だって、兄弟だから


ぁぁぁああああぁあああぁぁああああああ……

上から降ってくるその声はどこか聞き覚えがある。シアンは向かってくる敵を斬り捨てながら見上げると、空から豆粒のような何かが降ってきていた。
だんだんと近づく距離。ようやく肉眼でわかるようになった頃には、すでに遅かった。

「うそ、ちょ、あれ軍艦じゃない!! 冗談じゃないよ!!」

思わずそう叫んでしまうのも無理はない。あんな大きい軍艦が降ってきているんだ。直撃しなくても死んでしまう可能性は十分にある。

「あああああああ…あ! おれゴムだから大丈夫だ!!!」
「貴様一人で助かる気カネ!!! 何とかするガネ〜!!!」
「てめェの提案なんて聞くんじゃなかったぜ麦わらァ!! 畜生!!!」
「こんな死に方ヤダッチャブル!!! 誰か止めて〜〜〜ンナ!!!!」

しかし、見えたのは軍艦だけではなかった。
すぐに逃げようとしたシアンはすがるような思いで空を見る。じっと目を凝らして見つめれば、それは次第にはっきりと瞳に映った。

「ルフィ……! いや、ルフィだけじゃない…革命軍のイワンコフまで…」

他にも、元七武海のクロコダイルに元ロジャー海賊団のバギー。どれも皆、インペルダウンに収容されていた奴らばかりだった。
どういった経緯でルフィが彼らとともにここへ来ることになったのか、シアンは彼の大冒険を知らないためにただただ目を丸くするしかない。
唖然と見上げていると、彼らはそのまま氷が張っていない海へと落ちた。軍艦の大きさのせいで水しぶきが上がり、彼らの存在をこの戦場全体に知らしめる。

「ハァ……ったくもう…」
「ルフィ!!!」
エ〜〜〜〜ス〜〜〜〜!!! ………!!! やっと会えたァ!!!

エースの怒った声と、ルフィの嬉しそうな声。コルボ山ではずっと聞いていたその声に、シアンはいつの間にか笑っていた。

「助けにきたぞ〜〜〜!!!」

着いて早々とんでもないことを叫ぶルフィに、慌てふためく海軍。現にセンゴクはルフィの祖父であるガープに怒鳴っている。ふだんはどれだけセンゴクに怒られても平気な顔をして煎餅をかじっているガープだが、今回ばかりは蒼白な顔色をしている。

「(今のうち……っ!)」

皆の目がルフィ達に向いてる隙をついてシアン刀を振るう。呻き声すら上げさせない、静かに、静かに。
戦力は出来るだけ減らしておく方がいい。数で言えば劣るとも勝らないのだから。
するとまた大きな声が上がる。耳をそれに傾けると何やらクロコダイルが白ひげの首を狙ったらしい。だが、あと一歩のところで彼の鉤爪はルフィによって止められる。

「…なーにやってんだか……」

呆れたように息を吐くも、刀を動かす腕は止めない。

「兄貴を助けに来たのか」
「そうだ!!」

ふと聞こえた二人の会話にシアンは漸く手と足を止めた。今まで背を向けていた二人を振り返り、会話を聞こうと耳をすませる。

「相手が誰だかわかってんだろうな、おめェごときじゃ命はねぇぞ!!」
「うるせェ!!! お前がそんな事決めんな!!! おれは知ってんだぞ、お前海賊王になりてェんだろ!! “海賊王”になるのはおれだ!!!」

まさかの白ひげに張り合っているルフィにほとほと呆れてしまうが、いつだって彼は一直前進。海賊王になると決めたあの日から、誰が敵であろうと倒してきたのだ。
それを知っている白ひげは、ニヤリとあくどい笑みを浮かべた。

「……クソ生意気な……やっぱりシアンに似てやがる」
ちょっとそれどういう意味!?

