幸福の形


「フェージェニカ」
「何です?」
「少し、お散歩しない?」
 誘う呼び方。幾分か幼い声と口調。伺うような目。甘えたいのだと察した。その為の、外出のお強請り。
「そうですね。今日は天気も良いですし、気分転換にでも行きましょうか」
 嬉しそうな顔をして、外に出ようとする詩音に、薄い外套を渡す。
「今日は外套要らないと思うよ?」
「念の為です。貴女は直ぐ体調を崩しますから」
 まだ日は高いとはいえ、夏に比べて気温は大分下がった。寒暖差に弱い彼女は、季節の変わり目には必ず風邪を拗らせる。
 外に出れば、ひんやりとした風を感じる。矢張り外套を着せて正解だった。それでも寒そうにしているのだから、帰ったら体を温めさせないといけない。
「それで?」
「うん?」
「手は繋がなくても良いのですか?」
 隣を歩きながら言葉を促す。甘えたそうだった割に、そういう事を言い出さない。
「うーん……まあ、ただ、外に出たかっただけだし」
「本当に?」
「屋内に居るだけってのも、勿体ない気がして」
 ぼんやりと、遠くを見つめるような目。
「折角、フェージャの誕生日だから」
 嗚呼、だからあの呼び方をしたのか。あの呼び方で、甘えた声で強請れば、そうそう断られないと分かっているから。
 しかし、やけに歯切れが悪い。何かを言い淀んでいるのか。視線を落として、上の空になっているのに、それでも足は止めない。癖なのか、人気の少ない方に向かっているようだ。やがて辿り着いたのは、雑草が生い茂る廃公園。
「逢瀬には色気が無い場所ですね」
 応えは無い。顔を赤くして反論してくる事を期待したのに。
 荒れた公園無いを歩いていたら、急に歩を止めた。釣られて足を止めて振り返る。大きく息を吸い込んでいる様子が視界に映る。
「……うん、よしっ」
 何かを決意したように、気合いを込めた声。大きく数歩踏み出した。
「ねえ、フェージャ、見てて!」
 踵を軸にくるりと反転。同時に、青く染まる視界。何羽もの青い鳥が羽ばたいて、空を翔ける。その美しさに、息を呑みそうになった。
「──嗚呼、ルリビタキ、ですか」
 ふわりと落ちてきた羽を乗せようと、手の平を上に向けた。しかし乗ったのは羽ではなく、鳥。見つめていると首を傾げるような仕草をする、小さく、愛らしい生き物。
「しかし何故、突然これを見せようと?」
「ん?んー……何となく」
 えへへ、と笑って答える。却説、どう問い詰めようか。しかし此方が口を開くより早く、詩音が言葉を発した。
「フェージャが教えてくれたから、こうやって、ちゃんと使えるようになったんだよなって思ったから」
 そう言って、自分の手の平に一羽、ルリビタキを乗せる。
「こんな事、昔は出来なかったし」
 異能力に怯えて、上手く制御出来ずに居た。いつ暴走させてしまうかと、常に気を張っていた。そんな彼女の、異能に対する警戒を解くのは、然程難しい事でもなかったが。
「だから、まあ、贈答品っていうか、学習発表?みたいな。うん、それだけ。誕生日おめでとう、フェージャ」
 照れているのを隠すように、自分の手に乗る鳥を消した。本当に、それだけなのだろう。
 未だ手の平に乗ったままの鳥を見て、ふ、と息を零す。頬が緩んでいるのが分かる。
「有難うございます。ですが、詩音」
 近づいて、目線を合わせる。微笑み掛ければ、キョトンと目を瞬かせた。
「青い鳥の話を知っていますか?」
「青い鳥、って、幸せの?」
「ええ、そうです」
「それがどうかし、……」
 二度、三度と瞬きをして、気付いたか。見る見るうちに顔が赤みを帯びていく。耳まで染まって目を泳がせる。
「あ、あ、あの!」
「はい」
「あの!別に!そういう事ではなくて!」
 必死に言い募るのが可笑しくて、可愛らしくて。平然としていればいいのに、言い訳をするのは何故か。噛み殺しきれなかった笑いが溢れると、益々慌て出す。
「別に誤魔化さなくても良いのですよ?貴女の幸福はこの姿をしている、そうでしょう?」
「違、」
「小さく、手の平に収まる程の大きさでも、美しく愛おしい。違うのですか?」
 口篭ってしまった。それでも何かを言おうとして、何度か口を開閉させるが、言葉が出て来ない。追い討ちを掛けるように、鳥に唇を寄せれば、硬直する気配を感じた。
「ぼくは好ましいと思いますよ。素敵な贈答品を有難うございます」
「っ、馬鹿!」
 ばしばしと腕を叩かれるが、あまり痛みを感じない。加減しているのが分かる。
「馬鹿!フェージャの馬鹿!」
「照れ隠しですか?」
「違うもん!」
 叩くのを止めたかと思えば、頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。青い鳥も消えた。完全に不貞腐れてしまっている。
「詩音、そんなに拗ねないで」
「拗ねてないもん」
「どうすれば機嫌を直してくれますか?」
「……フェージャの青い鳥、教えてくれたら許す」
 頬を包み、目を合わせると、じっと睨むように見詰めてくる。それを聞いてどうするつもりだろうか。散々揶揄った意趣返しのつもりか。ルリビタキを幸福の形と比喩したから。
「それは困りましたね」
「何で」
「ぼくに青い鳥は居ないので」
 鳥にしたのと同じように、詩音の頬に口付け、まだ何かを言おうとする口を塞ぐ。重ね、触れ合わせるだけの接吻。唇を離せば、怒ったような、困ったような顔をしている。
「そうやって誤魔化す」
「誤魔化してませんよ。何故ならぼくの幸福は、鳥の姿をしていませんから」


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