友達になろう


それは、夕食を食べている時だった。

「おれ、山賊大っっ嫌いなんだ!!」
「わたしも、山賊はきらい」
「黙れクソガキ共!! あたしらだっておめェらみたいなの預けられて迷惑してんだ!!」

ルフィとシアンの突然のカミングアウトにダダンは吠え散らかす。けれど二人の頭にはフーシャ村でのあの最悪な山賊達の顔が浮かんでいる。
あんな奴らが来なければシャンクスの右腕は…と、シアンは箸を握る力を強めた。

「ルフィ、ご飯それだけじゃたりないでしょ? わたし多いから、ちょっと分けてあげる」
「おお! サンキュ! …それでもメシ足りねェ。おれもあの肉食いてェ!!」
「あの肉もこの肉もエースが獲って来た野牛の肉だ!! あたしらにも分け前を渡す事で食卓に並ぶんだ。山賊界は不況なのさ! 明日からおめェら死ぬ気で働いて貰うぞ!! 掃除・選択・靴磨きに武器磨き! 窃盗・略奪・サギ・人殺し!!!
いいな…!! ここでさせられた事は絶対にガープの奴にチクるんじゃねェ!!」

途中から出てきた窃盗やら人殺しやらにシアンは気づかれない程度に顔を歪めた。結局ここの人達もあの山賊と一緒なのかと。
ルフィに分けて三分の一に減ったお椀の中身には一切手をつけず、シアンは箸をお椀の上に置いた。

「1日に1回、茶碗一杯の米!! コップ一杯の水!! これだけは保証してやる。後は自分で調達するんだ!! そして勝手に育ちな!!」
「わかった」
わかったんかいっ!!! 泣いたりするトコだそこはァ!!!」
「昔じいちゃんにジャングルに投げ込まれた事もあるし、ミミズもカエルもヘビもキノコも、ここが森なら腹一杯食える。おれはいつか海賊になるんだ!! それくらいできなきゃな!! それにシアンは、シャンクスや副船長から修行つけてもらってたんだろ?」
「うん。本格的にじゃないけど…まだ護身用ぐらいにしか上達してないよ?」
「十分だ! あれ、あいつ…どこ行くんだ?」
おめェがどこ行くんだよっ!!! …それより海賊って言ったか、今!!?

行くぞと、ルフィはシアンの手をぎゅっと握って小屋から出て行く。勿論シアンにとってルフィの突然の行動なんて日常茶飯事なため、何も慌てる事なくルフィの走りに合わせた。
後ろからダダンの吠えるような声が聞こえたような気がしたが二人は気にする振りすら見せず、ルフィとシアンはエースを追いかけた。
ルフィとシアンに気づいたエースは、嫌そうな顔をしながらくるりと振り向いた。ルフィは両腕をバッと上に上げて呼びかける。当然シアンの繋がれている方の腕も上に。

「おーい!! おれ、ルフィって言うんだ!! ツバつけられた事、おれはもう怒ってないぞ!!」

その台詞に、シアンはどこか既視感を覚えた。ふと頭を過るのはあの山賊との初対面の時のこと。

「なんで笑ってんだよ!! あんなのかっこ悪いじゃないか!!」
「ただ酒をかけられただけだ。怒る程の事じゃないだろう? なぁシアン!!」
「んー? そうだねー」
「だろ〜?」
「お頭顔デレデレだぞ!!」
「つかシアン話聞いてなくね? もりもりメシ食ってるし!」


――だとしたら、ルフィが次に言う言葉なんて簡単に想像出来る。シアンは自分よりほんの少し身長の高いルフィの顔をつい、と見上げた。

「怒る程の事じゃない、友達になろう!!」

あの時のシャンクスと同じ事を言ってのけたルフィに、シアンはぽかぽかと胸が暖かくなるのを感じた。
けれどそれもすぐになくなり、気づいた時には目の前に大木が迫って来ていた。咄嗟の判断でシアンはルフィをぎゅっと抱きしめて、腰に手を当てた。けれどそこにはいつもあるはずの刀がなかったのだ。シャンクスから貰った大切な自分の愛刀、桜桃ゆすらうめが。
しまったと思ってももう遅い。大木はスピードを増して二人を踏み潰した。

「っ、ああァ゙……!!!」
「シアン!! シアン…!!!」
「……ッ…だい、じょうぶ…。ハァッ、……それより、速くおいかけないと…」
「ごめ、おれ…!」
「ぅ、ッ……いたく、ないから……ハァ…ハッ…ほら、見失っちゃう!」
「でも、」
「にはは、っ……ルフィの考えてる事なんて、わかってるよ。ほら、行こ!」

ポタタ、と頭から血が流れるのを気にもしないで、ルフィに手を差し出す。ルフィはそんなシアンに涙目になりながらもうんっと頷いて手を握った。
慌ててエースを追いかけると、ちょうど彼は吊り橋の上を渡っている途中だった。ルフィとシアンの荒い呼吸が聞こえたエースは、ほんの少し驚いたように振り返り、何も言わずに此方へ向かってくる。大きく腕を振り上げ、持っていた鉄パイプでルフィを思いっきり殴り飛ばした。容赦のない攻撃に、ルフィは痛そうな声を上げながら深い谷底へ落ちていった。

