「クソガキ……!!」
「ウ…!!」
ポルシェーミはルフィの言葉に苛立ち、持っていたハンマーを思い切り振り下ろした。けれど、ゴムゴムの実を食べたルフィには関係ない。むくっと起き上がり、何事もなかったかのように無傷で喋り出したルフィに、周りのポルシェーミの部下達は驚きで声を上げた。
「……“悪魔の実”か、…これは本物だな。“グローブ”持って来い」
「!?」
「いいか、クソガキ。お前の友達のエースが盗んだのは、ウチの大事な海賊団の金だ………」
グイッとルフィは柱に括り付けられていたのから、天井に吊るすように上げられる。ぶらぶらと体が宙ぶらりんになったルフィを、ポルシェーミがトゲトゲの針のついたグローブで容赦なく殴った。――ビチャ! と、ルフィの血が地面に飛び散る。
「海賊を怒らせるモンじゃねェ……。ウチのブルージャム船長はそりゃあ人でなしなんだ……」
ポタポタと殴られた患部から血を流すルフィ。頭がクラクラしてるのだろう、先ほどまでの元気はなくなっていた。ズキズキ痛む体に、とうとうルフィは涙を流す。
「ぎゃあああああ!!! 痛ェよォ〜〜〜!! 恐ェよォ〜〜〜!!! 助けてくれ〜〜〜!!!」
「お前ら、エースとサボを探しに行け」
「は…はいっ!!」
ルフィの泣き声が響く。部下にエースとサボを探しに行くよう命じたポルシェーミは、またルフィへその拳を振り上げた。――だが、それは意図なくして止められた
「……それ以上ルフィを傷つけてみなよ。あんたも同じ目に合わせるけど?」
肩で息をして、乱れた髪をそのままに幼い声で威圧する、シアンによって。
「中間の森」
「急げ急げっ!!」
「ポルシェーミ達がここへ来たら終わりだ!!」
「早く宝を他所へ移すんだ。ルフィの奴が口を割るのも時間の問題だ!!」
あれから宝の隠し場所へと戻ったエースとサボは、急いで箱に今まで貯めてきた宝を詰めていく。
「ここに来られちゃ今回の盗品だけじゃなく、おれ達の5年分の海賊貯金が全部奪られちまう」
焦りながらサボは最悪の事態を口にする。その間もポルシェーミの部下達はエースとサボの行方を捜すが、ここはグレイ・ターミナル。まともな人間などいるわけもなく、素直に教えてくれる奴など一人もいない。逆に金目の物を置いていけとまで言われる始末だ。
そんなこんなで時間は進み、夕方――。
「……よし、終わった!! 宝は全部移動させたぞ!!」
エースは一人新しい隠し場所で喜びを露わにしている。そこへ、慌ててやってきたのはサボだ。
「エース!!」
「――サボ! どうだった? あいつら向こうに金探しに来てたか?」
どうやらサボは前の隠し場所へ偵察に行っていたみたいだ。しかし、サボの口から出たのはエースの問いを否定する言葉だった。
「ハァ…ハァ…、…いや、来てねェ!! 探しになんか来るわけねェんだ!! …あのルフィって奴、いや…シアンって奴も……!!! ハァ…!! ――まだ口を割ってねェんだよ!!!」
「……え!?」
信じられない。そう言いたげにエースはサボを見つめた。
「いい加減に吐きやがれ!!!」
ドカッ! バキィ!! と殴られる音が辺りに響く。その音にかき消されるように泣き声も聞こえてくる。
「もうやめろよォ!! シアンを、シアンを放――」
――バキィ!!