思わず白ひげにツッコんでしまった。聞こえるハズもないのだが、どうしてもツッコまずにはいられなかった。

「足引っ張りやがったら承知しねェぞハナッタレ!!!」
「おれはおれのやりてェようにやる!!! エースはおれが助ける!!!」

宣言したルフィにシアンも気合いを入れ直した。エースを見ると彼は困ったような、辛そうな表情でルフィを見つめてる。そんな彼とシアンの距離はあと僅か。
また再開した戦争にシアンもついにラストスパートをかけようと片手に刀、もう片方に銃を持つ。そんな彼女に気づいたエースは何か言おうと口を開くが、その前にシアンが先に言葉を発した。

私だって!! エースを助けに来たんだから!!!

その大声がどうやら聞こえたのだろう、ルフィが遠くからシアンの名前を呼んだ。また嬉しそうにしちゃって、と不謹慎ながらに自分も口元が笑ってしまっている。

「なくすのは…もうこりごりだ。……エースは絶対、私達が助けるんだから!!!」

何の感情かは分からないけど、目の奥から熱いものがこみ上げてくる。少し歪んだ視界に気が緩んでしまったのか、脇腹に一発弾が当たってしまった。

「ッ……クッソ…!」

すぐにそいつを刀で斬り捨てて、服の袖で滲んだ視界を強引に拭い、気を引き締めた。

来るな!! ルフィ、シアン!!!

突然そんな事を言い出したエースにシアンは目を見開く。けどすぐに前からやってきた敵に銃を撃つ。

「わかってるハズだぞ!!! おれもお前らも海賊なんだ!! 思うままの海へ進んだハズだ!!!」

エースの言葉一つ一つが染み込んでくる。

「おれにはおれの冒険がある!!! おれにはおれの仲間がいる!!! お前らに立ち入られる筋合いはねェ!!!」

冷たい台詞で助けを突っ撥ねるエースだが、言葉の端々にシアン達を心配する気持ちが混じっていた。当然本心もあるだろう、彼は昔からプライドが高かった。

「お前らみてェな弱虫と泣き虫が!!! おれを助けに来るなんてそれをおれが許すとでも思ってんのか!!? こんな屈辱はねェ!!!」

泣き虫なんて言われるのはひさびさだ。こんな屈辱? それなら、最初から捕まらないでよ。
後から後から湧き出てくる怒りの感情に、ついにシアンはその場に立ち尽くす。その隙を狙った海兵達が雪崩の様に押し寄せてきた瞬間に、桜桃で一気に斬りつけた。

「帰れよルフィ、シアン!!!! なぜ来たんだ!!!」

言い終えたエースはそのままうなだれる。最後の言葉にプツンとシアンはキレた。

おれは、弟だ!!!!

そう言ったルフィに続くようにシアンも声を張り上げた。

私だって、妹だ!!!!

怒りでとうとう涙が頬を伝う。思い出すのはあの盃を交わした時のこと。

「知ってるか? 盃を交わすと兄弟になれるんだ! これでおれ達は今日から――…兄弟だ!!」

――ガチャ〜ン!!!


「海賊のルールなんておれは知らねェ!!!」
「確かに私たちはあの日、別々の道を選んだ。だけど……これとそれとは全然別のことでしょ!!」
「分からず屋が……!!!」

シアンたちの会話に海兵達は動揺を隠せずにいた。それもそうだ、彼らはエース達三人を本物の兄弟だと思いこんでいる。
その動揺をかき消すのは、センゴクの声だった。

《何をしてる。たかだかルーキー一人と剣聖に戦況を左右されるな!!! その男と女もまた未来の“有害因子”!! 幼い頃エースと共に育った義兄弟であり、その血筋は――》

まさか、と思った。センゴクの次の科白を予想すると背中がやけに熱く感じた。

“革命家”ドラゴンの実の息子と、あのロジャー海賊団にも張り合ったとされる幻の海賊団――“ヘリオス海賊団船長”ロイナール・D・ヘリオスの実の娘だ!!!




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