巻き起こる波乱の渦


それからシャッキーが飲み物を用意し、仲を深めるためにまずは話し合うことに。

「〈麦わらの一味〉の事はよく知っているよ。ルフィの仲間だし…シャンクス達とも話してたから」
「えェェェ!! お、おれ達、あの赤髪に知られてるのか!?」
「赤髪のクルー全員知ってるよ! 特に一味みんなが賞金首になった時は、船で宴してクルー全員でお祝いしたなァ…」

驚くチョッパーにシアンはケラケラと笑う。どうやらチョッパー達からしてみれば、四皇である赤髪海賊団は遠い存在のようだ。

「そう言えば、サンジの手配書だけ絵だったね?」
「ぐっ…アレは不可抗力なんだよ、シアンちゃん…!」
「すげェ似てるじゃねェか。」
「っせェ!! クソマリモ!!」

勃発した喧嘩にシアンは慌てて止めに入ろうとするが、ロビンに肩を掴まれて意識はそちらへ。

「止めても無駄よ」
「わぁ、ロビン! 久しぶりだね!」
「なになに? 知り合い?」
「うん! 何年前だろ…ある島に上陸した時に、ちょうど隠れ住んでたロビンが居て、仲良くなったんだ」

もちろん仲良くなるまでにいろいろあったが、それもロビンの境遇を思えば仕方のないこと。シャンクスに無理を言って出航を遅めたくらいには、シアンはロビンの事を大切な友達だと思っている。

「あ、そうだ……そげキングさんって今どちらに?」

パン、と思い出したように手を合わせてそう尋ねたシアンに、ウソップはそれはそれは慌てた。何を隠そう、そげキングの正体はウソップなのだが、チョッパーやルフィはそれを知らない。
エニエスロビーで現れた“謎のヒーロー”として、ルフィ達のピンチを手助けした者、として無理やりそげキングを過去のものとしたが、そうは問屋が卸さなかった。

「(手配書がそげキングになってんの忘れてたーー!! やべェ、どうする、どうする!?)」
「(というかシアンがウソップアンタの事をそげキングだって気づいてない方が可笑しいでしょ! 流石ルフィの妹ね…)」

ウソップとナミが顔を合わせてこそこそと話し合う。シアンは「ん?」と首を傾げるが、どうやら本当にそげキングがウソップだと気づいていないらしい。

「ま、まあまあ! それは置いといて!」
「え? あ、わ、分かった」

ナミの必死な笑顔に思わず頷いてしまったシアン。すると後ろからぽんぽん、と肩を叩かれて後ろを振り返る。

「ヒィッ……!! あ、ぶ、ブルックさんか、近すぎて怖かった…」
「シアン、お前ブルックが骸骨って知ってたのか?」
「アフロが特徴的だからね。アフロじゃなかったらわからなかったけど…」
「ヨホホホ…初めまして、お嬢さん。お近づきの印にパンツ、見せてもらっていいですか?」
「へ? パンツ?」
「何言ってんだこのエロ骸骨ー!!!」

シアンがきょとんとする後ろから、ナミが渾身の一撃をブルックに食らわした。軽々と吹っ飛ぶブルックは、やはり骨だけだと軽いのだろうか。

「な、何が……」
「ブルックって呼んであげて。あの変態に『さん』はいらないから」
「り、了解です……」

にっこり微笑むナミに咄嗟に敬礼をすると、満足したようにソファーに座り直す。自分が怒られた訳ではないのに、何故かホッとした気分になるのはどうしてだろうか…。

「フランキーもウォーターセブンで会ったきりだね、久しぶり!」
「おう! 久しぶりだなァ、まさかこうして仲間になるなんて思わなかったぜ」
「それはこっちの台詞だよ。フランキー、海賊にはならないって言ってたじゃんか」
「ガッハッハッ!!! おれもいろいろあったのよ」

そのいろいろにきっとルフィが深く関わっているのだろうと思いながらも、シアンはそれ以上聞くことはしなかった。

「じゃあ、改めまして…。私はロイナール・D・シアン、元赤髪海賊団のクルーでした。武器は刀と2丁拳銃! どうぞよろしくお願いします」

武器の刀に反応したのは、剣士のゾロ。「へェ…」と目を光らせて、椅子にもたれかけていた背中を少し乗り出した。

「そういやァ、さっきあのミホークに修行つけてもらってたって言ってたな」
「うん。シャンクスとミホークはライバルだからね、仲が良かったんだ。それで…頼み込んで修行してもらって…」

