宝箱の開く音


少しの間騒ぐ一味。けれど、突如として聞こえてきた声にそれは強制的に終わってしまう。

「何を人間なんぞに従わされてんだ、クラーケン!!!」
「……………!!」

クラーケンはその声に怯えるようにサニー号を離し、慌てて逃げていった。一味はもう一息運んでくれと叫ぶが、もうクラーケンは遥か向こうだ。

「誰だコイツら…!!」
「わああああ!!!」

怒るゾロの横で、チョッパーが目を飛び出させながら驚く。それも無理もない。眼前には海獣の群れがあるのだから。
あまりの『歓迎』にシアンはギロリ、と睨みながら桜桃へと手を伸ばす。海獣に乗っている魚人は、〈新魚人海賊団〉の戦闘員だ。魚人の身体に彫られているマークにシアンは警戒心を露わにする。
そんな警戒を他所に、戦闘員のハモンドは笑いながら一味に問うた。
〈新魚人海賊団〉の『傘下に下る』か、『拒否する』か。

「拒めばここで沈んで貰う!!!」
「何だとォ!!?」
「フランキー、燃料補給して!!」

ナミはルフィとハモンドとのやりとりを聞きながら、フランキーに燃料補給を補給するように頼む。何故ならば、ルフィが『はい分かりました』と頷く訳がないからだ。

「海獣は任せて!」
「シアン! 頼んだわよ!!」

テンガロンハットを片手で押さえながら笑う。フランキーの『準備OK』という合図の言葉とともに、ルフィが笑顔で答えを口にした。

いやだね〜〜〜!!! バ〜〜〜カ!!!

清々しい程の笑顔とは反対に、ハモンド達の声色は厳しいものになった。

「拒否……!! したな……!!? 我々〈新魚人海賊団〉の勧誘を…!! ――ならば、お前達は“魚人の敵”。ただの“罪深き人間”だ!!!」
「何でお前らの手下になんなきゃいけねェんだよォ!!!」
「ルフィ!! 逆撫でしねェ方が…!!」
「残念だ。じゃあここを通す訳にゃいかねェ…海獅子ィ!!!

名を呼ばれた海獅子は歯を剥き出しにしてサニー号を襲ってくる。それと同時に燃料補給が完了した。
“クー・ド・バースト”によって船が前方へ飛ぶ。その瞬間を狙ってシアンは覇王色の覇気で海獣とハモンド達を気絶させる。

「うぐっ!!」
「ぶへ!! 空気がなくなるっ!!!」

大量の空気を必要する“クー・ド・バースト”。そのせいで船内の空気が一気になくなり、シャボンがベコン! とへこんでしまう。けれど、魚人島を包むシャボンは二重構造。あともう一回シャボンに激突してしまうのだ。

「もう一発激突するぞ! しがみつけェ!!!」

――ドプッ!!
完全にシャボンが剥がれ、一気に海水の中へと投げ出された。おまけに潮の流れが速いため、まともに泳ぐことすらできない。

「(能力者が4人もいるってのに……!!!)」
「がばばばぼ!!!」
「(せめて、能力者を……!!!)」

シアンが伸ばした手は誰も掴むことができず、そのまま意識を失ってしまった。






「…みんな、どこにいるんだろう……」

ぼそりと呟きながら歩くシアンは、誰もいないそこをただぼんやりと歩く。どうやら長い時間意識を失っていたようで、一体今どういう状況なのかも把握できていない。

「……フカボシさん…ジンベエ…」

溢れる名前は、今シアンが一番会いたい人物だった。王宮に行けば確実にフカボシには会えるが、その王宮がどこかさっぱりわからないため、未だ会えていない。
すると魚人島では珍しい、人間が三人ほど座っていた。ボロボロの姿にシアンは眉間にしわを寄せて近寄る。

「ねえ」
「!! ば、え、けっ、剣聖!?」
「ほ、本物の剣聖だ!!!」

シアンの二つ名を呼ぶ男達は、首に太い鎖をつけている。その鎖が意味するのは――。

「なんで…!」
「へ?」
「何でそんな物を…!!」

シアンの指先が自身の首元にある鎖だと気付いた男達は、顔を真っ青にさせて涙をぽろぽろと流す。

「お、おれ達は、奴隷だったんだ!!」
「“ホーディ”の!!」
「…ホーディ…?」
「あぁ。〈新魚人海賊団〉の船長だ」
「っ、おれ達は命からがら逃げ出してきたんだ!!」

顔を強張らせるシアンを見ながら、男達は泣きながら身を持って知ったことを口にしていく。

「ウゥ…! あ、アイツは!! 10年前にこの島の王妃であるオトヒメを殺したんだ!! 人間との共存を訴え続けた王妃を!!!」
「ホーディの野郎は…!! 今日、この国の王であるネプチューンを殺して、自分が王の座に立つ気なんだ!!!」
「アイツに捕まった大勢の人間が奴隷にされて、そいつらもホーディの計画に無理やり参加させられる!!!」

ドクン、と心臓が波打つ。
何故だろう。知らないはずなのに、心地よいテノールの声が頭の中に響くのは。

「パパは、いつか人間と魚人が共存できればいいと思ってんだ。パパ自身奴隷だったからなァ、……まさか、魚人が人間を奴隷として扱ってる光景なんて想像もしてなかった」

背中の刺青を思い出すように話す男は、愛娘に微笑みかけながらそっとその小さな存在を腕の中に抱く。

「頼む、剣聖!! アイツらを助けてくれ!!」

涙を流す男達。

「…シアン、お前にこの重荷を背負わせたくねェんだけど…、お前なら、シアンならきっとやってくれるって信じてる。いつか、その時が来たら、救ってやってくれ。シアンなら出来る。何てったっておれとディオネのたった一人の娘なんだからな!!」

太陽のような笑みを浮かべる父親。

――カチリ
宝箱の鍵が開く音が、どこかで響いた。




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