憎しみの刃は止まらない


「モタモタするな!! 船に乗れ!!! 最後の船長命令を忘れたか!!!」
「ジンベエ!! エースの弟を早く!!」
「おう!!」

〈白ひげ海賊団〉は、なけなしの力を振り絞って白ひげが残した最後の船長命令を遂げようと船へ戻る。
皆が慌ただしく動き回る中、白ひげによって血塗れになったティーチが下卑た笑みを浮かべ、立ったまま死んでいる白ひげと共に黒い布を被った。
白ひげの近くで呆然と意識が朧げなシアンはティーチの部下に抱えられて布の外へ。その後はぽいっと放り捨てられてシアンはズシャッと横たわる。

「あいつらまだ何かする気だ!!」
「ティーチの奴……!!! 死んだオヤジに何を…!!!」
「ゼハハハハハ…見せてやるよ、最高のショー」

嘲笑うかのようなティーチの笑い。黒い布を守るようにティーチの部下が周りをぐるりと囲う。そんな光景をシアンは生気が抜けた目でぼうっと眺めていた。

「――ハァ…ルフィ君………!!! しっかりせェよ…!!! 生きにゃいかんぞ!!! ハァ…エースさんがもうおらぬこの世界を…明日も明後日も!!」
「撃て!!!」
お前さん…しっかり!! 生きにゃあいかんぞ!!!

思い出すのは、あの脱獄不可能と言われる大監獄インペルダウンでの会話。

「ジンベエ………、おれがこのまま死んだらよ。悪りィけど弟の事…気にかけてやってくれよ…」
「言葉ァ返すがのうエースさん。買い被っちゃ困る…、わしはそんなお人好しじゃあない。いくらアンタの弟じゃとゆうても…海賊の世界。わしはホレ込んだ男にしか手は貸さんし守りもせん」


あの時はああ言っていたが、今は…。

「ジンベエこっちへ乗れ!!!」
「おう!!」

白ひげの船員から声を掛けられそこへ向かうが、出航の準備が整っていたその船の周りが凍らされた。大将青キジ――クザンの能力だ。そんな時に、乗り込もうとしていたジンベエの前に現れたサカズキ。

「わしが「逃がさん」言うたら――もう生きる事ァ諦めんかい、バカタレが…」

口や鼻から血をな流す赤犬だが、それでもまだ戦う力は残っているらしい。地下を溶かして回り込んで来た赤犬は、ジンベエと対峙する。

「――そのドラゴンの息子、こっちへ渡せ………!! ジンベエ」
「………そりゃあできん相談じゃ。――わしはこの男を、命に代えても守ると決めとる!!」
「――じゃあもう…二度と頼まんわい……!!!」

凄む赤犬だがジンベエとルフィを守る為に白ひげの船員やイワンコフが彼へ迫っていく。そしてイワンコフのあのウィンクによって大きな爆発が起きたのは言うまでもない。

「黒ひげが出て来たぞ!!」

海軍や〈白ひげ海賊団〉が警戒しながら武器を構える。けれどティーチの部下達は今から起こる事を想像してニヤニヤと嫌な笑みを向けてくる。
するとティーチはサッチから殺して奪ったヤミヤミの実の能力によって、その場にいる人達を沈めていく。シアンは離れた場所に放られたため、巻き添えは食らっていない。けれどその騒動にピクリと反応を示し、ぼんやりと大きな声を出すティーチを見つめた。

「そして………!!」

ティーチはグググ…っと左腕を斜めに構えた。その構えを見たシアンは生気のない目をみるみる丸くして、「うそ…」と小さく呟いた。
――ドォン!!
響く音は、先程までは別の男が鳴らしていた音。そう、それは紛れもなく…――。
――ビキビキ…ボォン!!!
今は亡き白ひげ、エドワード・ニューゲートの持っていたグラグラの実の能力だった。大きく構えていたマリンフォードの要塞が、容赦無く壊れていく。
シアンは唯々目を見開いてその光景を眺めていた。ぎゅっと震える拳を握りしめ、渦巻く感情が自分の中で暴れるのを感じる。

「オイ…見たかおめェら、ゼハハハハハ…!! …よォく世界に伝えときなァ…!! 平和を愛するつまらねェ庶民共!! 海兵!!! 世界政府!!! そして…海賊達よ…!!! この世界の未来は決まった…、ゼハハハハハ…!! そう…ここから先は!! おれの、時代だァ!!!!

吐き出された言葉は、世界を恐怖に陥れる闇の言葉だった。演説のようにベラベラと喋るティーチが、ギロリと辺りを睨みつける。

「…どれ、手始めに……このマリンフォードでも沈めて行こうか…!!!」

動揺する海兵。完璧に油断していたティーチにとうとう元帥であるセンゴクが能力を使いティーチに攻撃した。

「――要塞なら………また、建て直せばいい………。しかし…、ここは世界のほぼ中心に位置する島、マリンフォード。
悪党共の横行を恐れる世界中の人々にとっては、ここに我々がいる事に意味があるのだ!!! 仁義という名の“正義”は滅びん!!! 軽々しくここを沈めるなどと口にするな青二才がァ!!!!
「…ゼハハハ…じゃあ…、オイ…。守ってみろよ……!!!」

またもティーチがグラグラの実で波がマリンフォードを襲う。とうとうパシフィスタまで出て来ていよいよ戦いはヒートアップしていく。シアンもグラグラと揺れる地面を何とも無いようにゆらりと立ち上がり、腰に差していた桜桃ゆすらうめをスッと鞘から抜いた。

「……さない――」
「シアンっ…!? おまえ、まだこんな所に…っ、早く船に!」
許さない!!!

茶色がかった瞳に憎しみの色を灯して、シアンは掛けられた声を無視して馬鹿みたいに笑っているティーチの元へ脚を動かした。

「ッ、待て、行くなシアン!!!」

自分を呼び止める声にも気づかずに。





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