情
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詩音を見る。紙に向かって難しい顔をしている。悩んでいるのではなく、集中しているだけなのだが。
ちり、と項辺りに不快とすら思えるような感覚。
「詩音」
名を呼べば振り返る。ぱち、と瞬いて、小首を傾げて、近寄って来る。手を差し伸べれば手を重ね、引き寄せる力に抵抗をしない。
拾ったばかりの頃であれば、警戒されていただろう。よくもここまで懐柔出来たものだと思う。
「何?」
「最近寒いので」
足の間に座らせて、腹に腕を回す。自分よりも高めの体温が心地良い。
ぎゅっ、と抱き締めれば、困ったように身動いだ。
「頭目、私、まだ仕事残ってて」
「詩音はぼくが一人凍えていても平気なんですか?」
「何でそういう意地悪言うかな」
ぷく、と頬が膨らむ。愛らしい。しかし本気で困っているようで。あまり虐めるのも可哀想か。
「なら、此処でしてください。捜索なら何処でしても同じでしょう?」
「……書くもの取って来るから」
「此処に有りますよ」
紙と筆記具を渡せば、諦めたように息を吐く。それから直ぐ、静かな室内に、紙の上を筆記具が走る音が響く。真剣な表情。普段に比べて、大人びて見える。
そっ、と腕を動かして、腹に掌を当てた。鼓動が微かに伝わってくる、薄くて柔らかい腹。此処に、この奥に、欲を捩じ込みたい。蹂躙して、自分のものだと主張したい。
けれどそれをしてしまったら、この子はきっと怯えるだろう。軽蔑するだろうか。いや、嫌悪されるかもしれない。何れにせよ、好意は消え去る事だろう。それでは意味が無い。
未だ、未だだ。人と接する機会が少なかったせいか、人間的な部分が希薄な子だ。もう少し、時間が掛かる。心を溶かして、埋めて、この子から求めるように、人としての欲を覚えさせる。嗚呼、あとどれ程の時間が掛かるのだろう。じっくり、じっくり育てなければ。怖がらないように、怯えないように、ゆっくりと。
背中に額を押し付けて、そっと息を吐く。焦げ付くような感情は、今のこの子には毒でしかないのだから。
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