閉幕


クロコダイルから投げ渡されたジンベエとルフィを受け取ったバギーは、今だに空にいた。そんなバギーを狙うのは大将黄猿、もといボルサリーノだ。
彼のピカピカの実の能力がらバギーの顔付近に存在する服布へ貫通する。それにパチクリと目を瞬かせたバギーは、ルフィを助けに来た超新星の一人――トラファルガー・ローの声に従うかのように、慌てて抱えていた二人をぽいっと無造作に投げた。その時に怖さのあまり白目になっていたのは秘密だ。
バギーを狙っていたボルサリーノはら標的をローへ変更。シャボンディ諸島での天竜人事件も重ねて排除するつもりだ。
当初の目的であったエースの処刑、それに加えて大海賊〈白ひげ海賊団〉船長――白ひげの死亡。目的以上の成果にも関わらず、海軍達は戦う事をやめない。いや、海軍達と言うよりもサカズキ、と言った方がいいかもしれない。次々と海兵達が殺されていくのを目の当たりにしても戦いをやめる事を許さないその目は、何よりも恐ろしい。
そんな戦火を遮ったのは、突如轟いた一人の海兵――ルフィに多大なる恩がある、コビーだった。ボロボロと涙や涎で顔をぐちゃぐちゃにしたコビーは、サカズキの目の前に立って彼の行く手を阻んだ。

「っ、グッ…!」

その間、ティーチに向かって行ったシアンは怒りのせいでいつも通りの力が出せず、その胸倉をティーチに掴まれていた。

「…なせ、はなせ…!」
「ゼハハハハ…兄も救えず、オヤジも救えず、役立たずだなァ…シアン?」
「ウグッ…! …んたが、アンタが二人を殺したくせに! ケホッ、…殺してやる、殺してやる!!
「おうおう、そう吠えんなよ。…弱く見えるぜ?」
「――っ!!」

嘲笑い馬鹿にしたような言葉を並べるティーチに、シアンは一度静かに目を閉じる。周りの音を遮断させて一瞬の隙だけを見つける。だから今コビーが何を言っているのかも、周りがどうなっているのかも分からない。
スッと目を開けて、ティーチの汚い笑みをその瞳に映したシアンは、静かに片脚を後ろへ仰け反らせる。

「…武装色、硬化」

ボソリと呟かれて、脚はちょうどティーチの腹に命中した。武装色を纏った脚に蹴られてはティーチもたまったもんじゃなく、掴んでいた手をパッと離して後ろへ吹っ飛んだ。
いきなり離されたにも関わらず綺麗に着地したシアンは、その場に落ちていた桜桃を拾い、右手に桜桃、左手に銃を構えた。

「…弱く見える…? アンタの方がよっぽど弱いくせに?」

銃のセーフティを外して、その銃口を震える事なくティーチの頭へ向ける。尻餅を着いているティーチは突然訪れた形勢逆転に焦りを募らせる。
そしてとうとうシアンが引き金へ指を食い込ませる――その時だった。

「シアン、そこまでだ」

数日前に別れを告げた〈赤髪海賊団〉船長――シャンクスが、今まさに引き金を引こうとしたシアンの手を骨張った大きな手で包み込んだ。

「……シャン、クス…?」
「もう、終わりだ」
「何でシャンクスが…いやそれよりも終わりって…ちょっと待ってよ……。まだ、まだティーチ殺してない、まだティーチ死んでない!!」

カタカタと震える刀の音が、やけに大きく聴こえる。目の前に立つシャンクスは吐き出されたシアンの言葉に目を見開く。けれどそれも一瞬で、ポタポタと涙を流すシアンの瞳を見て衝動的にその小さな体を掻き抱いた。

「はな、離してっ! 私はっ…エースを、白ひげを殺したコイツを――!」
「確かに事の始まりはティーチだ。でも、聞いたんだろ? 最後の船長命令を」
「…っ私は、〈白ひげ海賊団〉じゃない…!」
「白ひげはシアンにも言っていたんじゃないか?」
「うるさい、うるさいっ…!」
「――シアン」

