時間は三を刻んだ


「ギャバンーっ! おなかすいたー!」
「ちょうどメシができたぞー」
「わーい!」

新世界に位置する孤島、ザネリ。無人島のそこでシアンとギャバンは二人で生活をしていた。
父親と母親、そしてイルレオーネ島で過ごしたすべてのことを忘れたシアンは、もう四歳にまで成長していたのだった。

「きょうはなにするの?」
「んー……っと、ほれ」
「? わあ! きれいなかみかざり! どうしたのこれ?」
「近くに商船が来てな、買ったんだよ。やる、お前に」
「ほんと!? やったァ!!」

太陽の光を反射させ、キラキラと輝く髪飾りを手に、くるくると回り踊るシアン。すると、そんな二人の間に足音が無数に聞こえてきた。

「……だぁれ? おきゃくさん?」
「さァなー……客、かねェ…」

ギャバンも検討つかなかった。なにせここは孤島。とても人の住めるような場所ではないのだ。
海軍か、海賊か。ギャバンがスッと銃を持ったときだった。

「ふィ〜……つっかれたァ!」
「お頭、そんなに歩いてねェよ?」
「疲れたもんは疲れたんだよ!」

その声を聞いたギャバンは、とたんに警戒心をなくして銃をしまった。まったく、とんだ紛らわしい来訪客だ。
彼はおどおどしていたシアンを抱き上げ、声のする方へと進む。

「よォ、探し物はおれたちかい?」

赤い髪の男と黒い髪の男にギャバンが声をかける。男二人はその声にバッと振り返り、ギャバンを上から下までじっくり見た。

「ギャバンさん! 久しぶりですね!」
「ご無沙汰してます」
「久しぶりだな、シャンクス、ベック」

その男とは、のちに四皇として名を轟かす〈赤髪海賊団〉船長シャンクスとその副船長、ベン・ベックマンだった。
懐かしむようにギャバンに近寄るシャンクスだが、ふと彼の腕に抱かれている存在に気がつく。

「こっ、子どもォ!? ギャバンさんいつの間に!?」
「いや、こいつは、」
「相手は誰っスか!? おれの知ってる人ですか!!?」
「だからこいつは、」
「言ってくれたら良かったのに! まさか子どもガキがいたとは……」
話を聞けェ!!

――ゴンッ!!
ひとり暴走するシャンクスの頭に拳骨が落ちたのは、言うまでもない。
しゅうしゅうと頭から煙を出し、大きなたんこぶができているシャンクス。そこへ今まで黙っていたシアンがそーっと手を伸ばした。

「……いたい?」
「……へ?」
「いたい?」

心配そうに眉を垂らすシアンに、シャンクスはどこか既視感を覚えた。誰かに似ている、と思ったのだ。それはギャバンではない、他の誰かに。

「ぎ、ギャバンさん……」
「ハァ……。だから話を聞けっつっただろ。……そいつはおれの子じゃねェ――ヘリオスとディオネの子だ。」
「「!!」」

シャンクスとベックマンが息を詰まらせた。次いでゆっくりとシアンに目を向ける。視線を受けたシアンは、ただ首を傾げるだけでもう口を開かない。

「なん、で……あの二人の子どもを、ギャバンさんが預かってんですか……」
「……もう、知ってるだろ」
「ッ、………、っ…」
「……三年だぞ。ヘリオスとディオネが死んでから、三年が経った。シアンこいつも、もう四歳だ」

シアン、とギャバンが呼ぶと、彼女は軽く返事をしてギャバンの首に腕を回した。暖かい子ども体温がギャバンにじんわりと伝わる。
シャンクスは自分の口の中がカラカラになった。彼はヘリオスとディオネに子どもがいたこと自体知らなかったのだ。まさか彼らの死後にその事実を知ることになるとは、思いもしなかった。