本当に、地獄のような修行だった。
遠い目をしたシアンに、ゾロは尚も興味深そうに笑う。己が負けた大剣豪の弟子となれば、相手に不足はない。いつか戦ってみたい――そんな想いが体の奥底から湧き上がる。

「これから魚人島に行くんだよね?」
「おう! コーティングしてもらうんだ!!」

楽しそうに頷いたルフィ。シアンも次の進路が魚人島ならば安心だと息を吐いた。いきなり荒々しい所へ行くより、白ひげの縄張りと称して守られている魚人島へ行った方が幾分か安全だからだ。……道中はそうでもないが。

「じゃあ、3日後に会いましょう。見送りに行くわね」

コーティングが完了するまで、最速3日。それまではこのシャボンディー諸島から出られない。ということは、周囲には充分に気をつけなければならないのだ。

「相手は“大将”だ。誰か死なねェ様にしねェとな!!」
「縁起でもねェこと言うなよてめー!!!」
「いや、まあその覚悟はいるよ。あの天竜人を殴り飛ばしたんだ…大将向こうも全力で私達を消しに来る」

だけど、船長が船長。「遊園地行かねェか?」と言えるくらいには気が緩んでいた。――まさか、もう大将が島に来ていたなんて予想もしていなかった。





――それから数分後。大将ばかり警戒しすぎていたせいか、その他の事は散漫になっていた麦わらの一味の前に現れたのは――。

「さがれ!!! ルフィ!!! そいつは七武海の一人だ!!!」

大きな巨体にくまの耳のような物が付いた帽子、黒い手袋。そう、目の前にいる男は、かの七武海が一人――バーソロミュー・くま。

「(……いや、おかしい。くまが何でここにいる? そもそもあいつ…)」

シアンはそこまで考えたが、くまの手のひらから放たれたビームで漸く合点がいった。
逃げながら応戦する一味。既に傷だらけになってしまったゾロ達を見て、シアンは物陰から勢いよくくまの元へ走り出す。

「ちょ、おい!! やめとけよシアン!!」

ウソップの引き止める声にも反応せず、シアンは銃を二丁とも取り出して構えた。くまの目が自分へと向いた事を確認し、手のひらから飛び出すビームを躱してくまの顔の間近へ。すると、くまは大きく口を開いて「ピピピ…!」と機械音を微かにさせる。

「やっぱりそうか……!!」

漸く確信が持てたシアンは、照準を口に合わせ、撃った。パン! パン!と乾いた音が二回響く。銃弾は狙った通り、くまの口内へと飛び込んだ。
――ドカァン!!
大きな爆発とともに、爆煙が辺りを包む。その煙に紛れるようにくまから離れたシアンは、一味に速く逃げるように促した。

「爆発した!?」
「今更爆弾が効くのか…!!?」

それに気づいたら、あとはそれで攻めるしかない。ウソップ、ロビン、ナミがそれぞれ攻撃を仕掛け、くまを弱らせる。そして最後にサンジ、ゾロ、ルフィの連携プレイで見事にくまは倒された。

「……ハア、…ちょっと休もう…。いきなり…こんな、全力の戦闘になるとは…思わなかった………!!」

疲れるのも無理はない。だが、休んでいる暇はないのだ。

「今のは七武海のバーソロミュー・くまであって、そうじゃない。くまの肉体に、大将の一人の能力であるレーザー攻撃を加えた兵器――『パシフィスタ』」

完成度がやけに高かった。まさかここまで実験が進んでいたとは思わなかったシアンは、立ち上がってすぐに逃げるように声をかける。

「『パシフィスタ』がいるんなら、もう大将は着いてる筈だ。とりあえず、早く身を隠そう」

ある一人の大将を思い浮かべ、シアンは小さく舌打ちをする。恐らく、否、確実にあの男が来ていると予想して。だが、逃げるよりも先にある男の声が周囲に響き渡った。

まったくてめェらやってくれるぜ!!!

