足掻け、そこに光があるならば


「“白ひげ”が…!!! 動いたァ〜〜〜!!!」

胸の真ん中から血を流しながらも、ついに船から降りて地に足をつけた白ひげは前を見据えてニヤリと笑った。まるでこんな傷など何ともないと言っているようだ。
彼に伴って傘下達も白ひげが進めるように敵を薙ぎ倒していく。白ひげが戦場に立ったことから士気が上がり、その戦力もより圧倒的なものへと変化する。

「包囲壁はまだか!!!」
「申し訳ありません!! 想像維持に氷がぶ厚く!!」
「包囲壁……?」

シアンが今いる位置は海軍達の声がよく聞こえてくる。その中で聞こえてきた“包囲壁”という言葉に彼女はぴくりと反応した。いったい何を包囲するのか、どこを?浮かび上がる疑問は解決などするはずもなく、考える暇さえ与えられない。
まさか、まだ隠された作戦があるのか。嫌な予感がシアンを襲うが、どうすることも出来ない歯がゆさを覚える。

「…ああもう! 考えるのは性に合わない!!」

しかし、思考することをやめてしまえばそこで終わり。口ではそんなことを叫んでみたが、脳をフル回転させるのはやめずに周囲にヒントが落ちていないか探す。
白ひげが動いた事により、海兵達はそっちへ人員を運んだようで、シアンの周りには少ししかいない。行こう、と足に力を込めた瞬間、いきなり地面が横へグラっと傾いた。

「ウワッ!! あっ…ンの親父! 味方もろとも攻撃する気!?」

衝動のままに舌を鳴らして足を踏ん張る。それでもズリズリと落ちていく地面にシアンは刀を地面に突き刺し、なんとか踏ん張った。
すると、突然の轟音とともにいきなり目の前に壁がせり上がってきた。ゴオオォォ! と空気を押して天に登ろうとするそれが、すぐに例の『包囲壁』であるとシアンは気づいた。

「こ、んなの…っ、反則でしょ…!!」

まだ登り切っていない壁に掴まろうとしても、それは物凄いスピードで上がっていくために手は届かなかった。ただジッと見上げることしか出来ずにやきもきしていると、完全に上がりきった壁の天辺に鈍く光るものを見つけた――大砲だ。
壁と大砲に囲まれた、まさに包囲壁。だけどただ一つだけ上がっていない所があった。オーズだ。オーズが倒れた場所がちょうど包囲壁のある場所だったらしく、そこだけ見事に開いていた。
(そこから行くしかないか…)と不意に空を見上げると、包囲壁の向こう側からマグマが降ってきた。――海軍大将“赤犬”・サカズキの悪魔の実の能力だ。

「わああああ!!!」
「…ハァ…ハァ…畜生ォ!!」
「おれ達の船が…!!」

次々に燃やされて行く海賊達の船。容赦のない攻撃は心を折るには最適だった。白ひげも自身をずっと乗せてきたモビーディック号をジッと眺めている。当たり前だ、船に思い入れがない奴なんているわけがない。
そんな時、壁の向こう側からセンゴクの声が聞こえた。

「作戦はほぼ順調ーーこれより速やかに、ポートガス・D・エースの処刑を執行する!!
「しょ、けい……?」

思わず手が、足が止まる。そんなシアンに好機と思ったのか、上から弾丸が肩上を貫いた。燃えるような痛みに呻き、汗を流しながらシアンも銃で応戦した。

やめてよ、殺さないで。
私とルフィの、お兄ちゃんなの。
約束してくれたの、『おれは死なない』って。
ーーガキィイン!!
壁に金属を叩きつける音が辺りに響いた。

「シアン…!?」
「おめェ何やってんだ!!」

自分の不甲斐なさ、反吐が出る海軍の作戦、行く手を阻む高い壁。その全てに苛立ちが募り、シアンは持っていた桜桃ゆすらうめで壁を斬るように叩きつけた。

「シアン!!」
「っ……る、ふぃ…ルフィ……っ!!」

何度と何度も同じ行為をするシアンの腕をガシッと掴んだのは、息も切れ切れなルフィだった。ボロボロなもう一人の兄の姿に、余計に不甲斐なさが募る。体は地面に倒れているのに、顔を上げて腕だけ伸ばすルフィを見ているだけで泣きそうになるシアンは、ここへきて初めて弱々しい声で彼の名を呼んだ。

「ルフィ…っ……ルフィ…!」
「あァ……行くぞ、シアン!!」

もう立ち上がることさえ辛いくせに。痛みが走る体を無理やり起こしてシアンをグイッと引っ張り、片腕に力強く抱きしめる。やっと感じることのできた妹の体温にルフィは無意識にホッと息を吐いた。彼のもう片方の腕には船の柱が抱えられている。
ルフィのやりたいことがそれだけで瞬時に分かり、シアンは彼の腕の中で頷いた。――やれると、確信したのだ。ルフィなら、きっと。

「(私の今やるべきことは、苛立ちをぶつけることでも嘆くことでもない。――戦うことだ)」

ルフィの合図でジンベエの海水を使い、壁を飛び越える。ザパァァン! と水音が大きく轟き、皆の注目を一気に集めた。ルフィの腕から離れたシアンは、腰に携えた刀に手を伸ばして構えの体勢を取り三大将を見据えた。

