勝者こそが正義なのだ


白ひげはぐぐっと両腕を構えると、ニヤリと挑発的に笑って腕をドォン!!!とくうに叩きつけた。そこからバキバキと音を立てながら空気がひび割れていく。やがて、大きな爆発が起こった。

「さすが…能力者は怖いなぁ…」

エドワード・ニューゲートの悪魔の実、グラグラの実。食べると強力な振動を発生させ、地震人間へとなる。もちろんただの人間が食べたところで、その能力に押し潰されてしまうことも容易に考えられる。
強靭な肉体を持った白ひげだからこそ、グラグラの実の能力は最大限に発揮されるのだ。それほど強大な力。世界を滅ぼすことだってできる。けれど白ひげは今まで、一度だってそんなことをしたときはなかった。彼の“世界”とは“家族”。その“家族”の生きてる世界を滅ぼそうだなんて、彼はきっと思ったことすらないのではないだろうか。
大切なのは“家族”。白ひげにとってはそれがすべて。

「…………!! オヤジ……みんな……おれは、みんなの忠告を無視して飛び出したのに…何で見捨ててくれなかったんだよォ!!! おれの身勝手でこうなっちまったのに………!!!」

自分のせいで敵陣のど真ん中へと来てしまった家族に、エースは処刑台から叫ぶ。泣きそうに歪められた声色は、聞いているだけで胸が締め付けられる。
みんなわかっている。エースがどれほどの覚悟を持って船を飛び出したのか。だが、処刑されるとなれば話は別。大事な大事な末っ子をみすみす海軍に渡すほど、〈白ひげ海賊団〉は甘くない。
むしろ、センゴクはこれすらも視野に入れていたのではないだろうか。白ひげが家族を見捨てる男ではないことを知っていて、エースの公開処刑という罠を仕掛けて、〈白ひげ海賊団〉は罠につられてしまった。
――たとえ、そうだとしても。それは〈白ひげ海賊団〉にとっては些細なことだった。

「いや…おれは行けと言ったハズだぜ、息子よ」
「………!!? ウソつけ……!!! バカ言ってんじゃねェよ!!! あんたがあの時止めたのにおれは……」
「おれは行けと言った――そうだろ、マルコ」
「ああ、おれも聞いてたよい!! とんだ苦労かけちまったなァエース!! この海じゃ誰でも知ってるハズだ」

マルコが目の色を変えてそう言うと、船内からは沢山の声が上がっていく。そのどれもがエースを捕まえたことに対する宣戦布告のように聞こえた。
白ひげ海賊団の士気が高まると、突然ズズズズズ…と地面が揺れた。いきなりの地震に皆が思わず海の方を見ると、大きな津波が今にも陸に向かってきていた。

「勢力で上回ろうが勝ちとタカをくくるなよ!! 最期を迎えるのは我々かも知れんのだ。………あの男は、世界を滅ぼす力を持っているんだ!!!


攻め入るは“白ひげ”率いる
新世界47隻の海賊艦隊

迎え撃つは政府の二大勢力
“海軍本部”“王下七武海”


「…どっちが勝っても、どっちが負けても、時代が変わる――…」

ザザザザザ!!、と音を立てながらもうそこまで来ている津波に狼狽える海兵達。そんな様子を見て白ひげは「グララララ!!」と笑った。
何メートルものある津波がすべてを飲み込もうとした瞬間、

氷河時代アイスエイジ”!!!

ガキィン!と一瞬にして津波は凍り付いた。海軍大将の一人、“青雉”・クザンだ。ヒエヒエの実を食べた氷人間の彼は、瞬き一つの間に巨大な津波を氷へと変えたのだ。
こんなに早々と青雉が出てきたことで、戦況はより激しさを増す。止まらない青雉の攻撃に、白ひげはまた空気を叩いた。二人に触発された海軍も海賊も、とうとう両者共に氷の上へ降り立つ。

「……さて、私もそろそろ行こうかな」

刀は腰に差したまま、銃を一つだけ手に持ってシアンはモビーの船頭まで進み、タンっと高く跳んだ。何メートルもある高さなんて感じさせないくらい、軽やかに足場の出来た氷の上に着地すると、休む間のなく一気に走る。

「氷塊へ船をつけろォ!!!」
「薙ぎ倒して湾内へ進めェ〜〜〜〜っ!!!」

その声に押されるように次々と白ひげの傘下たちも、次々と氷の上へ降りてゆく。シアンも前から続々と現れる海兵に向かって躊躇いなく銃の引き金を引いた。
しかし、シアンはふと七武海がいる方を見上げた。きっちり並んでいる彼らだが、彼女が自分を見たことに気づいたミホークは、その背にある黒刀へと手を伸ばした。シアンはハッとしたように道を逸らした。するとゾロとは比べものにならないくらいの斬撃が、シアンが先ほどまでいた場所を襲う。
そのまま地面が抉れ、真っ二つに割れるかと思われたが、その斬撃を止めたものが一人。――3番隊隊長・ジョズ。又の名を“ダイヤモンド・ジョズ”と呼ばれるその男は、体の一部をダイヤモンドに変化させることができるのだ。

