動きを指で感じて、心臓が跳ねる。
「次はもっと、恋人らしく誘ってください」
「こっ、いびとって」
「おや、違いましたか?」
「そういうの狡い!」
 どうやら次があっても良いようだ。しかし、これは心臓にとても負担がかかる。照れ隠しに繋いだ手を振り回すも、ニコニコしているだけ。悔し紛れにぎゅっ、と強く手を握った。


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