風邪
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「風邪ですね」
「か、……」
呼吸をし損ねて、ゲホゲホと咳き込む。ドスさんが背中を摩ってくれる。
「今日は薬を飲んで寝ていなさい」
「はい……」
「用意してきます。少し待っていてくださいね」
部屋を出て行く背中を見送って、横になって毛布を被る。静かな部屋。時計の針の音がよく聞こえる。
目を覚ました。いつの間にか寝ていたようだ。薄い布団と、古い畳の色が目に入る。物の少ない見慣れた部屋。起き上がろうとして、上手く力が入らずに、布団に沈む。嗚呼、そうだ、風邪を引いたんだった。どうにか上体を起こし、熱を測り、枕元を手で探る。ペットボトルに入れた水と、出掛けにお母さんが投げて寄こした市販の錠剤薬。飲んで、横になる。寝ようとしても寝付けない。音のしない室内。時計の音がよく響く。
ふと、今此処に、私は一人なのだと。ぎゅ、と唇を噛んで、布団の端を掴んで、体を抱き締めるように身を丸める。胸が、心臓の辺りが、ザワザワする。寂しい。何でもいいから動物を出そうとして、出せなかった。こういう時に限って何も出て来ない。いつも鬱陶しいくらいに出る癖に、何で。お母さん、早く帰って来ないかな。帰って来たところで見向きもされないだろうけど。頭痛と、熱で、視界が滲む。寒気がする。息苦しい。呼吸が早い。きつく目を閉じて、体を丸く、固くした。
次に目を覚ましたのは、見慣れない寝台の上。厭な夢を見たのだと、じんわりと理解する。呼吸と心臓が少しだけ早い。服が汗を吸って湿っている。呼吸が渇いた喉に引っ掛かって咳き込んだ。落ち着かせて、ごろりと寝返りを打つ。それから、寝台の横で椅子に座って本を読んでいるドスさん。何で、と目を見開く。サイドテーブルに置かれた薬と水差し。ドスさんが用意してくれたものだろう。けれど、何で、そこに居るんだろう。これも、また、夢だろうか。思考がぼやけるせいで、夢と現実が曖昧な気がする。
「起きましたか」
本を閉じたドスさんの手が、額に触れた。ふ、と息を吐く。胸が軽くなる感覚。嗚呼、これは、現実だ。
「気分はどうです?」
「……あんまり」
「薬は飲めそうですか?」
「多分」
支えてもらいながら体を起こして、薬と水を飲む。水分で、多少喉が楽になった。
「汗を掻いているなら、直ぐに熱も下がるでしょうね。汗は拭いてしまいましょう。濡れタオルを持って来ますから、その間に一旦着替えておきなさい」
「あ……」
扉に向かおうとするドスさんに手を伸ばして、服の裾を掴んだ。ドスさんが、少しだけ驚いた顔をして、振り返る。
「何です?」
「えっ、や、その……」
寂しいから、と珍しく答えがハッキリと出ているのに、口から出てこない。言い淀んでいると、ドスさんが椅子に座り直して、頭に手を置かれた。
「え、え、わっ」
「普段もそれくらい素直だと良いのですけどね」
わしゃわしゃと混ぜられて、ぐしゃぐしゃになった髪を整えている間に、ドスさんはまた立ち上がる。
「直ぐに戻ります。ですから、早く着替えてしまいなさい」
「は、はい」
「良くなるまではなるべく傍に居ますから、心配しなくてもいいですよ」
とても優しい、暖かい声。閉じた扉を見つめて、着替えを出そうと、ふらつきながらも寝台から出た。
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