「……さすが」

自分の師匠であるミホークの斬撃を止めたジョズを一瞥し、笑う。〈白ひげ海賊団〉の隊長を担っているだけある。だが、いつまでも凄い凄いなんて言ってる暇はない。
視界の端にいきなり眩しい光が目を襲ったりもしたが、きっと他の人達が何とかしてくれるだろう。今は大将たちを相手にするよりも、エースが先だ。

「撃て撃て休むなァ!!!」
「陸に上げるな!!! モビーディックを落とし白ひげを撃ち取れェー!!!」
「剣聖を止めろォ!!!」

海兵達の必死な掛け声に耳を傾けながら、シアンは足を止めることなく進む。すると、オーズがその巨体を生かして湾内への突破口を開いた。(ナイス…!)とシアンもそこに向かって出来る限りの速さで走る。
次々と七武海が出てきた中、ついにシアンも対面してしまった。

「ハァッ……ッハ……ミホーク……!!」
「何故ここに来た、シアン」
「決まってるでしょ……エースを助けるためにだよ!!!」

――ガキィィン!!!
シアンの桜桃とミホークの黒刀が交じり合う。どちらも武装色の覇気を刀身に纏わせた刀が拮抗し、ビリビリと空気が震える。二人がこうして刀と刀を合わせたことは数え切れないくらいある。それこそシアンが死にそうになったときだってあったのだ。
それが戦場か、鍛錬場か、ただそれだけの違い。

「ほう…いい太刀筋だ」
「誰かさんに散々鍛えられたからね…! 牙突一式がとついちしき!!!

右手で刀を持ち、刃が水平になるように構え、右足を思いきり踏み込んで斬りかかる。けれどミホークは素早く躱し、スッと目を細めた。
やっぱりと、シアンは口角をきゅっと上げる。

「かわされるって…分かってたよ!」

そのままの勢いで、今度は刀を横流しにする。これは予想がつかなかったのか、細めた目を瞠った。風を纏った刀はスピードを増してミホークに襲いかかるが、さすがは大剣豪と言われているだけある。彼はすぐに見切り、紙一重で躱した。
シアンは悔しそうに歯噛みし、より強い眼差しでミホークを睨みつける。一手二手先を先読みしなければ、この勝負――絶対に勝てない。

「…成長したな」

ミホークはぽつりと、懐かしむように双眸をシアンに向ける。洗練された、刺すような雰囲気は鳴りを潜め、少し柔らかい空気を漂わせている。
突然の変わりように戸惑うシアンは、途端に困惑の表情を見せる。

「そ、そりゃあ…成長もするよ…」
「…鍛錬は怠らなかったか」
「う、うん。ミホークの(分厚い)鍛錬ブックはずっとやってるけど…」

修行をつけてもらうにあたり、ミホークは最初の日に自作の分厚い分厚い鍛錬ブックをシアンに渡していた。シアンの身体に合わせて作られた、シアンのための本。肉体、精神強化に加えて刀の扱い方。その他、敵との間合いの取り方やありとあらゆる敵を想定しての実践の仕方など、項目は様々だ。
ミホークの下から離れても、シアンは特別な理由以外でそれを怠ったことは一度もなかった。

「………行け」
「………は?」

いつ斬りかかって来るのかと身構えていたら、急に刀を背に収めたミホーク。これにはシアンも拍子抜けしてしまうのも無理はないだろう。

「シアンを斬るつもりなど、最初からない」

最後にそれだけ言うと、ミホークはすぐにその場から去って行った。一人残されたシアンは、周囲の喧騒の中茫然と固まっていたが、すぐに気を取り直して再び走り出した。
――ミホークは、最初からシアンを斬るつもりなど微塵もなかった。それこそ、この戦争のために海軍から収集され、此度のことを聞かされた瞬間から。
今回の重罪人、ポートガス・D・エースとシアンの関係を、彼は知っていたのだ。ポートガス・D・エースの処刑が決まれば、それを知ったシアンは必ず乗り込んで助けに来ようとするだろう。ミホークはすぐにそう仮説した。そしてそれは、寸分狂うことなく当たった。
彼は一度振り返り、争う人々にのまれて行った小さな身体を憂い、やがてその黒刀を奮うために背を向けたのだった。