「ルフィ!!? いや、ルフィ!!!」
「そこから落ちたら死ぬぞ」
「っ、ルフィがいないなら、死んだってかまわない…!」

ギッとエースを強く睨みつけ、シアンは自ら谷底へ落ちた。その一瞬の出来事にエースは驚き、慌てて下を見るもそこは暗闇が広がるばかりで人影など確認出来なかった。

「いっ…!! …ルフィどこ…ルフィ、ルフィ!」
「…シアン……?」
「ルフィ!! けがは!?」
「おれは大丈夫だ! シアンは!?」
「わたしも平気! それより早く帰らないと…」
「おう!」

暗い谷底を二人は手を取り合って歩き進む。ルフィはゴムだから多少の打撃には耐えれるが、シアンは違う。咄嗟に受け身をとったものの、骨が何本か折れてしまっている。それでもシアンはそれをルフィに気づかれないように必死に隠した。
そんな状況の中途中で狼に襲われたりもしたが、無事に上まで上がりボロボロな体を引きずって小屋までたどり着いた。

「着いたね、ルフィ…」
「あぁ…つかれた…」
「わたしも…ゴホッ、ゴホッ!」
「シアン? どうし…」

――ドサッ…!

「シアン!?  おい! しっかりしろ!! シアン!!!」
「ゲホッ! ゲホッ! ハァ、ハァ…!!」

中に入ろうとした瞬間、シアンは突然咳き込みながら倒れてしまった。ルフィは慌てて呼びかけるがシアンには聞こえておらず、辛そうに荒い息を零す。
そんなシアンを見たルフィは泣きそうな顔でシアンを抱え、大きな音をたてながら小屋のドアを開けた。当然中にいたダダン達は襲撃かと思い慌てて立ち上がるが、そこにいたのは傷だらけのルフィと、そんなルフィに抱えられてるシアンだった。

「ちょっとちょっと! 一体どうしたってんだい!」
「頼む…シアンを助けてくれ!! 今さっき倒れて…っ体も熱いんだ!!」
「熱い? ってこりゃあ酷い熱じゃニーか!! 早く手当てを!」
「それにしても何でそんな怪我してんだ!? お前ら二人とも!!」
「それは…谷の下で狼に…追いかけられてた…」
「谷底!? 何しにいっティたんだ!?」

わあわあと一気に騒がしくなったが、それもダダンの一喝で収まり、シアン、シアンと喚くルフィを言いくるめ、無理やり布団へ押し込んだ。どうやら自分の気づかぬうちに、相当疲れが溜まっていたらしいルフィは、横になるとすぐに眠りについた。
そんなルフィを横目に見ていたエースの耳に、シアンの荒い呼吸と喚く声が聞こえてきた。

「あ、ああぁ!! いや、いやっ! ルフィ、ルフィ――!!!」
「喚くんじゃないよ!!」
「ぃっ…!! ハッ、たすけ、シャンクス……っ、ギャバ、ン、ギャバンッ、ァ゙あ゛…!!」

むくりと布団から起きたエース。そーっと中を覗くと、シアンが二人がかりで押さえつけられながらダダンに治療されていた。

「ここ、骨が折れティるよ!!」
「じゃあ固定しないとだねェ!! こら、暴れるんじゃないよ!!!」
「はなして、はなせっ!! ッ…もっ…やだァ…!!」

ボロボロと涙を流し始めたシアンに、とうとうエースが動いた。ダダン達は素早く出てきたエースを見つけたが、生憎それに構っている暇はない。そのまま放置していると、エースが泣き叫ぶシアンの目の前までやって来た。
滲む視界に映ったエースをギッと睨みつけたシアンは歯を食いしばった。

「なによっ! あんだけわたしたちから逃げ回って……今さらなにっ……!」
「…………」
「あんたになにがわかるのよ…! ルフィの気持ちが!! っ、ゲホッゲホッ!! ハァッ…ルフィの話くらい、聞いてよ…!!」

責められると、思っていた。
ルフィを谷底に落として、挙げ句の果てにシアンをこんな目に合わせた自分を責めると、エースは思っていた。
なのに目の前の女は、シアンは話を聞けと、逃げ回った事に対して怒ってきたのだ。

「………気が向いたらな。だから…もう寝ろ」

まるで兄のように。優しくシアンの頭を撫でて柔らかい声色でそう言ったエースにダダン達は信じられない! とでも言いたげに目を見開いた。それはもう目が零れ落ちそうなほどに。
けれどシアンは安心したようで、ふわっと笑ったかと思うと静かに目を閉じた。暫くすると聞こえてきた寝息にホッとする周り。

「お前――」
「これで治療出来るだろ。煩くて寝れねェんだよ」

ふんっと言い訳した後、チラッとシアンを見て布団へ戻った。そんなエースの不可解な行動にもうダダン達は何も言うまいとシアンの額に濡れタオルを置いてルフィとエースの間にソッと寝かせた。
こうして、長い長い一日が幕を閉じたのだった。





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