年越し
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「上手に出来ると良いけど……」
気が済むまで捏ねた麺麭生地をラップに包んで、暖かいリビングで発酵させる。その間にみじん切りにした玉葱と挽肉を炒めて、ソースと塩胡椒。火を消して、茹で卵を潰しながら混ぜる。
「で、良いんだよね?」
作り方を確認。今日ばかりは失敗したくない。大体麺麭生地で失敗するから、そちらの方が不安だけど。粗熱を取っている間に、人参とじゃがいもを小さく角切りにして、まとめてレンジでチン。
はあ、と吐いた息が、ほんのりと白くなる。火を使っているとはいえ、台所では足元が冷える。時々足を動かしながら、サラダ用の鶏肉と、茹で卵、ピクルスも。全部合わせてボウルに入れて、マヨネーズを加えて混ぜる。一旦汚れ物を洗っていると、ぴぴ、とタイマーが音を立てる。生地の様子を見に行く。上手く膨らんでる。適当な大きさに分けて、フィリングを包んで、少し寝かせてから揚げていく。焼くよりも、私はこっちの方が好き。狐色になったら取り出して、完成。
「後は餃子……ペリメニ、だっけ」
あれは茹でるだけ。もの自体は昨日の内に作ってある。から、大体の事は終わった。三鞭酒は冷やしてあるし、洋盃も同様に。まだまだ時間はある、何をしようか。洗い物をしながら考える。
「良い匂いですね」
「フェージャ」
「手伝いますよ」
「大丈夫、もう終わる」
鍋とフライパンを元の場所に戻していると、フェージャがサラダの摘まみ食い。
「ビーツは入っていないのですね」
「うん、入れてない。ボルシチ作ったし」
簡単に作れるし、美味しいから好き。でも、サワークリームが無い方が好き。
「では作業は終わりですね」
「うん、あとペリメニだけ。でもちょっと作り過ぎたかも」
「どうせゴーゴリが来ますから、丁度良い位ですよ。ゆっくりしましょう」
「紅茶で良い?」
「いえ、詩音が良いです。貴女と会話がしたい」
ポットの準備をしようとしたのを止められる。そういうことなら、とリビングに。ソファーに並んで座り、テレビを付ける。年末は長時間放送が多いから、暇つぶしにはなるだろう。
「任せっきりにしましたが、疲れてはいませんか?」
「そっちこそ。さっきまで何かしてたんでしょ?終わったの?」
「区切りがついた、と言ったところですね」
私に何も言わないということは、手伝える事は無いのだろう。
「お疲れ様」
なら、労わるしか出来ない。肩に凭れ掛かると、頭を撫でられる。
「年が明けたら忙しくなります。貴女も、心の準備はしていてください」
「分かった」
計画が本格的に始動するんだ。その為の準備。ただどうか、彼にとって良い結果になればいい。
目を閉じて、鼓動を数える。控えめにしたテレビの音量が、脳に心地いい。いけない、寝てしまいそうだ。
「そろそろ支度をしますか」
「三鞭酒も持って来ておく?」
「嗚呼、そうですね、お願いします」
年越しに備えて食事の準備。汁物を温めて、冷えた三鞭酒を冷蔵庫から取り出す。洋盃とお盆に乗せて、リビングの卓子に。年明けまでもう少し。
「紙と洋筆も用意していただけますか?」
「?うん、良いけど」
「それから点火器もお願いします」
「分かった」
ご要望通り、紙と洋筆、点火器を揃える。そうこうしている間にカウントダウン。洋盃に注ごうとして、止める。フェージャが紙に何かを書き付けている。
「何してるの?」
「気にしないでください、大した事ではありませんから」
「そう?」
まあ、そう言うなら。三鞭酒を注いで待つと、紙に火をつけ、灰を三鞭酒に落とした。
「いや、何してるの?!」
「一年の計は元旦にあり、というでしょう?似たようなものですよ」
そんな馬鹿な。しかし涼しい顔で洋盃を持つから、何も言えなくなってしまう。
「明けましておめでとうございます」
「嗚呼、うん、おめでとう」
日付が変わる。洋盃を軽くぶつければ、高い音を立てる。口に含むと酒精の香り。けれど甘くて、結構好みの味。これなら多少は飲めるかもしれない。
「これ美味しいね」
「折角の新年ですから、詩音と飲みたかったので」
どうやら飲み易いものを選んでくれたみたいだ。その心遣いが嬉しい。
「で、さっきのは何だったの?」
「願掛けです。年が明ける直前の一分以内に、願い事を書いた紙を燃やした灰を三鞭酒に入れて飲む事が出来たなら、願いが叶うと言われています」
「ふぅん」
露西亜の習慣か。そういえば、この新年のお祝いも露西亜式だ。拾われてからずっとこの形式だから、あまり気にしていなかったけど。
「それより、あまり飲んでばかりいると直ぐ酔いが回りますよ。貴女は特に、酒精に強く無いのですから」
「あ」
そうだ、これお酒だ。飲み易いから忘れてた。いただけます、と手を合わせて、ボルシチを食べる。
「ペリメニは初めて作りましたよね」
「うん、でも、本当に水餃子と同じだね。途中から普通に餃子作っちゃってた」
「味は変わりませんし、良いのでは?」
サワークリームはフェージャ用。私は醤油で。三鞭酒のお代りを注いで貰って、そろそろお茶に変えようかと思い始めた頃、玄関から音がする。
「ゴーさんかな」
「ゴーゴリ以外にいませんよ」
「出てくる」
「ぼくが行きますから、詩音は彼らの洋盃をお願いします」
彼ら、という事は、シグマおじさんもいるのかもしれない。三鞭酒用の洋盃で良いのかな。それとも、普通の洋盃が良いのかな。どっちも用意しておこう。あと、二人の分のお皿と料理も。夜はまだ、これからなのだから。
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