騒ぎの中心は


広いグランドラインを逆走する。今まで航海してきた海を戻るなんてなんだか勿体無い気もするが、約束のためだ、仕方がない。
ボーッと空を眺めていると、ちょうどニュース・クーが新聞を落としてくれた。暇な今にはちょうどいい。少し高度を下げてきたニュース・クーにお金を払い、自動運転に切り替えてシアンは新聞をバサリと広げた。

「………え?」

新聞の一面には、己の兄であるエースの名前が書かれてあった。そしてその横には――…。

「……エースが、インペルダウンに……?」

急な話について行けず、シアンは新聞をぐしゃりと握りしめる。だが、思い出したように急いで鞄からエースのビブルカードを出した。手のひらに乗せたそれはヂリヂリ…と、嫌な音を立てながらゆっくりゆっくり燃えていく。
命の灯火であるビブルカードがこんな状態なんだ。嘘だなんてもう到底思えない。

「……っ…」

助けに行きたい。だって、エースは私の兄だ。大事な大事なお兄ちゃんだ。――だけど、私とエースは、敵だ。

「……大丈夫、だよね…」

突然エースからプレゼントされた、お揃いのストライカーが海面を掻き分けて進む。不安な想いを抱えながらシアンはハンドルをぎゅっと握り、シャボンディ諸島へ急いだ。





「よし、到着!」

流されないようにストライカーを括り付け、シアンは陸へ上がる。さて、探し人は一体どこへ居るのやら。この広いシャボンディ諸島をしらみ潰しに探すのは骨が折れる作業だと、頭を抱えた。

「それにしても久しぶりだなぁ、シャボンディも。あ、シャッキーのところに行かないと」

前回この島を訪れた時はすっかり忘れていて、後々かかってきた電伝虫に酷く脅されたのを今でも覚えているシアンは、真っ先にシャッキーの店へと向かう。
漸く見えてきた“シャッキー’s ぼったくりBAR”という看板。脅し満載のこの名前を初めて見たときは、シャンクスもシアンもお互い腹が捩れるくらい笑ったものだ。
まだ色濃い彼らとの思い出が一つ、また一つと蘇る。それらを振り切るようにシアンはドアを開けた。
――カラン カラン……。

「いらっしゃい………あら、シアンじゃない!」
「久しぶり、シャッキー!」
「ほんとね。それにしても、シアンまで来るなんて……」
「……? 何かあったの?」

シャッキーの憂鬱そうな、楽しそうなその表情は、今とてつもなく面倒なことが起きてる証拠だ。バーカウンターに座ろうとしたシアンは思わず足を止め、訝しげにシャッキーに目をやる。

「ふふ。今ね、このシャボンディ諸島には11人の“億”を超える賞金首がいるわ」
「は、そんなに!? うわぁ…、面倒なときに来ちゃったかな……」
「けど…またどうしてこんな急に? 赤髪さんは?」
「んー……。シャッキーには隠せないだろうから言っとくけど」

「私、赤髪海賊団やめてきたんだ」と、シアンは笑いながらつい数十分前の事を伝えた。シャッキーはとても驚いたが「それがシアンの決めたことなら」と最後には母親のように微笑んで見せた。

「ところでシャッキー、その11人の中にモンキー・D・ルフィっている?」
「いるわよ。というより……さっきまでここにいたわ」
「ええ! そんなァ……来るのが遅かったか……」

ガクリと肩を落とす。いくらなんでものんびり来すぎたか。シアンは深い溜息を吐いたが、すぐに気を直して、探し人を探しに行くことに。

「それじゃあちょっと探してくるよ。レイリーさんもいないみたいだし」
「ふふ、行ってらっしゃい」

シャッキーに見送られ、シアンは当てもなく歩き回る。頭の後ろで手を組んで、迷わないようにマングローブの番号を確認しながら辺りを見渡すが、どこにも“11人の超新星”の海賊とやらはいない。
シャッキーが嘘の情報を言うわけもないし、と思っていると、人々がある場所を目指すように同じ流れで進んでいる。

「あの方向って、確かヒューマンショップがあったような……」

うろ覚えだが、“ヒューマンショップ”という言葉には無意識に眉間に皺が寄ってしまう。もしかすると、ルフィたちも何かに巻き込まれてそこにいるのかもしれない。流れに従って1番グローブに着くと、そこは既に大勢の人で賑わっていた。

「すいません」
「何ですかな?」
「今日って何か目玉商品があるんですか?」
「はいはい! 本日はあの人魚がございますよ! あの人魚です!」

「そう、なら入ろうかな」と作った笑みを向けて中へ入る。するとやはりと言ったところか、予想通り億超えのルーキーたちが集結していた。手配書で見た程度だが、どいつもこいつも海賊らしく悪人ヅラしていたのをシアンは覚えていた。