「あれは!! “麦わらのルフィ”に“剣聖”のシアン!!!!」
「あらら、とうとうここまで…。シアンはともかく、お前にゃまだこのステージは早すぎるよ」
「堂々としちょるのう…ドラゴンの息子ォ……。それにあの忌まわしき海賊の娘ェ……」
「恐いね〜…この若さ……」

忌まわしきと言われ、シアンは一瞬でカッと頭に血がのぼる。それが実の父親を言っているのか、それとも育ての親のことを言っているのかは判らないがどちらのことでもシアンが怒る理由となるには十分だ。
ルフィもシアンも、もう体力は限界に近い。そんな状況でこの三人の相手をしていたら、とてもエースの所までは辿り着けない。――だがすんなりと彼らの横を通れるとも思えない。きっとここで全力の戦いを強いられるだろう。

「シアン…ルフィ……!!」
「処刑なんてさせない…!!」
「エースは返して貰うぞ〜〜〜っ!!!」

鉄塔の上に膝をつくエースが、遥か昔の記憶を呼び覚ます。十年以上前の記憶だ。シャンクスの腕に抱かれた自分が必死に手を伸ばして…。
ぼんやりと思い出していたシアンは、ルフィが持っていた船の柱をブンっと振ったことで意識を覚ます。一瞬にして船の柱は青キジに凍らされてしまったが、そんなことは予想済み。すぐに体勢を整え、ルフィは拳をギュッと握りしめた。

“ゴムゴムの……!! スタンプ乱打ガトリング”!!!
早舟はやぶね”!!!

一番近くにいた海軍大将“黄猿”ことボルサリーノの元に飛びかかり、瞬時にしゃがみこんで自分の瞬発力を利用して斬りかかる。舟のごとくゆらゆらと切っ先が揺れたそれを見極めるのは至難の技だ。
覇気を纏わせた刀は見事黄猿に傷をつけることが出来たが、やはり海軍大将。ただでは転ばない。彼もまた自身の能力である光を心臓めがけて飛ばしてきた。至近距離に当たるかと思われたが、シアンは反射的に刀をかざして光の軌道を反らした。

「やるねェ〜〜〜」
「うるさい!!」

このままにしていては埒があかない。ハァッと息を吐き出すと、ルフィが黄猿の横を通り抜けようとした。一直線に突き進むルフィをボルサリーノが見逃すはずもなく、彼は光の速さで消えてしまう。

「光の速さって……ほんとズルイ、よねっ!!」

ボルサリーノを追いかけようとするシアンの前に、海兵が立ちはだかる。すぐに片手に銃を持って発砲すると同時に、センゴクの「やれ!」と言う声が耳に入った。――ギラッと光る二つの刃が、エースの首に落とされる。何かを考える暇などなく、咄嗟にまた覇王色の覇気を使おうとしたが、それよりも先にクロコダイルが処刑人の二人を殺した。

「クロコダイル……!」

まるでヒーローだ。なんて、彼に言ったら殺されそうだ。少しだけ口元に笑みを浮かべたシアンは、すぐにルフィの方へと目を向け――銃を撃った。

「クザン……!!」
「…そんなに、こいつが大事か?」
「……大事だよ。ルフィだけじゃない、ルフィの仲間も、〈白ひげ海賊団〉も、〈赤髪海賊団〉も――エースも」

この血にまみれた戦場には似つかわしくないほど、真っ直ぐな言葉。クザンは眩しそうに目を細めて、シアンに向かって攻撃する。シアンは刀を真横に振り、向かってきていた氷を粉々に砕いた。キラキラと光を反射させる砕けた氷の中心に立つシアンの存在は、クザンだけじゃなく周りの者達の視線まで集めていた。
そこへ、空からクザンに向かって青い火が飛んでいく。避けきれなかったクザンの身体はそれに貫かれるが、血が流れない。――氷で出来た人形だったのだ。

「(…“剣聖”とは誰がつけたんだか…。まったく、的を得ている二つ名だ…)」

本物のクザンは心の中で呟くと、空を見上げた。シアンもやっと来たと息を吐くと、白ひげの方が何やら騒がしくなった。周りに転がる海兵達を跨ぎながら首だけ向けると、まだ海面に出てきていなかった船が現れ、それをオーズが壁の中へ引き上げていた。

「よし…これで出揃った!!」

白ひげが広場に降り立つ。持っていた薙刀に能力を纏わせ、一気に振り下ろした。

シアン!! まだ行けるかァ!!!

マリンフォード全域に聞こえるんじゃないかと思うくらいの大声は、シアンに向けられていた。一斉に視線を集めた当の本人は髪をかきあげ、頬にこびりつく血をグイッと手の甲で拭い、ニッと笑ってみせた。

当たり前!! 私を誰だと思ってるの!!?
「グララララ…!! いい返事だ!!! 野郎共ォ!!! エースを救い出し!!! 海軍を滅ぼせェエェェ!!!

皆が腕を空に突き出して雄叫びを上げる。もうすぐ、もうすぐでエースを救える。
士気を高めたシアン達に、とうとう海軍元帥、“仏のセンゴク”も立ち上がった。





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