白ひげ海賊団船長、死す


ボコボコボコ、とマグマの音がシアンの耳に入った。ピクリと反応したシアンは、虚ろな目をその音の方向へ向ける。

「次こそお前じゃァ、“麦わら”!!!」

気絶してガクガクと痙攣しているルフィに、サカズキが拳を振り上げた。それをエースが死んだ直後だというのに、すぐにマルコが阻止するために動いた。

「エースの弟とシアンを連れてけよい!! ジンベエ!!」
「わかった!!!」
「二人の命こそ…!! 生けるエースの“意志”だ!!! エースに代わっておれ達が必ず守り抜く!!! もし死なせたら〈白ひげ海賊団〉の恥と思え!!!」
オオオオォ〜〜!!!

海賊達の雄叫びが響く中、シアンはジンベエに担がれながら途切れ途切れに言葉を紡いだ。

「ジンベエ……」
「なんじゃい! 怪我は大丈夫か!?」
「…私を、おろして」
「!? ダメじゃ!! ここでシアンをおろすワケにはいかん!!!」
「…ねがい、…おねがい…ジンベエ…」

もう、シアンは我慢の限界だった。
顔も覚えていない両親をサカズキに殺され、その後自分を育ててくれたギャバンをまたサカズキ殺され、極めつけには兄であるエースを殺されて…。ここで大人しく引き下がるわけにはいかなかったのだ。

「…お願い、ジンベエ…」
「……わかった。じゃが、ちゃんと生きて帰って来ることが条件じゃ」
「…ありがとう…!」

シアンの返事を聞いたジンベエは、あまり体の傷に響かないようにそっとおろし、走り去った。
最後にルフィを見ようと、シアンが去って行ったジンベエを見た瞬間、広場が真っ二つに割れてしまった。

「…みんな……」

シアンは白ひげ側だ。反対側にいる海賊達に目を向けたシアンは、すぐにサカズキを探そうとした。しかし、「本部要塞の陰に何かいる!」と誰かが叫んだ事により、皆の意識はそっちへ傾いた。

それだけじゃない!! 処刑台の上にいるのは誰だ…!!
「おお…やっと気づきやがった」
「……う、そ…」
……!!! 貴様らが!!! …一体どうやってここに!!?
「フッフッフッフッフッフッフッ!!! 最高だ、こりゃすげェのが出てきやがった!!」

ドフラミンゴの笑いが嫌に響く。そのすぐ後に白ひげの低い声が轟いた。

〈黒ひげ海賊団〉!!!?
「久しいな!!! …死に目に会えそうでよかったぜ、オヤジィ!!!」
「ティーチ……!!!」

ティーチの独特な笑い声がこの場を支配する。周りの海兵や海賊達も動揺を隠せていない。何故ならティーチが連れているのは、どれも世間からその存在をもみ消された程の、世界最悪の犯罪者達だ。

 海賊“巨大戦艦” サンファン・ウルフ
  「あ…見つかっつった上にバレつった…!!」

 “悪政王” アバロ・ピサロ
  「懐かしいシャバだニャー…」

 “大酒”の バスコ・ショット
  「トプトプトプ…!! ウィ〜、こいつら殺してええのんか」

 “若月狩り” カタリーナ・デボン
  「ムルンフッフッフッ、あなた達もスキねェ…」

――そして!! インペルダウンの“雨のシリュウ”看守長!!! 一体どうなっているんだ!!?

センゴクは裏切ったシリュウにマゼランの安否を聞くも、彼はどこ吹く風。全く答えようともしない。

「……ティーチ…」

ゆらり、とシアンの体が揺れる。ボソボソとティーチの名を呼ぶが、名を呼ばれている本人はまるでもう自分が全てを支配したかのように踏ん反り返っていて、まったく聴こえていないようだ。
そうしている間にも、白ひげがティーチに向かって能力を繰り出す。しかし、黙ってやられる程、ティーチも馬鹿ではない。
その戦いを遠目で見ていたシアンの耳に、ティーチから発せられる言葉がするりと入ってきた。

「サッチも死んだが…エースも死んだァ!! オヤジ!! おれはアンタを心より尊敬し…憧れてたが…!! アンタは老いた!! 処刑されゆく部下一人救えねェ程にな!!! バナロ島じゃおれは殺さずにおいてやったのによォ!!!」
「(…殺さずにおいて“やった”? 何、それ…あいつは私に喧嘩を売ってるの…? そもそもエースが、サッチが死んでしまったのは他でもないあいつのせいじゃない……)」

ギリリッとシアンが拳を握りしめた時、白ひげがティーチを追い詰めた。――だが、甘かった。

「この…怪物がァ!!! 死に損ないのクセに!!! …黙って死にやがらねェ…やっちまえェ!!!

