枷の外れた炎は空へ


シアンは処刑人にだけ覇気を飛ばしたが、ルフィは違った。海賊も海軍も関係なしに飛ばしてしまったため気の弱い者達は口から泡を吹いて倒れている。もともと覇王色の覇気を使ったという意識すらないのだろう。彼は自分が一体何をしたのか、このことが世界にどれほどの影響を及ぼすか、未だ解らずに奔放していた。

「まず“白ひげ”だ!!! “怪物”とはいえこれだけの手負い!!! 何としても薙ぎ倒せ!!!」

どうしても白ひげを倒したいセンゴクは声を張り上げ、全勢力を白ひげに当てがった。本当は彼の手助けをしたいところだが、まずそれを望まないだろうとすぐに思い至ったシアンは、キュッと唇を噛み締めてホルスターから銃を取り出し、構えた。

野郎共ォ〜!!! 麦わらのルフィとシアンを全力で援護しろォ!!!!

だがいきなり予想してもいなかったことを言い出した白ひげのせいで手元が狂ってしまい、あえなく標準がズレ、敵を一発で仕留めることが出来なかった。

「しまっ――」
「ボサッとしてんじゃねえよ、シアン!!」

弾の道筋を追って、迫ってきた刀を受け止めたのはイゾウだった。彼はそのまま無作法に、けれども舞うように綺麗に敵を撃ち倒す。暫くすると目の前には一つの道が出来ていた。

「ほら、さっさと行け」
「…ほんとに、もう……」

どうやら、シアンの為の道らしい。なんとまあ、嬉しいことを。
勝手に綻ぶ口元に手を当てて隠すと、もう片方の手でギュッと銃を握りしめ、ただ真っ直ぐに前を――エースを見つめた。

「ありがとう、イゾウさん!!」
「おうよ!」

するとまるでそれが始まりだったかのように、次から次へとシアンの周りに集まるのは白ひげの部下や傘下達。忠実に白ひげの言ったことを守っているのだと、改めて彼の凄さを感じながらシアンはただ前へ進んだ。
チラッとルフィの方を見ると、彼のところもシアンと同様に援護が来ているようだった。

「…あれって…革命軍のイナズマ…!?」

あんな人までいたのかと驚くのも束の間。彼はチョキチョキの実の能力で地面を切り取り、見事にエースの元へ続く道を作り上げた。
ルフィがお礼を言って登って行くのを見つけ、シアンもそれに続こうとするも、ここへ来て足が限界なのかガクンと膝をついてしまった。こんなことをしている場合じゃないのにと思っても、身体は言うことを聞いてはくれなかった。

「こんなときにっ……!」

悔しさからジワリと涙が滲んだときだった。いきなり轟音が戦場に響き、シアンは慌てて涙を親指で拭ってルフィの方へ視線を向けた。――そこには、対立するルフィとガープの姿があった。

「じいちゃん!!! そこどいてくれェ!!!」
「どくわけにいくかァ!!! ルフィ!!! わしゃァ海軍本部中将じゃ!!! お前が生まれる遥か昔からわしは海賊達と戦ってきた!!!
ここを通りたくば、わしを殺してでも通れ!!! "麦わらのルフィ"!!! それがお前達の選んだ道じゃァ!!!」
「ジジイ…」
「おじい、ちゃ…」

待ち構えるガープに着々と近づくルフィ。シアンは目を背けたくなる衝動を必死に抑え、「おじいちゃん!」と叫んだ。意味などなかった。けれど叫ばずにはいられなかった。

「できねェよじいちゃん!!! どいてくれェ!!!」
「できねばエースは死ぬだけだ!!!」
「いやだァ!!!」
「いやな事などいくらでも起きる!!! わしゃあ容赦せんぞ!!! ルフィ、お前を敵とみなす!!!」

ガープは右腕を大きく引く。ルフィはギアセカンドで戦闘力を高める。
二人の拳が、交じり合った。

うわああああああああ!!!
「ルフィっ…! おじいちゃん…!」

渾身のストレート。ガープは反撃すら叶わず、その場に崩れ落ちた。ルフィはそのままの勢いでエースの元まで辿り着き、急いで手錠を外そうと試みている。
一部始終を見ていたシアンは、瓦礫に埋もれたままのガープを助けに行かんと言わんばかりに立ち上がり、手を伸ばしてゆっくりと歩く。

「あっおじいちゃん! みてみてー、これギャバンからもらったの!」
「なんじゃ? お、綺麗な髪飾りじゃのォ。シアンによく似合っとる。ギャバンもやるのォ!」
「にははっ! ね、ね、にあってる?」
「おお、可愛いぞ!!」
「えへへ…。あ、ギャバンだ!」



どうして、今更思い出すの。
キラリと光るあの髪飾りが脳裏によぎった。もうあの髪飾りは手元にはない。無くしてしまったのだ。

「(おじいちゃんを助けたい…。…けどっ…)」

私とあの人は、もう敵同士なんだ。
改めて己の立場がガープとは違うことを実感したシアンは、彼の元へ歩み寄る足をピタリと止めた。泣きはしなかった。自分が選んだ道を後悔なんてしたくなかったから。それでも、目だけはずっとガープを見つめていた。
処刑台がセンゴクの巨大化によって崩れ、イナズマが作ったこの足場も持たないと判断したシアンは、降ってくる瓦礫や爆風に呑まれないように即座に避難した。
ドッカアァァアン! と、大きな爆発音が空気を揺らす。エースは? ルフィは? 不安が後から後から募り、何度も後ろを振り返った。

「シアン、無事かよい!?」
「マルコ! 私は大丈夫、けどエースとルフィは…!」

「どこなの」と続くはずの台詞は、出なかった。何度も振り返った先にある爆炎の中に、炎のトンネルが見えたから。

「お前は昔からそうさ、ルフィ!!! おれの言う事もろくに聞かねェで、無茶ばっかりしやがって!!!」
エース〜〜〜!!!!

それは、何度も見てきたエースの炎だった。
やっとだ、やっとエースが帰ってきた。ホッとしたシアンの瞳からはとうとう涙が地面を濡らした。

「…かった、…よかったっ…! よかったぁ…!」

後から後から流れる涙を乱暴に拭い、いつの間にか座り込んでしまっていた足に鞭を打って立ち上がり、気を引き締める。隣にいたマルコもどこか安心した顔つきをしていたが、すぐに気を取り直して空を駆けた。

「……あとは、帰るだけ」

その言葉が、静かに霧散した。





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