ルフィの必死な訴えにも耳を傾けず、その顔をまた殴る。ルフィもとうとう泣き叫ぶ気力もなくなり、頭からとめどなく血を流している。
「ひっく、オェ!! ハァ…ひっく…」
「…フィ、…ル、フィ……! げほっ…!!」
「ポ…ポ…ポ…ポルシェーミさん…!! もう無駄ですよ…!!! コイツら…、叫ぶ気力も失ってます! ……たぶんもう何も喋らねェし…、正直ムゴくて見てられねェ……!!」
「ガキをかばうヒマがあったらエースとサボを捜して来い!! 命が危ねェのはおれ達なんだよ!!」
息つく暇さえ与えず、無我夢中で殴るポルシェーミを、小屋の外にいた人たちが気になって保安官を呼ぼうかと提案するが、隣にいた人がムダだと即答した。
「答えろ!!!!」
「……いわねェ…」
「クソガキが一丁前に秘密を守ろうとすんじゃねェよ!!!」
「いわねェ……!! いわね゛ェ………!!」
「じゃあもういい!! ……死ねよ」
頑なに口を割らないルフィに、ポルシェーミはついに刀を取り出した。ギラリと光った刀を、シアンは霞む視界で睨みつける。血が流れすぎて意識が朦朧としてきた。だけど、それでも――ルフィだけは、失いたくない。
ぽたり、と一筋の涙がシアンの頬を伝う。ポルシェーミがルフィに向けて刀を振り下ろそうとした瞬間。
「「やめろォ〜〜〜〜〜!!!」」
エースとサボが手に鉄パイプを持って、乱入してきた。ポルシェーミの部下達は二人を見て、こいつが金を奪ったと叫ぶ。そんな部下の叫びを聞いたポルシェーミは、ギロリとエースを睨みつけた。
「エ…エ゛ーズ〜〜〜!!!」
ルフィはその姿に堪らず叫んだ。ぶわっと涙を流すルフィと、呆然とするシアン。そんな二人をサボが盗んだナイフで二人のロープを切る。途端に縛るものがなくなり、ルフィは受け身をとることが出来ず、サボに抱えられる。シアンは咄嗟の反射神経で無事に着地し、側に立て掛けられてあった自分の愛刀、桜桃を手に取った。
「逃げるぞエース!!! お前も!!!」
「先に行け!!!」
「!!? バカお前…!!」
「一度向き合ったら、おれは逃げない……!!!」
小さな体で、目の前の巨体を睨みつけるエース。シアンはそんなエースの後ろ姿を血で霞む視界の中、眺めていた。
「やめろ!!! 相手は刀持ってんだぞ!!! 町の不良とはわけが違うぞ!!!」
サボの必死な声にも振り向かず、エースはポルシェーミと対峙した。
重たい桜桃を両手で持ちながら、シアンはエースをシャンクスからよく聞いていたかの海賊王、ゴールド・ロジャー――否、ゴール・D・ロジャーと重ねて見てしまった。
「ロジャー船長はなァ、絶対に敵に背を向けなかったんだ」
「それって、にげなかったの?」
「あァ、あの人は一度向き合ったら絶対に逃げない。おれ達は何度もあの人のそんな場面を見た。その度に冷や冷やしたぞ! いつか殺られちまうんじゃないかってな!」
「へぇー、なんかかっこいいね!」
「おお! わかるかシアン!! ロジャー船長はものすんげェかっこよかったんだぞ!!」
「いいなぁ、わたしもあってみたかったなぁ…」
「…いつか、会えるさ。そんな奴にな」
「ほんと?」
「あァ、海は広いんだ。必ずロジャー船長と同じ事を言う奴が絶対いる」
「…なら、しんじてみようかなっ!」
「(…エースの存在を、知っててあんな事言ったのかな、シャンクスは…)」
ゆらゆらと目に溜まった涙で視界が揺れる。シャンクスの言う通りの人が、目の前にいる。そのことにシアンは胸がジン…と熱くなるのを感じた。
サボとエース、二人でポルシェーミと戦っているのを、シアンは涙を拭う事でやっとはっきり見ることができた。
「(助けてもらってばかり…)」
こんなの、ただのお荷物だ。いい得物(桜桃)を持っていたところで、使いこなせなければ意味がない。それに、自分はあの時何を誓った? 何を求めた? ――守るための力じゃなかったのか。
ギュッと刀を握る手に力を込めて、シアンは地面を強く蹴った。
「エース! 後ろ!」
「チッ!」
――ガキィン!!!
