キラーが船長であるキッドに状況を伝えた直後、外から聞こえてきたのは海兵の声。最初は物腰柔らかな口調だったのに、最後はとても荒々しいものへと変化していく。まるで海賊なんかに優しさなんて要らないと態度で表しているようだ。
完全に包囲されてしまった。シアンはげんなりとした様子で項垂れていると、キッドが残った海賊達(麦わらの一味・ハートの海賊団)に向かって軽い口調で話しかけた。
「もののついでだ、お前ら助けてやるよ! 表の掃除はしといてやるから安心しな」
その言い方にカチンときたのだろう、ルフィとローはムッとした表情を見せ、ついには三人並んで出ていってしまった。
相変わらず、負けず嫌いな所は変わってないんだな。そんな懐かしい気持ちでルフィの後ろ姿を見つめていると、その後ろをゾロが続こうとする。
結局、シアンを含め残った海賊達が外に出た頃には、既に海兵達は全員倒されていた。
「伊達に噂になってないねェ…。けど、まだいるんだよなぁ」
そのしつこさには感服するよ。
倒しても倒しても際限なく向かってくる海兵を次々に伸していく麦わらの一味。各々独自の戦い方で道を切り開いていく麦わらの一味に、シアンは堪らず笑みを零した。――良い仲間を見つけたね、ルフィ。
在りし日のルフィの姿を思い浮かべ、シアンは先にシャッキーの店へと戻ろうと、目立たないように邪魔な海兵を倒してその場から姿を消したのだった。
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「ただいまー」
「あら、お帰りなさい。随分大変そうだったわね」
「うん…ルーキー勢揃いだったよ。まあでも、ルフィ達の強さを直に見れたのは良かったかな」
「ふふ、……あら、帰ってきたみたいよ?」
「――…ほんとうだ」
店の外から聞こえてくる声に、シアンは勝手に緩んでしまう頬にそっと手を当てる。少し熱い頬はきっと赤くなっているだろうが、今はそれよりもこのままこの席に居ては目立ってしまうと、静かにカウンターの端の方へ身を寄せた。どうせ暫くはレイリーの話で盛り上がるだろうから、邪魔にならないようにしなければ。
そして騒がしく入ってきた麦わらの一味は備え付けのソファーに座り、予想通り始まったレイリーの話に耳を傾ける。それから必然的に海賊王の話へ。いつの日か、それはシャンクスから聞いた事のある話とどこか似ていて、シアンはグイッと水の入ったグラスを煽った。
「シアン! 船長はすげーんだぜ!」
「海賊王の話なら前聞いたよ…。凄いのはもう充分わかったから」
「あんなにカッコいい人は早々いねェよ…」
「……シャンクスがそう言うんなら、よっぽどカッコいいんだろうね」
「あァ、船長に敵う奴なんておれァ見た事ねェよ。………シアンに、一度でいいからロジャー船長に会わせたかったなァ…」
口を開けばロジャー船長がどうのバギーがどうの、としきりに話すシャンクス。だが、その話をする時のシャンクスは決まって笑顔だった。それだけその日々が充実していて、楽しかったんだろう。
自分の憧れであるシャンクスが憧れる海賊王 ゴール・D・ロジャーに、シアンは一度でいいから会ってみたかった。
そうして思い出に耽っていると、レイリーの口からシャンクスの名前が出てきた。元海賊王の副船長だった男から説明されるシャンクスに、シアンはどこか不思議な感覚で話を聞いていた。出来る事ならこの話を録音して、シャンクスに聞かせてあげたい。
それを聞いた時のシャンクスの反応を思い浮かべ、シアンは思わずにやけてしまう。誤魔化そうとシャッキーが淹れてくれたリンゴジュースを飲むと、シャンクスを馬鹿にしたせいか、ついにその矛先がこちらへと向いたのだ。
「おれも会いてェなァ〜〜〜!!! あっ、シャンクスと言えばシアン!」
「シアンがどうかしたのかね?」
「アイツさ、おれの賞金首が億超えになったら仲間になるって約束したんだよ! 今確かシャンクスの船に乗ってるはずなんだけどよォ」
――ルフィは、覚えていた。
何の変哲もない一日に、エースとサボが居ない時に二人で交わした子供の約束を。
シアンは元から弱い涙腺がさらに緩むのを感じたが、今ここで泣くわけにはいかないと少し乱暴に目をこすり、必死に目の潤みを止める。
「そうか……」
「アイツどこいるんだァ? ちーっともおれのとこに来ねェ!」
「ちょ、ちょっと待てルフィ! 赤髪のクルーが何でうちに来るんだよ!」
「そうよ、だいたい子供の頃の話なんてきっと忘れてるわ」
「ちがう! シアンはそんな奴じゃねェ!」
「来るわけがない」と言い放つ仲間の言葉をすぐに否定したルフィ。そんな彼を見かねてか、それとも面白半分か…レイリーはチラリとシアンの方を見て意地の悪い笑みを浮かべた後、ルフィの名前を呼んだ。
「そのシアンなんだがな…」
「なんだ?」
「あそこにいるぞ」
クイッとレイリーがシアンの方向に指を向ける。するとルフィ達はぐりんと首がもげるんじゃないかってくらい勢いよくレイリーの指が差す方へと顔を向けた。
バチッと合ってしまったシアンとルフィの目。流れる沈黙に耐えかねたのか、シアンは引きつった笑みを浮かべて小さく手を振った。――次の瞬間、ルフィの腕がにゅっと伸びてきて気づいたら彼の腕の中だった、と言うのはシアンにしてみれば当たり前の事だった。