弾丸の雨が、容赦無く白ひげを襲った。全て銃弾は彼を貫き、血が舞い散る。乾いた音が幾数にも重なり、やがて轟音となって戦場を包んだ。

「いやだ、やめてっ……! やめてええェェェ!!!

ボロボロとシアンの頬に涙が流れる。彼女の、大きな声は、未だ鳴り止まない銃声に掻き消された。…やがて、弾切れによって銃声は漸く鳴り止んだ。誰もが白ひげは死んだと思われたが、彼は目を疑うことに話し出したのである。

「お前じゃねェんだ………ハァ、…ハァ…」
「…まだ生きてんのかよ!!!」
「ロジャーが待ってる男は…少なくともティーチ、お前じゃねェ…」
「あ!?」

白ひげの声は今にも消えそうだ。だけど、必死に言葉を紡ぐその姿は、どこか切ない。シアンは涙で前が見えないのをぐしぐしと大雑把にこすり、急いで白ひげの元まで駆け出す。

「ロジャーの意志を継ぐ者達がいる様に、…ハァ、…いずれエースの意志を継ぐ者も現れる…。“血縁”を絶てど、あいつらの炎が消える事はねェ…」

待って、待ってよ。そんな最期の言葉みたいに話さないで。まだ一緒にいたい。話したい。

「――そうやって遠い昔から、脈々と受け継がれてきた………!! ハァ…そして未来…いつの日か、その数百年分の“歴史”を全て背負って、この世界に戦いを挑む者が現れる…………!!!
センゴク…お前達“世界政府”は…いつか来る…その世界中を巻き込む程の“巨大な戦い”を恐れている!!!」

やっとシアンは白ひげの近くまでやって来た。危うい足取りでソッと傷だらけの腕を伸ばし、白ひげの足元に触れる。
ここに来る前までは、しっかり立っていたのに…今はもうほんとに小さく震えている。立っているのもやっとなのが今、はっきりした。
白ひげはフッと口元に弧を描くと、もう血塗れになってしまったその手で、シアンの頭を何時ものように撫で回す。たったそれだけで、シアンの顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
そんなシアンを優しげに見つめてから、白ひげはセンゴクに目を向けてまた口を開く。

「興味はねェが…あの宝を誰かが見つけた時……世界はひっくり返るのさ……!! 誰かが見つけ出す、その日は必ず来る…」

ギュッとシアンを抱き締めて、白ひげは世界中に聴こえるように大きな声を出した。

ひとつなぎの大秘宝ワンピース”は、実在する!!!

海賊達の泣き叫ぶ声が、白ひげの耳に届いた。緩く目を瞑って、懐かしい昔の自分を思い出す。

「いやっ…いや! しろひげぇっ……え、ど! エド、エドワード!! おいてか、ないでぇ…!! わたしを、シアンを、…ふ、っ…ひっ、一人に、しないでよ…!」
「…シアン、強く生きろ。それと…うちのバカ息子達に、「愛してる」って、伝えとけ…ハァ、…」
「やだ! いやだっ! …っ自分で言って…生きて!」

いやいやと首を横に振るシアンに、白ひげは愛しさが募っていく。こんなに泣きじゃくる姿を見たのは、一体いつ振りだろうか。

「一緒に…海に…! …かえろうよ…っ…」

そんなシアンに、白ひげは最期の言葉だ、とシアンにだけ聴こえるように声を潜めた。

「シアン、お前は…お前が思っているよりも、沢山の人に愛されてる…。もちろんおれもだ…いいか、シアンは一人じゃねェ」


またぐしゃぐしゃっとシアンの髪を掻き回した後、その手はゆっくりと止まっていき、だらりと元の位置に戻った。――それだけでわかる。
白ひげは――…。

…し…死んでやがる…。……立ったまま!!

死んだのだと――…。

“白ひげ”死す!!!
死してなお、その体屈する事なく――。
頭部半分を失うも、敵を薙ぎ倒すその姿、まさに“怪物”。
この戦闘によって受けた刀傷、実に――二百六十と七太刀。
受けた銃弾、百と五十二発。
受けた砲弾――四十と六発。
さりとて、
その誇り高き後ろ姿には…あるいはその海賊人生に、

一切の“逃げ傷”なし!!!


瞬く間に世界に広がる大ニュース。
〈白ひげ海賊団〉ロジャーの息子、エースの救出失敗。
そして船長“白ひげ”の死――。
末々に語られるこの歴史的大事件をその目に映した者達は、…今はただ――声を呑むだけ。

「逝ったか、…白ひげ」

享年七十二歳。
かつてこの海で“海賊王”と渡り合った男…。
白ひげ海賊団船長“大海賊”エドワード・ニューゲート。
――通称“白ひげ”。

マリンフォード湾岸にて勃発した、
白ひげの海賊艦隊
VS.
海軍本部
王下七部海連合軍
による頂上決戦にて、

死亡






back