――ドスゥン!!
誰かが空から降って来た。もくもくと立つ土煙が晴れ、その全貌を露わにする。

「オイオイ…何て無様な姿だ、『PX-4』………!! てめェら『パシフィスタ』を造る為に軍艦一隻分の費用を投入してんだぜ!!」

大きな鉞を持った男――戦桃丸。海軍本部 科学部隊隊長を務める、あのDr.ベガパンクのボディーガードだ。その後ろにはまたもやバーソロミュー・くまの形をした“パシフィスタ”がいる。
“パシフィスタ”は戦桃丸の指示に従い、唐突に手のひらからビームを放った。

「……!! あいつも掌にビームだ、肉球じゃねェ…!!」
「……今はその事より身の安全だ。もう一戦やりゃ必ず重傷者が出るぞ!! 『大将』に遭う前に……!!!」
「ああ…。…ハァ…ハァ、ここは逃げよう!!!」

逃げるのが嫌いなルフィは、躊躇いなくそう判断した。力量差が明らかな今、このまま戦い続けるのは危険だと思ったらしい。
それぞれ三人ずつ別れて“パシフィスタ”と戦桃丸から逃げる。シアンはナミ達の方へ着いて行く事に決めた。

「みんな!! 3日後にサニー号で!!」
「おう!!!」
「別れて逃げるぞ!!! 追え!! “PX−1”!!! この12番GRから出すなよ!! 厄介になる!!」

戦桃丸の指示が飛ぶが、ウソップの“超煙星”により辺りには煙幕が立ち込めた。その隙に、とシアンは既にボロボロだったゾロの体調が気になりつつも、目の前に迫ってきた“パシフィスタ”に応戦する。

ゾロ〜〜〜!!!
わああああああ〜〜!!!

突然、ウソップとブルックの叫び声が聞こえてきた。シアンは銃を構えながらブルック達の方を見ると、「ゾロさんがビームをくらったァ!!!」と慌てふためく声が、より鮮明に聞こえる。
土煙が晴れ、姿を現したのは――海軍大将が一人、ボルサリーノ。またの名を『黄猿』。

「懸賞金1億2千万…“海賊狩りのゾロ”……!!! 一発KOとは…ずいぶん疲れが溜ってたんだねェ。ゆっくり休むといいよォ〜」
ゾロ!!!

上げた右足の先がピカーッと光る。ブルックとウソップが必死に黄猿に攻撃をしても、それは黄猿に掠りもしない。当たり前だ、黄猿は“ピカピカの実”の『光人間』。悪魔の実の中でも珍しい“自然系ロギア”なのだ。

「ウソでしょ!? 死んじゃう!!!」
「ゾロ!! 逃げろよォ〜!!!」

ナミとチョッパーが叫ぶも、もうゾロは体が動かない。ここへ来て疲労がピークに達し、指一本動かせないのだ。
ロビンが能力でゾロをその場から移動させようとしたが、黄猿の足で簡単に止められてしまう。

「移動もさせない…ムダだよォ〜。今死ぬよォ〜〜〜!!!」
「「「ゾロ〜〜〜っ!!!」」」

どうする事も出来ない。誰もがゾロの死を思い浮かべた瞬間――。

!!!

突如現れたレイリーが右足で黄猿の足を上に蹴り、レーザーの軌道を逸らす。そして、それと同時に海楼石の銃弾が黄猿の足に撃ち込まれた。

「――…あんた達の出る幕かい。“冥王”レイリー…!!! それに、キミは関係ないと思っていたんだけどねェ〜…四皇“赤髪海賊団 特攻隊員”――4億8千万ベリー…“剣聖”のシアン…!!!」

ギロリ、と黄猿はサングラス越しにレイリーとシアンを睨む。その睨みを一身に受けながら、レイリーはニヒルな笑みを、シアンはキッと目を吊り上げた表情を浮かべた。

「若い芽を摘むんじゃない…。これから始まるのだよ!! 彼らの時代は……!!!」
「それと、もう私は〈赤髪海賊団〉じゃないよ。今は〈麦わらの一味〉のクルーだから――私の仲間は、誰一人殺させない!!!」
おっさーーーん!!! シアンーーー!!!

涙に濡れるルフィの叫び声が、シアンの鼓膜を揺さぶった。





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