バレンタイン


 国が違えば習慣は変わる。この国では、バレンタインデーには女性から男性に猪口令糖を贈るが、諸外国では男性から女性に贈り物をするのが主だ。
 却説、詩音は花が好きだったろうか。嫌いでは無さそうだが、好き好むかと言われればそうでは無かったように思う。
 一度、花屋に連れて行った時を思い出す。小ぶりで、控えめな色の花に目を奪われていた。
「となると、花は喜ばない気がしますね」
 否、喜びはするだろうが、本心ではない。好意を無碍にするまいと、必死に笑顔を繕うのだ。あんな表情は、見ていても面白くはない。
 しかし一本では味気無い。束としたところで、派手なものは好まない。花を贈るのは辞めた方が良いだろう。
 それ以外で、何か詩音が喜びそうなものは何だろうか。
 大人びて見えるが、存外子供らしい子だ。形として残る物が良いだろう。であれば縫いぐるみが妥当か。
 白い熊を購入し、もののついでにメッセージカードを持たせる。
 何と書こうか。露西亜語を覚えるのは当分先になるだろう。
「もし読めたら驚くでしょうね」
 愛しい子へ、と書いて。読めるようになる時まで、あの子はこれを大事にしてくれているだろうか。
 ふ、と自嘲するような笑みが零れる。まるで、詩音がこの先も傍を離れないと確信するような思考。
 少しあの子に毒されただろうか。純粋な、白い魂。あの子の傍は心地良い。
 そろそろ帰ろう。店を出る直前、リボンが目に入る。赤みの強い紫色のリボン。あの子が好きな色だ。
 熊の首に結べる長さを購入し、今度こそ帰路に着く。
 嗚呼、あの子はこれを見て、どんな表情をしてくれるだろうか。


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