後ろから迫ってきていた刀を受け止めたのは、シアンだった。両手で刀を力一杯握りしめ、敵の刀を受け流す。そしてその一瞬の隙に相手の懐に潜り込み、ガラ空きな脇腹を斬りつけた。
その無駄のない、鮮やかな動きにサボとエースは一瞬魅入ってしまった。今の自分たちの状況をも忘れて。
「前!!」
しかし、シアンの張り上げた声に覚醒し、慌てて鉄パイプで迫ってきていたポルシェーミを殴った。そうして、三人で戦った結果、無事にポルシェーミをやっつけたのだった。
「うえ〜〜〜ん、どゥおお〜〜…ん!」
ルフィは目や口、鼻からあらゆる汁を出して泣きじゃくる。シアンは困ったように眉をハの字にしてしきりにルフィの頭を撫でている。
「お前…悪ィクセだぞエース!! 本物の海賊相手に「逃げねェ」なんて!!! 何でお前はそう死にたがりなんだよ!!! …はァ、こんな事しちまって………、ブルージャムの一味はもうおれ達を許さねェぞ。この先追われる……!!」
サボがこれからの事に想いを馳せ、ため息を零す。しかしルフィは関係ないのか、そんなことを微塵も考えずに未だ泣きじゃくっている。
「恐がっだ…死゛ぬ゛がどぼどっだ!!」
ふおぉお、と号泣するルフィに一喝するのは、やはりエース。
「うるせェな、いつまで泣いてんだ!! おれは弱虫も泣き虫も大っ嫌いなんだよ!! イライラする!!」
歯を剥き出しにして怒るエースに、ルフィは目にいっぱいの涙を溜めてピタッと泣き止む。「お、」とエースは少し驚いた。
「……あ゛り゛がどう゛。たす…助げでぐれで…ウゥ…」
「てめェ!!」
「おいおいっ!! 礼言ってるだけだ!」
お礼を言いながらまた泣き出したルフィを、これまた怒鳴るエースに、慌ててサボが止める。
ルフィの側にちょこんと隠れるように座っていたシアンは、それには関わらずルフィの背中に自分の背中を預けて温もりを感じていた。
「……だいたい…、お前何で口を割らなかったんだ!!? あいつらは女でも子供でも平気で殺す奴らだ!!!」
「…喋ったらもう友達になれねェ………!!」
「なれなくても死ぬよりいいだろ!!! 何でそんなに
「だって他に!! 頼りがいねェ!!!」
エースの言葉にルフィは鼻から鼻水を垂らしながら大声を出した。それにピクリと小さく反応したシアンは、黙ってルフィの話を聞くことにした。
「フーシャ村には帰れねェし…、山賊は嫌いだし…!! お前を追いかけなかったら、おれとシアンは誰にも頼れねェ!! おれ達だけでいたって何もできねェ!!!」
ギュッとルフィがシアンの手を握りしめる。今まではフーシャ村という暖かい村で暮らし、マキノや村長、更にはシャンクス達もいたから何も心配する事なく暮らせた。
だけど、もうその存在も側にはいない。シャンクス達なんて遥か遠い海を航海しに行ってしまった。――頼れる者など、ここにはいないのだ。
「……お前ら親は…」
「じいちゃん以外いねェ。シアンは一人だ」
「!! …おれがいれば辛くねェのか…。……おれがいねェと…困るのか」
「う゛ん」
躊躇いなく頷くルフィ。その振動で背中を預けていたシアンの体もゆらりと揺れる。
「お前はおれに、生きててほしいのか……?」
「!? ……!! 当たり前だ!!」
“当たり前”
戸惑うことなく、ただ一言そう告げたルフィにエースは一瞬驚いた。きっとそれには誰にも気づいていないだろう。