「(天竜人までいるのか…厄介だな)」

独特のマスクを被った天竜人のせいで憂鬱になりかけた時、ある団体がシアンの目に一際目立って映った。

「あの人たち、ルフィの……」

見つけたのは〈麦わらの一味〉のクルー達。やっと見つけた! と達成感のあまり浮かれてしまったが、どこにもトレードマークである麦わら帽子がない。(まさかあのルフィが別行動…?)と、首を傾げる。
もどかしい気持ちを抱えていると不意にドアが音を立てて開いた。このままいたら邪魔になってしまう。すぐにその場から少し離れると、入ってきたのは天竜人の一人、チャルロス。ここまで奴隷に乗りながらやって来たようで、チャルロスは思いつく限りの罵倒を浴びせ、挙げ句の果てにはもういらないと売り飛ばしてしまった。
そんな一部始終を見ていたシアンは、ギリッと痛いくらい拳を握りしめてチャルロスを睨む。当の本人は父親の方を向いていて、シアンの怒りが孕んだ睨みに気づくことはなかった。

「(この女……どっかで……)」

シアンの隣にいたのはルーキーの中でも特に悪人ヅラの男、ユースタス・“キャプテン”キッド。彼に横目で見られているだなんて勿論知らないシアンは、チャルロスから目を離して舞台の方を見た。すると、今しがた出てきた商品の一人である男が、舌を噛んで生き絶えた。

「………つよい」

惨めな人生を送るより、ここで死ぬ方がマシ。そう判断した男の、何と強いことか。シアンは運ばれてゆく男を最後まで見送った。
そしてついに出てきた本日の目玉商品、人魚。前にいるナミ達様子を見る限り、やはり目的はあの人魚だろう。思った通り厄介ごとに巻き込まれていたと、シアンは人知れず頭を抱えるが今はどうする事もできないし、そもそもまだ仲間ではない。

「やったぞえ〜〜っ!! 人魚だえ〜〜!! 人魚が売ってるえ〜!!」

そんな中、会場にはチャルロスの歓喜の声が酷く響いた。誰しもがチャルロスの声を塞ごうと耳に手を当てようとしたが、チャルロスはいきなり5億という値段を口にした事で、その手も止まってしまう。
いきなり規格外の値段に、ナミ達は驚きすぎて声も碌に出てない。
――仕方ない。

「6億」

静まり返った会場に、私の声は良く響いた。

《ろ、6億出ました! 6億以上はありますでしょうか!》
「なら10億だえ〜〜!」
「12億」
「50億だえ!!!」
「(なんつー額…)」

生憎そんなお金は持ってない。チャルロスの得意げな表情に溜め息を吐いて、シアンは気持ちを落ち着けた。
その後は誰も金額を言わず、チャルロスの50億で決まってしまいそうになったその時――空から声が降ってきた。

ぎゃあああ〜〜!!!

落ちてきたのは、シアンがずっと待っていた男。相変わらず騒ぎの中心になるのが得意なんだからと、何年振りかの一方的な再会にシアンの目尻は自然と緩む。
ルフィはお目当ての人魚を見つけた途端に一目散に走り出す。それを止めようとしたのが、陸には居るはずのないタコの魚人だった。

「(だめだ、殺される……!)」

そんなタコ、もといハチの元へシアンが走り出そうとした瞬間、銃声は鳴ってしまった。危惧した通り、あの魚人が撃たれたのだ。天竜人の手によって。
その後も続く天竜人の言葉にシアンは我慢出来ず、止まっていた足を再び踏み出そうとするよりも速くルフィがチャルロスを殴り飛ばした。後先を何も考えていないルフィらしい行動に、彼女は銃へと伸びかけていた手をスッと戻したのだった。

「さて、どこで会おうかな…」

今は無理だ、会場が混乱状態に陥っている。こんな状況で「久しぶり!」なんて言えるはずもない。かと言ってここから逃げるのも無理だろう、そろそろ大将が来る時間だ。
誰が来るのか――シアンは三人の大将を思い浮かべた。

「(青キジならいいんだけどなあ……。あー、赤犬は断固拒否。あいつ頭堅いし、何より死ぬほど嫌い。黄猿もだいたいは頭堅い…けど赤犬よりはマシ)」

そんな事を思っていると、今度はロズワードまでもがやられてしまった。マスクがパリィン! と割れ、顔は血で赤く染まっている。

「ルフィの仲間はどうなってるんだ……」

言葉とは裏腹にニヤニヤとした笑みを浮かべながらシアンはウソップ達を見て、これからの冒険に想いを馳せる。――退屈はしなさそうだ。
すると唯一残ったシャルリアが、ルフィ達の目的であるケイミーを殺そうと銃を構えた。反射的にシアンも銃を構えたが、同時にシャルリアが突然気を失ってしまった。

「――なーんだ。こんなところに居たのか……」

探す手間省けたと、構えていた銃を降ろす。どうやら覇王色の覇気を使い、シャルリアを気絶させたらしい。その外見とは裏腹に、まだまだ若造には負けていないようだ。
だが、次はシアン達海賊に向かってレイリーは覇気を飛ばした。レイリーの目は確実にシアンを捉えたはずなのに、容赦なく飛んでくる覇気にシアンは必死に耐えた。
漸く気が済んだのか、レイリーは側にいたケイミーの首輪を爆発する前に無理やり手で外し、見物客の海賊たちへと視線を向ける。自分の覇気を浴びても尚持ち堪えたルーキー達に、レイリーはそれはそれは愉快そうに笑った。





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