世界最強の男


その光景に、誰もが目を疑った。

オヤジィ〜〜〜!!!

〈白ひげ海賊団〉の悲痛な声が湾岸に響く。ズポッと刃の抜ける嫌な音はシアンのところまで聞こえてきたが、それでも彼女は呆然と見ていることしか出来なかった。

スクアードォ〜〜〜〜!!!
「……………く…!!!」

すぐにスクアードを殴ったのは〈白ひげ海賊団〉一番隊隊長、不死鳥マルコ。その目はキッと釣りあがっていて、とてもじゃないが仲間へ向ける眼ではなかった。しかしスクアードは怯むことなく、白ひげの血で濡れた刀身を振り払うようにブンッと振った。

「こんな茶番劇やめちまえよ!!! 白ひげ!!! もう海軍と話はついてんだろ!! お前ら〈白ひげ海賊団〉とエースの命は必ず助かると確約されてんだろ!!?」

スクアードの叫びは皆に動揺を与えるのには十分だった。現に周りにいる白ひげの傘下達は戦う手を止めて、スクアードの吐いた台詞に狼狽えている。

「おれ達ァ罠にかけられたんだよォ!!! おれァ知らなかったぞ、エースの奴が…あのゴールド・ロジャーの息子だったなんて……!!!」

並び立てる言葉の数々に、シアンは嘲笑した。罠だなんて有り得ないからだ。家族を何よりも大事にしているあの白ひげが、海軍と約束なんてするわけがない。

「(罠…確かに、別の意味ではそう捉えることはできる。もし今のスクアードの話が海軍側から聞かされていたら? 根拠なんて何一つないけれど、あの下衆な海軍のことだ。有り得ない話じゃない…)」

そこでシアンの頭にはふと先ほど地面に無造作に転がっていた電伝虫が頭をよぎる。あの時は急いでいてさほど気にも留めなかったが、なんて思った…?
ーーーそう、作戦伝令だと思ったんだ。
ならばこれは、確実に海軍側の作戦。

「みっともねェじゃねェか!!! “白ひげ”ェ!!! おれはそんな“弱ェ男”に敗けたつもりはねェぞ!!!」

クロコダイルの言葉は真っ直ぐに戦場を駆け抜け、白ひげのもとまで届く。あいつ本当は白ひげの事好きなんじゃないかって思うくらい、それはとても真っ直ぐだった。

「スクアード…おめェ仮にも親に刃物つき立てるとは……とんでもねェバカ息子だ!!」
「ウァァ!!!」

殺す、まではいかなくても一発殴るくらいするのかと思ったシアンだが、まだまだ白ひげの認識が甘かったらしい。

「バカな息子を、ーーそれでも愛そう………」

その巨体でしゃがみ込み、ガバッと包み込むようにスクアードを抱きしめた。その姿はまるで本物の親子のように見えた。慈愛が込められた声色は、ゆっくりと懐疑に満ちていたスクアードの心を溶かしてゆく。

「ほんっと人騒がせな……」

ホッと息を吐いて安心感が募る。そこからはここまで聞こえる声の大きさではなくなったため、もう話を聞くことは出来なかった。
そんな中、まだ白ひげを疑ってる傘下の人達を黙らせるように、白ひげは左右にあった氷壁を割った。

海賊なら!!! 信じるものはてめェで決めろォ!!!!

口から血を流しながらも威厳を保ち叫んだその姿は、まさしく白ひげだった。病気だということを微塵も感じさせない強さは、見てる此方が眩しいくらいだ。
白ひげのさっきの行動でやっとスクアードの言った事が嘘だと気づいた傘下達。

「…死なないよね、白ひげ……」

“最強”と言われている白ひげ。けれどそれはいつまでも言われるわけじゃない。彼だっていくら怪物並のデカさでも、いくら化け物染みた力でも、心臓一つの人間なのだから。
シアンは震える声で呟くと、不安を掻き消すように刀を握る手に力を込めた。

おれと共に来る者は、命を捨ててついて来い!!!
「「「ウオオォォオオおお!!!」」」

海賊達の雄叫びがみんなの士気を高めていく。センゴクはより目の力を強めて口を開き、海軍全体に聞こえるように声を放った。

構えろォ!!! 暴れ出すぞ!!! 世界最強の男がァ!!!!

その言葉はまるで、今から本当に戦争が始まったみたいな――…そんな風に聞こえたのは、私だけだろうか。





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