「愛してくれてありがとう」


――ズボッ!!
そんな嫌な音が、シアンの耳には鮮明に聴こえた。

エースがやられたァ〜〜!!!
赤犬を止めろォ〜〜!!!

もう息も絶え絶えなエースを見て、サカズキはトドメを刺そうと歩み寄る。ルフィはやめろと声を荒げた。

「これ以上は…!!!」

見かねたジンベエがサカズキのマグマをその手で受け止めるが、ダメージを負ってしまい、小さく唸る。
次々に白ひげ海賊団達がサカズキへ襲いかかるのを見ながら、シアンとルフィはその場から動けずにいた。

「……!! ごめんなァ……ルフィ、シアン…」
「エース!!! 急いで手当て…」
「ちゃんと助けて貰えなくてよ………!!! すまなかった……!!!」

まるで諦めたような言い方をするエース。ルフィは右手でエースの貫かれた患部を抑えながら船医を呼ぶ。その間もシアンはただ呆然と言葉をなくしたかのようにへたりこんでいた。

「無駄だ!!! …ハァ、…自分の命の終わりくらいわかる…!!! 内臓を焼かれたんだ………!!! ゼェ…、もうも゛たねェ……!!! だから…聞けよ、ルフィ、シアン………!!!」
「………!!! ……何言ってんだ…エース、死ぬのか? ……ぃ…約束したじゃねェかよ!!!
…ハァ…ハァ、お前絶対死なねェって…!!! 言ったじゃねェかよォエースゥ〜〜!!! ウ…」

今にも泣きそうなルフィに、エースは少し口元を綻ばせた。
そうだ、約束した。だだっ広い、あの頃はただ見ていることしか出来なかった海に。今では帰るべき場所である、海に。――兄妹に。

「…そうだな…サボの件と…お前みてェな世話のやける弟と、すんげェ可愛くて放っておけねェ妹がいなきゃ、おれは…生きようとも…思わなかった…」

エースの言葉すべてが、遺言のように聞こえてくる。

「誰もそれを望まねェんだ、仕方ねェ……!!」

それは、エースが鬼の血を引いて産まれてきたから。

「…そうだお前ら、いつか…ダダンに会ったら…よろしく言っといてくれよ…。何だか…死ぬとわかったら…あんな奴でも懐かしい…」

懐かしい名前が出てきた。
エース、ルフィ、サボ、シアンを育ててくれた、山賊――ダダン。

「心残りは…二つある…。一つは…ルフィ、お前の――“夢の果て”を見れねェ事だ…ハァ、…だけどお前なら、必ずやれる……!!! おれの弟だ……!!!」

夢の果て。幼い頃に、ルフィが満面の笑みで告げたもの。

「もうひとつは…ハァ、シアン…お前だ…」
「わた、し…?」
「あァ…いつ、言おうかと…ずっと、悩んでた…。これを言ったら…もう後戻りは……出来ねェと思ったからな…。けど、もう我慢しなくていいか……」
「なに…」

名前を呼ばれ、ふっと意識を取り戻したシアンは、エースの言葉を聞き逃すまいと耳を傾けた。必死な妹の姿に、エースは己の胸が波打つのを感じる。――死にたくない。そんな想いが、強くなる。
ハ…と震える息が情けない。それでも、最期なら許されるだろうか。内に秘めた想いを告げてもいいだろうか。

「……おれは、ずっと、…シアンの事を…女として、好きだった……」

突然の告白。エースの血塗れの口から放たれた言葉は、シアンを、ルフィを混乱させるには充分すぎるほどだった。

「こっこんなときに何言って…!」
「初めは、小せェ妹みてェだと思ってた…。だけど、ハァ…成長して、女になってくシアンを見て…おれはだんだん好きになっていたんだ…」
「っばか! ならっ…なら! 死なないでよ!! 私のこと好きなら側にいてよ……!!! おいていかないでよ……」

やっと表情を見せたシアンに、エースは苦笑する。相変わらず無茶難題を押し付けて来る妹が愛おしくて、可愛くて。

「好きだから…って言っても、別に恋人になりてェだなんて思ってねぇ……。ただ、知っといてほしかっただけだ…。
おれはな、シアンも、ルフィも、二人とも大好きだからな……」

震える腕でエースはシアンまでも巻き込んで、抱きしめた。腕の中で泣きじゃくる二人に、幼い頃を思い出させる。

「…昔…誓い合った通り…おれの人生には…悔いはない!!」
「う、うそだ!」
「ハァ…ハァ…ウソじゃねェ……!! おれが本当に欲しかったものは…どうやら“名声”なんかじゃなかったんだ…。…おれは“生まれてきてもよかったのか”。欲しかったのは…その答えだった」

そんなの、当たり前だ。シアンは大声で言ってやりたかったが、ここでエースの言葉を遮るわけにはいかない。

「…ハァ…、もう…大声も出ねェ…。……ルフィ、シアン、おれがこれから言う言葉を……お前ら、後からみんなに…伝えてくれ」
「っ、…ひ…ッ」
「………!?」

シアンとルフィの返事も聞かず、エースは最後の力を振り絞り、大切な自分の家族へ言葉を残していく。

「………!! オヤジ……!!! みんな……!!! そして、ルフィ…シアン……。今日まで、こんなどうしようもねェおれを、鬼の血を引くこのおれを……!!
愛してくれて、……ありがとう!!!

ポタリと、滴がシアンの肩へ落ちて染みていく。エースは最期口角をきゅっと上げ、シアンとルフィを抱きしめていた腕の力が抜けたかと思うと、ドサッ…と倒れた。
ルフィの落とした、ビブルガードの燃え切る音とともに。

「おれが死んだと思ったのか?」
「「だっで……!!」」
「何泣いてんだよ!! 人を勝手に殺すなバカ!!」
「いってェ! なんでおれだけ!」
「女を殴れるか! いいか、聞け! ルフィ、シアン!! 約束だ! おれは絶対に死なねェ!! お前らみたいな弱虫と泣き虫の弟と妹を残して死ねるか!」


確かにあの日、そう言ってくれたエースは、私たちの目の前で、死んでしまった。
ルフィは大きく口をあけ、まるで天を仰ぐように気を失ってしまった。シアンはまた呆然としてしまい、横たわるエースをその瞳に写している。

「知ってるか? 盃を交わすと兄弟になれるんだ!おれ達は今日から、兄弟だ!!」

兄弟の盃を交わした日のことを、こんなにも鮮明に覚えているというのに。

エース〜〜〜!!!!

なぜ、私達は今、二人なのだろう。
海賊達の悲痛な声が、マリンフォードに響き渡った。





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