腕の中でいやいやと首を横に振るシアン。そんな彼女の髪を優しく撫でるシャンクス。シアンの髪は血がこびり付いていてパサパサだが、それでもそれはシアンが一心不乱に戦った証拠だ。
強く、強くシアンの名前を呼んだシャンクスに、シアンはグッと歯を食いしばって黙り込んだ。

「…はやく、弔ってやろう。いつまでもこんな所に居たくはないだろう、二人とも」
「……っ、でも、まだ、」
「戦争は、もう終わった。もう誰も傷つけなくていいんだ」

その言葉でやっとシアンは理解した。エースが死んで、白ひげも死んで。なのに終わらない戦争に余計狩立たれたティーチへの復讐心。
でも、それももう終わったと、シャンクスが、かつての自分の船長がそう告げた。

「…おわ、った…?」
「あァ…もう全部、終わったんだ」
「……わたし、結局…救えなかった。お兄ちゃんも、エドも…」

安心できる腕の中だからか、ポツリポツリと零れていく言葉にシャンクスは目を瞑って更に小さく縮こまったシアンの体に回している自分の腕の力を強めた。
シアンを抱きしめたまま、シャンクスは自分に向けられた目線に応えるように前を見据える。そんな彼の後ろには、赤髪海賊団の船員達が集まっていた。

――これ以上を欲しても、両軍被害は無益に拡大する一方だ…!! まだ暴れ足りねェ奴がいるのなら来い…!!! おれ達が相手をしてやる!!!

大声で告げられた台詞に海軍はどよめく。シャンクスはそれには目を向けず、ゆっくりとした動作で立ち上がったティーチに目線を送った。

「どうだティーチ……!! ――いや……“黒ひげ”」

ズキリと痛む左目の傷痕。ティーチは殺気にも似た何かを向けられて暫くニヤけ面のまま黙り込む。

「…ゼハハハ、やめとこう……!! 欲しい物は手に入ったんだ。お前らと戦うにゃあ――まだ時期が早ェ…!!! ゼハハハ…行くぞ野郎共!!」

仲間を引き連れて去って行ったティーチの後ろ姿を、センゴクは睨みつける。ティーチのあの下卑た笑い声にビクリと反応したシアンは、ゆっくりと力が抜けたかのように、両手に握っていた銃と刀を落とした。

「全員――この場はおれの顔を立ててもらおう」

悲しみに表情を暗くさせて俯く者。
失ったモノが多すぎて泣く事を堪えられなかった者。
突然訪れた静寂に呆然と立ち尽くす者。
悔し気に歯を食いしばる者。
この展開が面白くて笑っている者。

様々な反応を見せる中、シャンクスはまたも口を開く。

「“白ひげ”、“エース”。二人の弔いはおれ達に任せて貰う。戦いの映像は世に発信されていたんだ…!! これ以上そいつらの死を晒す様なマネはさせない!!」
「何を!!? この二人の首を晒してこそ海軍の勝鬨は上がるのだ!!」
「構わん!!」

一人の中将の台詞を遮るセンゴクに焦る海兵。けれどセンゴクは尚も言葉を紡いでいく。

「お前なら…いい。赤髪…責任は私が取る」
「すまん」

小さく、聴こえる声でシャンクスの謝罪の言葉を聞いたセンゴクはばっと顔を上げて声を張り上げた。

「負傷者の手当てを急げ…!! 戦争は……!!! 終わりだァ!!!

センゴクの声、言葉によって戦争は終わった。
武器を下ろし、ドサリと膝をついた者は果たしてこの戦場に何人いるだろうか。

「…シアン、船に乗るぞ」
「…………」
「…シアン、シアン…? …っおま、この血…!」
「お頭? どうかしたんすか?」
「船医を呼べ! シアンの出血がっ…気絶してる!!!」
「焦るなお頭。取り敢えず急いで船に乗せるぞ」

――かくして“大海賊時代”開幕以来最大の戦い、
“マリンフォード頂上戦争”はここに幕を閉じ――
歴史に深く刻まれる――






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