あれからシアンは、止まることなく走り続けていた。走りっぱなしのせいで喉がひどく渇く。たまらず唾を飲み込むと、ピリッとした痛みが走った。

「海賊が悪!!? 海軍が正義!!? そんなものはいくらでも塗り替えられて来た…!!!」

突如戦場に響き渡る声は、七武海が一人――ドンキホーテ・ドフラミンゴ。案外近く聞こえたその声に、シアンは走りながらその姿を探す。巨人族並みに大きい彼は、すぐに見つけることができた。
ドフラミンゴもシアンの存在に気づいたようで、血を流すこの戦場には不釣り合いなほど、愉快に口をニィッと歪めた。

「“平和”を知らねェ子供共ガキどもと、“戦争”を知らねェ子供共ガキどもとの価値観は違う!!!」

的を得ていると、シアンは素直に認めた。平和な世界で生まれた人間と、戦場で生まれた人間とではまったく違うだろう。

「頂点に立つ者が善悪を塗り替える!!! 今この場所こそ中立だ!!! 正義は勝つって!? そりゃあそうだろ!!! 勝者だけが、正義だ!!!!

まさしく正論。今日、この場所で勝った者こそ正義。それが海賊であれ海軍であれ、そうして世界は繰り返されてきた。
彼の言葉に戦争はますます激しさを増す。シアンいたが、横からドンッ!と誰かにぶつけられ、意識をドフラミンゴからそらした。
そのままドフラミンゴの横を通り過ぎようと走り去る瞬間、今まで動かしていた足が動かなくなった。足だけじゃない、腕も何もかも動かないのだ。こんな芸当ができるのは一人しかいない。

「……っ、悪趣味な…!」
「フッフッフ……。挨拶もなしとは連れねェじゃねェか…シアンチャン?」
「なんのつもりよ…ドフラミンゴ…!!」
「折角だ、遊ぼうぜ?」
「遊んでる暇なんてない……!」

まったく動かない体をどうにかしようともがくが、意味はなかった。そんなシアンにドフラミンゴは愉快そうに笑った。

「見てたぞ? ミホークがお前を逃がすとは…どういう関係だ?」

数刻前のミホークとシアンとのやりとりをしっかり見ていたドフラミンゴは、ニヤニヤと大層楽しそうに尋ねる。七武海がただの海賊を易々と見逃すなど、根本的にありえないのだ。それが雑魚ならばともかく、シアンは“剣聖”の二つ名を持つ億越えの賞金首。そんな彼女を大剣豪であるミホークが見逃すわけがない。
シアンとミホークの師弟関係は、公にはされていない。なぜ、と言われれば特に理由などはないのだか、シアンが嫌だったのだ。ジュラキュール・ミホークの名は世界に轟く名前。そんな彼と師弟関係にあるとわかってしまえば、それだけでシアンを狙ってくる奴もいれば、色眼鏡で見てこようとしてくる奴もいる。それがシアンは嫌だった。
ミホークとしては、別に師弟関係が露呈されてもいいと思っている。むしろシアンはもう自分が認めている愛弟子。世間に言いたいのも無理はない。

「別に……ただの七武海と海賊だけど」
「フフフッ、それでおれが頷くと思ってんのか?」
「だったら……頷かせるまでよ!!」

シアンはドフラミンゴを睨むように強く目を見開いた。

「ウッ……!!」
「カハッ……」

呻き声を微かに口にしながら、海兵がドサドサと倒れていく。ドフラミンゴは一番近くでそれを浴びたため、倒れるまでは行かなかったが、片膝が地面についた。その瞬間を狙って、シアンは緩んだ彼の能力である見えない糸を刀で斬った。
――覇王色の覇気。それは、数百万人に一人の『王の資質』を持つ者しか身につけることができない覇気。周囲を威圧する力であり、圧倒的な実力差がある相手を気絶させてしまうのだ。

「まさか……覇王色の覇気か…!! フフッ、まさかシアンが使えたなんて知らなかったぜ…」
「誰にも言ったことはなかったからね…。だけど、もう隠し通すなんて甘ったれたこと言ってられない。エースを助けるんだから!」

まだ体の動きが鈍いドフラミンゴの横を今度こそ通り過ぎて、シアンは倒れている海兵の間を縫うように走り、処刑台に向かう。
すると、バキッと何かを踏んでしまった。思わず止まって足元を見てみると、そこには電伝虫が転がっていた。よく見ると他にもたくさん転がっている。

「…作戦の連絡…?」

まさかと不安が胸中に広がるが、シアンは無理やり振り切って処刑台を見上げた。まだ、遠い。この距離がひどくもどかしい。
錠に繋がれたまま、戦場を見つめるエースに胸が締め付けられるのを感じたシアンは、倒れている海兵や電伝虫を一瞥して足を動かした。
――…だが、どこからか聞こえてきた声にシアンは再び足を止めてしまったのだった。




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