「名前に踊らされるなアホンダラァ!!! ただの老兵だ!!!」
「フフン!!」
海賊の言葉に、ガープは先程の表情から一変して得意気に口角を釣り上げた。
「貴様もその世代ならァ、目の前の敵に気ィつけい!!!」
赤犬、もといサカズキが吠えながら、またマグマで白ひげに攻撃する。芸のない奴だなとシアンは白けた目で赤犬を見やり、ふと処刑台の方に視線を向けた。
そこには、項垂れたエースの姿があった。
「…エース?」
もしかすると、何か思い出してるのだろうか。ジッとそのままの体制で動かなくなった兄を目に焼き付けて、シアンはいきなりイワンコフの名前を呼んだルフィへ視線を移した。
意識の戻ったルフィはガッとイワンコフの足を掴んでる。
「ルフィ……」
「最後の頼み…!! 聞いてくれ…!!!」
苦しげにイワンコフに頼むルフィの言葉に、シアンはグッと拳を握りしめた。何もできない自分を責めながら。
「オヤジィ!!?」
戦場に響く動揺した声に、シアンは下げていた頭をバッと上げた。急いで白ひげを見ると、彼は大量の血を吐きながら胸に手を抑えて苦しんでいる。
まさか今発作が――。痛む足に鞭を打ち、シアンは走り出した。
「っ、…イワンコフさん、ルフィを頼みます!!」
一方的に言いつけたシアンだが、彼女よりも先に駆けつけようとしたマルコと、白ひげの容体に動揺したジョズは黄猿の攻撃を受けてしまった。
誰も白ひげに近づけない。発作のせいでろくに動けない彼に、サカズキは手をマグマに変えて腹を殴ろうとした瞬間――…シアンは
「……シアン…!!!」
「こんなとこでやられてどうすんの、白ひげ!!」
驚く白ひげを背に立つ#シアン。彼女が来るとは思わなかったんだろうサカズキは、眼を釣り上げて此方を睨んでくる。シアンはそれを嘲り、力が入らなくて震える脚を必死に奮い立たせた。
「剣聖がァ…調子に乗るなよ!!」
「それこっちの台詞なんだけど…? これ以上あんたに好き放題させるのも釈だし……いい加減さァ――死んでよ」
ぶわりと殺気をサカズキにぶつけ、ギンッと目の色を変えたシアンは強く地を蹴った。
剣先に気を集中させ、相手の懐に潜り込み腕を小刻みに振るう。それを難なく躱すサカズキが忌まわしげにシアンを睨むと、ボコボコと彼の腕がマグマへと変化した。
そのマグマと化した腕がシアンの心臓めがけて飛んできた瞬間、腰に差していた銃でマグマと化した腕――左肩へ躊躇いなく引き金を引いた。
さすがにこれは予想してなかったのだろう。海楼石で出来た弾は見事にサカズキに効いたみたいで、マグマは瞬時に消えた。ダラダラと流れる血を尻目に、シアンはサカズキの死角に入り込み気を集中させた刀を思い切り振り下ろした。
「ハァァアア!!!」
「ウゥッ……!」
またも左肩への攻撃にサカズキは小さく呻く。暫くは回復しないだろうと勝手に決めつけ、シアンはその場を後にした。
凍てつくような殺気を一身に受け止めながら。
「ウォォオォオォオォオォ!!!」
いきなりルフィの叫び声が聞こえて足を止める。きっとイワンコフに“頼み”とやらを聞いてもらったんだろう。でなければ、瀕死だったルフィがこんな大声出せるわけがない。
ホッと安心したように息を吐いたシアンは、処刑台に向かって走り出したルフィを追いかけた。
――しかし、現実とはもっと非情なもので。白ひげの隊長格達が次々とやられていく。不死鳥と名高いマルコは海楼石の錠を付けられてしまったし、、ジョズに至っては凍らされてしまった。
「な、に…何してんの! マルコ! ジョズ!!」
「シアン…」
「しっかりしてよね!! それでも――…」
グッと一度言葉を飲み込み、また口を開いた。
「それでも私の尊敬する海賊なの!?」
キッと睨みながら吠えるように言えば、マルコは一瞬目を丸くしたけれどすぐにニヒルに口元を緩めた。
「…シアンにそう言われちゃあ、お終いだねい……」
漸く冷静に落ち着けてきたみたいだ。彼だけでも焦りがなくなったなら大丈夫だと、安心してまた前を進もうとした時だった。海兵達が白ひげに向かって、一斉に攻撃した。
「しろ、ひげ…?」
白ひげの部下達はすぐに彼の元へ駆けつけようとする。しかしそれを止めたのは、まさかの白ひげだった。
「来るな!!!」
たった一言。なのに、もう誰も動くことはない。
「こいつらァ…これしきで……!! ハァ…ハァ…、おれを殺せると思ってやがる…。助けなんざいらねェよ……ハァ…ハァ…」
脂汗を流す白ひげは、ギロッと目を鈍く光らせた。
「おれァ“白ひげ”だァア!!!!」
自身に纏わり付く海兵達をたった一振りで薙ぎ払った姿に、シアンの背筋が強張った。さすがは白ひげ、腐っても怪物だ。
「…おれが死ぬ事……それが何を意味するか…。おれァ知ってる…!!!」
小刻みに震える体。立っているのもやっとなくせに、気丈に振る舞うその姿。
「……だったらおめェ…息子達の明るい未来を届けねェと…。なァ、エース」
そこにいるのは海賊の白ひげ――だけど、心配するような言葉や瞳はまさしく“親”そのものだった。そんな白ひげの後ろに控えた“息子達”。
「未来が見たけりゃ今すぐに見せてやるぞ、“白ひげ”!! やれ!!!」
「「「「エース〜〜〜!!!」」」」
振り下ろされようとする二つの刃。それを受け入れているエース。
迷ってる暇なんてなかった。
「やめろォ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「やめてェ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
ルフィとシアンが同時に叫び、覇王色の覇気で二人の処刑人を気絶させた。ルフィの覇気はどうやら無意識らしいが、それでもれ辺りに動揺を与えた。
けれど、もうそんな風に周りを警戒して考えてる時間なんて無い。一刻も早くエースを助けないと。
シアンは走り過ぎたのか、ガクガクと震える足を無理やり奮い立たせて強く処刑台を睨んだ。
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