「ヘリオスさんと……ディオネさんの……」
「……シアン、挨拶してやれ。」
「あいさつ……」

普段、この島には誰も人なんて来ない。挨拶なんてしたことなかったため、シアンは少し恥ずかしそうにもじもじしながら、シャンクスを伺うように口を開いた。

「えっと、…シアン、ロイナール・D・シアン……で、す。お、おねがい、よろしく……?」
「よろしくお願いします、だ。」
「よろしくおねがいしますっ!」

ギャバンの腕の中できちんと挨拶したシアンは、どう?、とでも言いたげにギャバンの方を振り向く。そんな幼い子どもに彼もまた笑い、ごちっと軽く額を合わせた。

「よくできたな」
「にははっ! シアンちゃんとできたー!」

褒められて、口元に手を当てて嬉しそうに笑うシアン。シャンクスには、その笑顔は在りし日のヘリオスと重なって見えた。
――ロジャー船長に憧れていた。今でも憧れてる。だけど、そのロジャー船長と対等に話していたヘリオスさんのことも、おれは心底憧れていた。
もっと話をしたかった。どうして海賊になったのか、どんな航海をしてきたのか。ほかにも、たくさん。

「……おれは、シャンクスだ」
「さ、さんくす?」
「サンクス!? ちげェ! シャ! シャンクス、だ!」
「さ、さ、っしゃ、しゃんくす……?」
「おォ! もっかい言ってみ、“シャンクス”、ほい!」
「し、しゃん、シャンクス!」
「よく言えたなァ!」

わしゃわしゃと首が取れそうな勢いでシアンの頭を撫でたシャンクス。

「おれはベックマンだ。よろしくな、嬢ちゃん」
「べ、べくまん…?」
「ベックだ」
「べく、ベックっ!」
「そうだ」

子どもの前だからと煙草を消したベックマンは、舌ったらずに、だけどしっかりと自分の名前を呼んでくれたシアンに目を細めた。

「シアン、昼飯食うか?」
「くう!」
「食べる、だろ。」
「む……ギャバンは『くう』ってゆった!」
「おれはいーんだよ、男だから。」
「シアンも男なる!」
「無理むり!」

まるで、本当の親子のようにじゃれ合う二人に、シャンクスは無意識に拳を握りしめた。

「――シャンクス、話がある」

もぐもぐとシアンがご飯を頬張っている隙に、ギャバンは真剣な声色でそう言った。その目は、何度も船上でも見たことがあった。強い敵を前にした、覚悟を灯した瞳だった。

「……なんスか」

ふざける雰囲気ではない。ベックマンも、シアンと距離があいている今のうちに、煙草を一本取り出して口にくわえた。
風が吹く。強い、強い風が。
その風にかき消されるように、けれど強い声でギャバンはシャンクスたちにある頼みごとをした。それは、かつて自分が受けたものとまったく一緒だった。

「あいつを……シアンを頼む」

どこか、焦った口調だった。

「……は? 頼むって、え?」
「そのままの意味だ。シアンを、シャンクス、ベックマン…お前らで育てて欲しい」
「アンタ、何言ってるかわかってんのか!? おれたちは海賊だ!」
「あァ、知ってる」
「海賊に頼むなんて……あの子を危険に晒すのと一緒だぞ!?」
「あァ。……でも、もうお前らにしか頼めねェんだよ」

疲れたように、ギャバンは深く息を吐く。手を目元にあてて、うつむく彼の背は、シャンクスには小さく見えた。

「なんで……」

思わず聞いてしまったシャンクスの声が聞こえたのか聞こえていないのか、ギャバンは愛しげな眼差しをシアンに向けた。
口元に食べカスをつけたまま、一生懸命に魚を食べるシアンが、自分を見つめるギャバンに気づいてにぱっと笑う。まるで、花のように。

「……四日後。またここに来てくれ」

詳しいことは語らずに、ギャバンはそれだけ言うと手を振るシアンのところへ歩み寄った。
残されたシャンクスは難しそうな表情をしたまま、ベックマンをつれて船へと戻る。しばらく停船することを仲間に伝え、彼は自室で一晩考えるのだった。




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