だがシアンは一つ、思うところがあった。きっとエースは今まで求められた事がなかったのだろうか、と。
“海賊王”
この称号を手に入れるために、ゴール・D・ロジャーは沢山の人に羨まれ、妬まれ、憎まれてきたのだから。
するとまた喧嘩が始まり、ルフィの支えがなくなった体に力を入れて座る。
「(…なんかシャンクスの時も、ああやって言い合ってたなぁ…)」
最もシャンクスの時は相手が大人だ。勝敗は見え見えだったが。
「そうだ、シアン!」
「ん?」
サボも一緒にダダンの所まで帰る事になり、山々をみんなで歩いている途中にルフィに呼ばれ、シアンは素直にルフィの隣に行く。
「お前まだエース達となんにも喋ってねェだろ?」
「別にいいよ。私はルフィがいればいいから!」
「だめだ!! ほら!!」
「う、え、ちょっ……!」
グイグイとエースとサボの目の前まで押される。こうなったルフィを止める事なんて不可能に近くて。
諦めたように息を吐き、シアンは二人の目を見つめた。
「えっと…ロイナール・D・シアン。……よろ、しく」
恥ずかしさからか、しきりにシャンクスから貰った愛刀をカチャカチャと弄る。最後まで言い終えた瞬間、シアンはルフィの背に隠れるように飛び込んだ。
自分の背に小さくなったシアンを見て、ルフィは嬉しそうににししっと笑う。チラリと目だけを覗かせて、また二人を見たシアンに、エースとサボも面白そうに笑ったのだった。
「どういうこったこりゃあ〜〜〜!! エース!! ルフィ!! シアン!! そいつ誰だ!!? 何でガキがもう一匹増えてんだよ!!!」
小屋に帰るなり早々ダダンの大声が響きわたる。シアンは煩そうに顔を顰めながら耳を塞いだ。
「よう! ダダンだろ? おれはサボ」
「サボ!!? 知ってるよその名前!! おめェもよっぽどのクソガキだと聞いてるよ!!」
何とも口の悪いダダンだが、サボは怒ることもせずににっこりと笑みを浮かべた。
「そうか…。おれもダダンはクソババアだと聞いてるよ!!」
「余計な情報持ってんじゃねェよ!!」
お笑いのような会話に、シアンは思わず笑ってしまった。その笑顔を間近で見たエースは目を丸くしたがふっと頬を緩めた。
まるで、妹を見つめる兄のように。
――“不確かな物の終着駅”を追われる形で共に
暮らす事になったエースの親友・サボ
「ルフィ!! シアン!! ついて来れなくても置いてくからな!!」
「ついてく!!」
「あっ…ととと、待ってよ! はやい!」
「おめェらァ!! ショバ提供してんだから働きやがれェ!!!」
エース・サボ・ルフィ・シアン。
やがてこの四人の悪童は、山道やジャングルの猛獣。
町の不良達“ゴミ山”の悪党達、入り江の海賊達との戦いに明け暮れ、その悪名はついに、王国の中心街にも届く程となっていく
「ドグラ!! マグラ!! 『ゴア』ってのは……どこだ?」
ダダンがドグラとマグラに尋ねる。小屋の中にはバサリと新聞独特の音がした。
「一応このコルボ山も“ゴミ山”もフーシャ村も、『ゴア王国』の領土ディスけど?」
「――だよねェ〜」
「まーまーお頭っ!! 珍しく新聞なんか読んで。今日は槍でも降りますかねェ」
茶化すようなマグラの言葉を余所に、ダダンは口から煙草の煙を吐き出す。
「この王国に客が来るって? 何だかでかいニュースになってるが、何の騒ぎだ。そんなに偉い奴なのか?? ――“天竜人”ってのは」
始めの難関に過ぎなかった。
back