「シアン〜〜! お前何やってんだよ! 気づいてたんなら声かけてくれたっていいだろ!?」
「あー…ごめん?」
「なんだお前その態度! 失敬だぞ!」
「え、失敬なんて言葉知ってたの?」
「なんだと!? 失敬失敬!」
シアンのからかいにすぐムキになるのも相変わらずだ。今度は誠心誠意「ごめんね」と謝り、ぽんぽんと軽く背中を叩くとぐるぐると巻きついていた腕の拘束を解くのも変わってなかった。
漸く良好になった視界で〈麦わらの一味〉を見ると、これでもかと目を見開いているのが目に入る。こんな登場の仕方で申し訳なさを感じつつ、シアンはある事を思い出した。
「いきなり驚かせてしまってすみません。いつも兄がお世話になってます」
椅子から立って頭を下げる。フーシャ村やコルボ山で過ごしていた時に、マキノから教わった最低限の礼儀だ。シアンは忘れずにこれが出来た事に若干嬉しさを感じている。
「「「いやいや、こちらこそ」」」
デジャヴを覚えるその姿に、一味は全員口を揃えて手を左右に振った。見事に息の揃った仕草にシアンは顔を上げて笑う。どうやらナミ達も状況が飲み込めたようで、みんな一斉に驚きの声を上げる。
「兄ってルフィ!?」
「じゃあお前の妹か!!?」
「おうっ、おれの妹だ! な、シアン!」
「はい」
「いやいやいや、嘘だろォ!?」
信じられないと表情だけで語っている。それもそうだろう、誰よりも側でルフィを見てきたナミ達は、己の船長が兄だなんて信じられるわけがないのだ。弟なら分かる、だが兄とは到底思えない。
「シアン!」
「…なぁに?」
「おれの――仲間になれ!」
真っ直ぐな目がシアンのそれと合わさった。その瞳は昔と全く一緒で、今もシアンの心を強く引っ張る。
「……ちょっと、待ってくれる?」
本当は今すぐに頷きたい。だが、これでは筋が通らないのだ。シアンは一味全体を見渡し、静かに口を開いた。
「私はロイナール・D・シアン。赤髪海賊団の特攻隊長をしていました」
「とっ、特攻隊長!?」
驚くチョッパーとウソップに苦笑して、シアンは話を続ける。
「刀の師匠は七武海が一人、ミホーク。銃の師匠は赤髪海賊団副船長、ベックマン。戦闘力はあるつもりです!
……まだ私は、貴方達の事を何も知らないし、貴方達も私の事を何も知らない。ルフィと私の、勝手な約束の為に無理を言っているのは分かってます。――でも、どうか、私をこの船に乗せて下さい! お願いします!」
頭を下げ、拳を握る。誰も何も言わない沈黙状態が続く中、最初に口火を切ったのはやはりこの男だった。
「シアンは仲間にする! てかもうずっと仲間だ! 文句言わせねェぞ!!」
両腕を上げてニシシと笑うルフィに、シアンは「いや、だから私はルフィに聞いてるんじゃなくて」と言いかける。だが、それを遮ったのは〈麦わらの一味〉の航海士、ナミだった。
「ルフィに意見が通るなんて思ってないわよ。仲間に関してはね」
「…そ、それは良いの?」
「つーかずっと言ってたよな、ルフィ。グランドラインに入る前から言ってなかったか? なァゾロ、サンジ、ナミ」
「そういやァ言ってたな。おれを仲間にする時に『やっと二人目だ!』って。なら一人目が居んのかと思えば居ねェし……」
「この子の事だったのね」
「おれァ大賛成だぜ、ルフィ! こ〜んなカワイコちゃんが仲間だなんて!」
和気藹々とした雰囲気が漂う。思わず戸惑ってしまうシアンに、ナミは一言。
「つまり、あんたは最初から仲間だったのよ!」
綺麗な笑顔でそう言ったナミに、シアンは涙ぐんでしまう。約束を違えるつもりなど毛頭なかった。だけど、もしもシアンが約束を忘れていたら――と、ルフィは疑わなかったのだろうか。
「そんな…こんな得体の知れない私を、簡単に仲間だなんて……」
「ルフィの妹で? 〈赤髪海賊団〉の元仲間で? 何を疑えっていうの?」
「でも……」
「あーもー! まどろっこしいわね! あんた…じゃない、シアン!」
「は、はい!」
「特攻隊員って事は相当強いんでしょ!?」
至近距離にまで顔を近づけてきたナミに後ずさるシアン。いきなり何だと思ったが、口には出さずに小さく頷く。謙遜なんてしていられない、今はとにかく自分を売り込むときだ。
「だったら、このか弱い私を守ってね!」
ナミの台詞に、シアンはハハハ…と乾いた笑いを浮かべた。どの男よりもたくましそうに見える、だなんて言ってしまえば確実に殺されるとすぐに判断し、口を閉じる。それに満足したのか、ナミはシアンから離れてソファーに座りなおした。
「シシッ、な? いい奴らだろ?」
「うん。……いい仲間が出来たみたいだね、ルフィ」
「おう!」
嬉しそうに目を細めたルフィに、シアンはずっと言いたかった台詞を口にした。
「私を、仲間にしてください」
いつまでも受け身のままではいられない。
シアンはずっと、その言葉が言いたかった。ルフィの強引な誘いからではなく、自分から、自分の意思で、〈麦わらの一味〉の仲間になりたいから。
「おう!!」
力強く頷いたルフィに、周りのナミ達も笑顔で応える。
漸くここまで来た――シアンは嬉しさに震える身体を鎮め、もう一度深く、深く頭を下げた。
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